BFT-017「3人一緒」
「ここをこうして、この部分を……」
「この手ごたえ……こっちでしょうか」
カレジアたち2人の、可愛らしい声が部屋に響く。
同時に、金属がこすれたりぶつかったりする音も。
今、僕たちはクリスタリアに住むとある先輩探索者の家にお邪魔していた。
天塔内で使えそうな、鍵開けの技術を学ぶためだ。
ギルドを通して、様々な依頼が日々やり取りされているクリスタリア。
物を用意する依頼が多かったりするので、僕の出したような依頼は珍しかったらしい。
「妖精2人は、向いてそうだな。手足が細いのがちょうどいい。繊細さが物を言う世界だからな。お前さんの方は……まあ、相応ってとこだな」
相場があまりわからず、要相談なんていう条件なのに受けてくれたのは、もう老人と言っていいような探索者。
動けるうちは、まだ天塔に登るんだとか。
「坊主、なんで探索者に俺みたいなやつが少ないか、わかるか?」
「えっと……必要性を感じない……は少し違う気がする。生きて帰られるような罠だと、気にしないけどそうでない罠だった場合には戻ってこられないから……?」
ニヤリと返事代わりに笑みが浮かび、新しい仕掛けの箱を渡される。
どうやら満足いく答えだったようだ。
これは遭遇する怪物の数でも、同じことが言えるからね。
大体どのぐらいの数が出てくるかは、今のところ調べがついている。
でも、生存した探索者からの情報でということは、帰ってこられなかった場合の情報はないってことだ。
結果、こんなに数が出るなんて聞いてない!って状態で行方不明になるなんてことが間違いなくあるはず。
(一応、ギルドでも目安でしかないよって書いてはあるんだよね)
人は、都合のいい情報を信じてしまう物だ。
僕だって、ついついそうなる時がある。だから、多く出るのは稀、よっぽど大丈夫。
そう思ってしまい……嫌な当たりを引くわけだね。
「すぐには覚えられないだろうが、やればやっただけ稼ぎは増える。まあ、まず宝箱に遭遇する運がないといけないわけだが……」
まったくもってその通りだ。
一月探索して、1個も見つからないことだって良くある話。
だからこそ、どれかは開くとされる財宝の間、なんてのはとても幸運だ。
「中には毒の煙が出るような奴もあったり、解除して開いたと思ったら、物を掴んだときが次の罠だったりすることもある。毒用のポーションは最低限用意しておけ。町の医者に飛び込めれば、なんとかなる。そこまでの時間を稼ぐんだ」
それからも黙々と訓練に打ち込み、最低限は知識と技術を得たように思う。
実践する機会がなかなかないのが悩みだけど、ね。
もうすぐお別れが出来そうな宿の自室。
戻った僕たちは、食事までの間は何かをするでなく、自然とくっついてベッドに横になっていた。
あれから、しばらくの間ラヴィの様子がおかしかった。
何かにつけて、僕にいつも以上にぴったりくっついて、甘えてくる。
人間のように温かくはなく、かといって冷たいという訳じゃない妖精の体。
手足は元より、体は人間と比べても問題ないぐらい柔らかくはある。
でも、人間ではないんだといくつかのことが示している。
「ねえ、主様」
「なんだい、ラヴィ」
カレジアは何も言わず、ラヴィとは反対から僕に抱き付いている。
あるいは、一番甘えてるのは彼女の方かもしれないね。
じっと考え込んでいたラヴィは、体を起こすと僕とカレジア、両方を覗き込むようにしてきた。
元気は少しずつ戻ってきているようだ。
「膝枕しましょ! あと、耳掃除も。カレジア、手伝ってちょうだい」
「はい、いいですよ。1人だとマスターを支えるのは大変ですから……2人でこう」
何をどうするのかと僕が悩む間に、2人は向かい合うように座った。
結果として、互いの左ひざを太ももで挟むような配置となっているって……!
「そこに横になるのは少し恥ずかしいんだけど……」
「ほら、早く」
「そうですよ、マスター」
僕の意見は、却下された。
このままというわけにもいかず、覚悟を決めて2人の間に寝転ぶ。
耳掃除ともなれば左右どちらかに向き直らないといけないわけで……。
(どっちを向いても女の子が目の前!)
小柄で、人形のような容姿である2人。
それでも膝上ぐらい前はある体が目の前となれば、視界いっぱいがそうなる。
「香油はきつくないですか、マスター」
「香油? ああ……そうなんだ」
道理でほのかにいい匂いが……なんだろう、香油だけじゃなくて……2人の……?
そう気が付いたとき、体を起こしかけた。
もう耳かきが始まる直前だからと、頑張れた自分を褒めてほしい。
それからは、幸せだけど大変な時間だった。
2人は僕の顔が動かないようにと、小さな手を自分の足で挟むように添えてくる。
こんな状況だというのに、人型の妖精は……一部ではそういう対象になっているという話が思い出されてしまった。
基本的に、妖精は契約後は契約者の自由だ。
一緒に戦うも、いざという時に見捨てるも……。
そして、高ぶる気持ちをぶつける相手にも。
妖精は人間じゃない、その考え方がそれに拍車をかけるらしい。
人間同士のように仲のいい人もいるそうだけど、そうじゃない人も一定量いるんだ。
「主様、痛くない?」
「うん、気持ちいいよ」
少し暗くなりかけた気持ちが、ふわふわとしてくる。
ラヴィの指が僕の耳を軽くつまみ、耳かきが続く。
カレジアもまた、なぜか小さな手で僕のほっぺたなんかを撫でている。
そんな2人の胸元が、僕と同じように上下してるのを見……気持ちがある意味落ち着いてくる。
食事はしなくてもいいし、人間と似てるけど違う妖精。
だけど、どこまでも人間の隣人である彼女たちを、どうして道具扱い出来るだろうか?
「マスター、冬までには12層は越えたいですね」
「そうだね、出来ることなら」
「魔法のスクロールが拾えるかも、だっけ」
最近は、お金を払って情報を集めるようにしている。
ギルド経由で、安全にというのは基本だ。
直接と違って、踏み込んだ話や、交渉は出来ないけどその分はずれが無い。
そんな情報の1つが、12層の話だった。
10層からは、怪物が複数種類出てくるって話だから、準備はしっかりしないとだ。
「どんどん魔法も覚えて、戦えるようになって……高みに行きましょうね、主様」
「勿論。でも、大事なのは3人そろっていることさ」
言葉と共に、終わりって感じで顔が上に向けられた。
小柄な2人の顔が、かなり近くに見えた。
普段だったら少し恥ずかしくていいにくいことを、この際だからと言ってみる。
案の定、自分で言ってて恥ずかしくなってきたけど、2人は無言。
外したかな?っていると、2人ともぽかんとした顔になった後、真っ赤になってしまった。
何かを言おうとする前に2人の顔が降りて来て、カレジア、ラヴィの順に僕とくっついた。