BFT-010「遠い目標」
夢を、見た。
何年も前の、両親が一緒にいる夢。
ずっと見ていたい気持ちと、現実を頑張らないと、という気持ちがぶつかり合う。
「マスター、朝ですよ」
結局、勝負は現実の呼び声が勝った。
「おはよう、カレジア」
すぐ目の前に、小さく可愛い顔。
既に着替えているらしい姿は、女の子をそのまま小さくした姿だ。
これだけ近いと、妖精だということを忘れそうになる。
「あはっ、くすぐったいですよ、マスター」
「あっ、ズルイ。私も! 主様、私もお手入れしていいわよっ」
寝転がったままで、そのさらさらとした頭を撫でていると、ラヴィが体をくっつけてくる。
冷たくもなく、温かくもないその体温を感じつつ、2人を撫でて自分も起きる。
枕元に置いたままの剣を鞘ごと掴み、指輪もはめ直して外出の準備だ。
今日は休養がてら、2人と買い物、町の散策の日である。
「ポーションは十分あるし、防具……かなあ?」
「私たちサイズの良いのがあると嬉しいんですけど」
「どうかしらね? 先輩な妖精を見る限り、自前っぽいけど」
ラヴィの言うように、恐らく妖精の防具は自前だ。
体と一緒で、魔力で出来ている部分が大きそうだ。
何より、2人の大きさとしては布系の服はともかく、金属防具は難しいだろうねえ。
「プロミ婆さんのお店で、掘り出し物を探してからいこうか」
「お婆様の!? やったー!」
「いつもお世話になってますよね、お婆様には」
小さい子供のようにはしゃぐ2人に、僕も笑顔になってしまう。
というか、子供なんだろうなと思う。
妖精に年齢とかはないけれど、契約するまでの記憶はないらしいから契約が誕生。
となると、2人ともまだ1年たっていないのだ。
(他の妖精もそうなのかな? 高ランクっぽいのだと、だいぶ大人っぽいよね)
町でも時折見かける人間に近い妖精は、見た目通りに受け答えも成熟してるように思う。
天塔で見かけることはほとんどないのが、ちょっと悲しいけれど。
「プロミ婆さん、来たよ」
「生き残ってるようだね、坊主。ずっと2人とも出しっぱなしなんだろう? 婆さんが仕立てたのかって話を聞く時があるよ」
笑い方は一見すると、嫌味のような笑い方だけど喜んでいるのが僕にもわかる。
それに、妖精2人を道具扱いしない人は貴重なんだよねえ。
「お婆様は腕がいいから。あっ、これ何かしら!」
「もう、ラヴィったら。でも不思議な物。針……ですか?」
「ここにあるんだから、ただの針じゃないよね」
ラヴィが駆け寄った棚にあったのは、箱に収められた手のひらほどの長さの針。
縫物をするには大きすぎるし、もっと大きな何かのためかな?
「天塔の宝箱、坊主たちも何回か開けたことあるだろう? 中にあったんだとさ。ミスリルっぽい気配はするけど、量が少なすぎてはっきりしなかったそうだよ。ギルドじゃ買取不能で、ウチに来たのさ」
「へー……いくら?」
なんとなくの直感に、従うことにした。
それに、カレジアかラヴィが持てば僕がレイピアのような剣を持つような大きさになるかなと思った。
「なるほどねえ。突き刺すにはこっちのほうがいいかもしれないね。鞘や持ち手こみでこんなもんでどうだい」
「勿論、買うよ。同じようなのが出てきたらもう1本買う」
買い物を済ませながら、ふと思うのだ。
それなりに価値のあるものがごろごろしてるお店で、お婆ちゃん1人なのはどうなのかと。
「ねえ、お婆様。難癖付けてくる奴とかいないの? 危なくない?」
「そうですよ、お怪我があったら」
お婆ちゃんは、微笑んだかと思うと後ろを指さした。
振り返った先には、売り物だと思っていた大きな金属鎧。
それが、姿勢を変えていた。
「おいぼれが生きてる間は、大丈夫さ」
そこにいたのは、妖精だった。
大きくて、強い、そう感じる。
なんのことはない、お婆ちゃんも引退しただろうけど探索者だったのだ。
逆に言えば、そんな時代から天塔があったってことだ。
「安心した。また来るよ」
「次はウルフリーダーの毛皮を持っといで。防寒具を3人分見繕ってやるからね」
心配事が片付いた、すっきりした気分で店を出る。
針剣はカレジアに持ってもらうことになった。
ラヴィは今のところ、魔法と回避に集中したいそうである。
そのまま町を散策し、こまごまとしたものを買ったり、買い食いをしたりだ。
ソロだったころは、こんな探索に必要じゃない部分を楽しむ余裕はなかった。
やっぱり2人のおかげだなと思うのだ。
適当なお店で食事にする。
ここは、晴れの日は外のテーブルで食べることの出来るお店なのだ。
2人にはテーブルの上に座ってもらう形で、食事をする。
「ありがとう、2人とも」
「急にどうしたのかしら? まあ、いいけど」
「こちらこそ、です。あの人たち、天塔帰りでしょうか」
言われ、視線を向けると僕たちが登ってるのとは別の天塔方面からの帰還者。
人間が3人、全員が妖精連れで、6人のパーティのようだ。
先頭に立つ女性の戦士、その装備には心当たりがあった。
「上級パーティーの1つ、炎竜の牙。外で、実際に竜に勝ったんだって。そんな人たちも登ってるんだ」
「マスター、マスターの故郷を襲ったのも……その」
無言で、頷く。
炎竜ではないけれど……記憶にある村を襲った怪物は、竜、ドラゴンだった。
夜明けの太陽から舞い降りるようにして、奴は僕の村を襲った。
後から聞いた話だと、僕たちだけじゃなくて他にもいくつかの村、そしてここじゃない町も襲われたらしい。
まだ退治されたという話は聞いていないから、別の土地にいっているか、自分の住穴で寝ているか。
当時、他の怪物もその騒動に乗じてという感じであちこちを襲ったらしい。
僕の村もやっぱりそうで、ドラゴンの攻撃でぼろぼろになった結果、さらにぼろぼろになってしまった。
いつか、というほど遠い未来だと考えていちゃいけない。
出来るだけ早く、僕は村を襲った奴らを倒したいのだ。
竜は無理にしても、周辺の怪物たちぐらいは……。
そのためには、生き残り、強くならないといけない。
でも、このままでたどり着けるだろうかという不安もあるのだ。
「勝てるように、生き残りましょ」
「うん、そうだね」
不安を押し流すように、首にぶら下げている、両親の遺した鍵を握りしめる。
ふと、視線を感じた気がした。
顔をあげて確認すると、炎竜の牙の1人が僕を見ているような……気のせいかな?
曲がっていったので、確かめようがなかったけども。
リーダーの戦士が僕をじっと見ていたような気がした。
「主様?」
「ううん。なんでもないよ。強くならないとね」
言いながらも、僕たちだけで駆け上がることに、少しばかりの不安と悩みがあるのを認める僕だった。