BFT-011「昇竜を知る」
響く咆哮、迫る脅威。
皮一枚横を通り過ぎる敵の攻撃。
ギリギリ避けた、なんてことじゃない。
ギリギリでしか、避けられなかったんだ。
「うわあああ!!!」
夢中で繰り出した長剣は、わずかに突き刺さるだけ。
根本的に、攻撃力が足りない。
「火槍ぃい!」
わずかでも傷は傷。剣先に魔力を集中し、相手を中から焼こうとする。
表面だけにとどまり、思ったようには発動しない。
それでものけぞるようにして姿勢を崩す相手、2足歩行の狼、ワーウルフへとカレジアたちが襲い掛かった。
ラヴィの炎が顔を焼き、カレジアの針剣が片目から突き刺さり、頭へと抜ける。
「離れてっ」
「はいっ!」
「なんなのよ、もうっ」
まだ暴れるワーウルフ。でも、さっきのが致命傷だったみたいでしばらくして音を立てて地面に倒れた。
なんとか、一体仕留めたようだった。
「二人とも、無事?」
「よけきれずに服は破れちゃいましたけど、問題ないです」
「こっちもよ。っていうか、主様が前に出すぎじゃない?」
ラヴィの言うこともわかる。だけど、間違いなく妖精2人じゃ支えきれない。
こんな、何層かもわからない場所の敵なんか……怖くてしょうがない。
7層へとたどり着いた僕たちは、1つの重大なことを知った。
なんと、7層のポータルは地上からそこにいけるポータルの1つだったのだ。
ひよこの殻はとれた状態、だとギルドからは注意を受けた。
十分に準備をして、じっくりと探索していた最中のことだ。
足裏に、変な沈み込むような感覚を感じた後、よくわからない場所に転移していた。
「上層っぽいからね。僕も無理はしたくないんだけど、そうもいってられないよ」
そうなのだ。具体的な階層はわからないけれど、明らかに7層じゃあない。
7層は、コボルトっていう奴が出るはずで、あんな大きいワーウルフは出ないはずなのだ。
一体倒すだけで、こんなに消耗するんじゃ、6層以下のほうが稼ぎにはいい。
第一、何匹も倒す間に間違いなくこっちが死にそうな強さだった。
今も、片腕は無し、目も片方つぶれている状態の相手でこれなのだ。
「天塔の罠、でしょうか」
「たぶんね。2人は天井にも警戒しておいて。変なのが貼りついてるかもしれない」
「変なのって、ああいうの?」
ぎょっとして言われるままに離れた方向の天井を見……2人を抱えて逃げ出した。
想定はスライムだったけど、なんで四つ脚の怪物が貼りついてるのさ!?
幸い、相手の視線とかは、倒れたワーウルフに向いていた。
今のうちにと全力で逃げ出した僕だけど、正解だったらしい。
背後から、わずかにだけど肉や骨が砕けるような音が聞こえて来たからだ。
「……ポータルを探すべきか階段を探すべきか」
「ここが何層かわかれば……主様、本当にいざという時は」
嫌だという気持ちと、彼女の気持ちを無駄にするのかという気持ちとがぶつかり合う。
3人無事に帰るというのは、相当厳しく細い道だと全身が理解してしまっているのだ。
いつもの事と言えばいつもの事だけど、道もわからないまま駆け抜け……そして絶望と出会う。
「冗談……」
大きなホールのような場所。
壁際には見覚えのある光の泉、ポータル。
けれども、その場所に行くのは不可能だろう。
なぜなら、見える範囲でも10体以上のワーウルフがいるのだから。
「マスター!」
「主様!」
命を賭けて突撃しようとする2人を、抱き留めた。
どうせ駄目なら、離れ離れは嫌だな、そう思ったのだ。
こちらに向かってくるワーウルフたちの殺気を感じながら、2人を抱きかかえ、顔を伏せた。
後は死が訪れるのを待つばかり……そんな僕の耳に、不思議な音が聞こえて来た。
「え……」
ワーウルフの、悲鳴。肉が貫かれ、命が狩られていく。
その犯人は……人間、探索者!?
呆然と、その光景を見守っていると、そのうちの1人が僕たちに振り返った。
その顔には、見覚えがあった。地上で出会った、炎竜の牙の1人、リーダー格の女性だ。
「少年、生きているか」
「あ、はいっ! ありがとうございます?」
混乱しているのか、自分でもよくわからない返事をしてしまった。
理由はわからないけれど、彼女たちがこの場所にたまたまいて、助けてもらったのは間違いない。
「たいちょー、おわったよー」
「ご苦労。警戒しつつ、めぼしい物は剥ぎ取っておいてくれ」
てきぱきと指示を出す姿は、まさに戦乙女と呼ぶにふさわしいような姿だった。
かっこよくて、強くて、目指すべき頂きのような……。
「生き残りさえすれば、また機会はある。大方、下層で罠を踏んだな? ここは20層、良く生き残った」
「20……20!?」
「言われてみれば、なんとか倒したワーウルフ……片腕でした」
「先輩方から逃げた個体だったってこと……ね」
だんだんとほぐれてきた体を立たせると、周囲の状況が見えて来た。
重傷でもあれだけ苦戦した相手が、石ころのようにあちこちに転がっている。
あれが実際に襲ってきたら……どうなっていたか。
今さらに、体が震え始めた。
「ふむ……ほら、これを持っていけ」
「牙? そんな、僕たちは何も!」
「いいんだ。それをネックレスでもなんでもいい。そばに置いておくんだ。そうすると、この怖さを思い出せる。怖さを忘れないように、怖さを隣人にするんだ。そうして、磨かれる」
きっと、この人たちにとってはワーウルフは大した相手ではないに違いない。
だというのに、僕ぐらいだとどんな相手か、正しく理解しているんだ。
換金せず、明日からの心の糧とせよ。
そんな忠告に、従うことにした。
「そちらは、新装備の慣らしとかですか?」
「ああ。少年にとっては運がよかったの一言だな。こっちにするか、今登っている天塔の下層で慣らすか、悩んでいたんだ。さあ、復活してくる前に戻るぞ」
当然、僕たちは逆らわずに彼女についていき、1層下へと降り……そこからポータルへと飛び込んだ。
見覚えのある風景に変わった時、3人そろって座り込んでしまったわけだけど……。
「また会える日が来ると、信じているよ少年」
「あのっ、お名前をっ!」
後から考えてみれば、馬鹿なことを聞いたなと思う。有名な相手なのだから、調べればわかることなのに。
それでも、この時は聞かずにはいられなかった。
「フレア。そうだな、君の名は?」
「ブライトです。ありがとうございました!」
座り込んだまま頭を下げるという、かなり情けない姿だったけど僕たちはフレアさんに頭を下げた。
またな、と満足そうに帰る後姿も、なんだか綺麗で……。
「頑張ろう。助けた価値があった、そう思ってもらえるぐらい」
「ええ、気合ね」
「頑張りましょう!」
僕たちはまだ、最弱の部類だ。
そんな枠の中で少し強くなったからってどこか浮かれていたんだろう。
現実が、そんな僕たちを刈り取ろうとした。
生き残ったからには、前を向く。
そう、心に決めた僕たちだった。