BFT-009「命の証明」
最初の突進。
それがグレイウルフ相手で、一番怖い攻撃だ。
「正面ならっ!」
だからこそ、僕も2人も散々対策を考えて来た。
その答えは、魔法による迎撃。
正面、そして左右と火球、火槍を撃ち出した。
いつものグレイウルフなら、これで終わり。
真っ黒こげになって、牙ぐらいしか取るものが無くなってしまうけれども。
「健在!」
「やっぱりそうだよねっ」
打ち合わせ通りに、僕が右、カレジアたちは左へと飛んだ。
そのすぐ後に、僕たちがいた場所に巨体が舞い降りる。
魔法を、飛び上がって避けたウルフリーダーだ。
毛皮の一部が、焦げているのを見るにぎりぎりってことかな。
「悪いけど、ただの餌になるつもりはないんだ」
相手からの濃厚な殺気が、僕を磨き上げていく。
こうしていると、外の怪物と天塔のソレは似ているようで違うなと感じるのだ。
ただただ殺し、奪う。村を襲った怪物たちから感じたのはそんな感情。
天塔の怪物は、どこか違うのだ。命の危機なのは変わらないけれど……ね。
子供の頃のことだし、実際には違いはないのかもしれない。
幸い、足場はしっかりしている。岩場の段差に気を付ければいけそうだ。
「貫かれるのも、噛まれるのも嫌だねっ」
「やらせません!」
「ちょこまかと……下手に撃てないっ」
ウルフリーダーは、妖精2人にはあまり目を向けず、僕ばかりを狙ってくる。
僕が2人の主だとわかっているわけではないだろうけど、妖精2人はなんとでもなるって思ってそうだ。
妄想に近いそんな考えが、僕に力をくれる。
巨体から来る一撃を、踏ん張って受け止めつつ、流す。
美しい毛並みの巨体が目の前を通り過ぎる……ここだ!
「はじけろっ火槍!」
ぶつかるようにして、指や剣先ではなく、肩から放った。
直撃を受けて、吹き飛んでいくウルフリーダー。
十分な手ごたえはあったけど……。
指先や、杖みたいなの以外から魔法を撃つのは、どうも慣れない。
「さすが主様。でも、相手もしぶといわ」
「急所狙いが必要みたいですね」
2人の言うように、横腹を撃ち抜いたはずだけどまだ立っている。
僕の力が弱いのか、相手が強いのか。両方かな?
仕切り直しで、再び戦いが始まる。
相手の爪をはじき、牙を避ける。
鼻に届く血と、獣の匂い。
「どうした、随分警戒してるね」
聞こえていないだろうけど、挑発するようにそんなことを言ってみる。
事実、ウルフリーダーは僕たちの攻撃を警戒しているのか、最初のように一気に踏み込んでこない。
カレジアの剣が急所に刺さったり、魔法の直撃で危ない目に合うことをわかっているのだろうか。
まだまだ低階層と扱われる場所で、こんな戦いになるなんて、天塔は恐ろしい場所だ。
「マスター!」
「くっ!」
思考が隙になったらしく、岩場を飛び跳ねるウルフリーダーが迫ってきていた。
剣を振るうには遠く、魔法を撃つには近すぎる!
結果、組みあうようにして剣を口元に合わせるのが限界だった。
僕よりも、大きい体。
もしも、相手が噛みつきではなく両手で切り裂きに来ていたら、危なかった。
僕の剣と、相手の牙がせめぎ合う。
「このっ、放しなさい!」
「ううっ、抑えるのが限界です!」
小さな体に不釣り合いな大きな羽根。
それを必死に羽ばたかせて2人がウルフリーダーの攻撃を防いでいた。
ラヴィにいたっては、両手にまとわせた炎で掴んでいるというのに、相手は焼け焦げるのを気にもしていないようだ。
ぎりぎりぎに迫った相手の口元から、ぽたりとよだれが垂れて……気合を入れた。
「火槍よ!」
勢いをつけて噛みつこうと思ったのか、顔を少し引いたところで僕は足でけり上げる。
足先に火槍を発動させながら……。
さすがに近すぎて、こちらまで熱い。
自由になったのを感じるや、そのまま横に転がって姿勢を整える。
「あちち。カレジア、ラヴィ!」
「大丈夫です!」
「なんとかねっ」
そばに飛んでくる2人を見て、ほっとした。
慌ててウルフリーダーを見れば、少し離れたところで……横たわっている。
カレジアに剣を投げてもらい、それが刺さるのを確かめる。
「……やった?」
「勝利よ、主様!」
「やりました!」
もう一度、倒したかを確認するべく自分の剣を突き刺し、息を吐く。
そのまま牙等を剥ぎ取る作業へと移った。
反省点の多い戦いだったと思う。
「最初から魔力剣で迎撃……切れすぎて、動きが止められなかったかな?」
「かもしれませんね。すごい大きい相手でした」
「! 見て、2人とも。何か出て来たわ」
ラヴィの指さす先には、ウルフリーダーの心臓。
今回は、それが魔晶となっていた。
今は硬く、大きな塊だけどこれはさっきまでコイツの心臓だったはずなのだ。
不思議な光景にしばし時間を忘れ、鼻に届いた匂いに我に返った。
(……鼻に? 風?)
何かを感じて、周囲を見渡した。
そして気が付く。最初に倒れていたウルフリーダーだっただろう死体は、無い。
そうだ、代替わりが人の手によって起きないなんて、誰が言った?
一度倒されたボスが、復活する時間はどのぐらいか、聞いたか?
「まずいっ! 走るよっ!」
魔晶の心臓を抱え、そのまま2人も抱きかかえる。
そして走り続けて7層に上がる階段のある通路へ。
「マスター! 魔力剣であれを!」
「今なら行ける気がするわ!」
嫌な予感の通り、階段の手前、通路の部屋側で何かが動いている。
魔晶を砕いたような、不思議な光る靄。
間違いなく、放っておけばウルフリーダーが産まれるんだろう。
「誓いと願いの力を!」
自分で飛び上がった2人と、自由になった右手。
握りこんだ長剣に、魔力を込めて刃とした。
一見無駄に見えそうな斬撃は、確かに何かを切ったように感じた。
そのまま振り返らず、通路を駆け、階段を上り……周囲の様子が変わったことで7層だと察した。
「これが7層のポータル……大きいなあ」
「帰って、体を洗った方がいいわよ、うん」
「そうですね……私たちはなんとかなるかもしれませんけど」
4層のそれより大きく、立派なポータルに驚く僕と違い、2人が指摘してくれたのは僕自身。
言われて確認すると、全身あちこち血だらけ、毛だらけってやつだった。
乗り越えた興奮と、またここに来ないといけないのかという怖さと。
いろんな感情が混ざり合うのを感じながら、地上へと戻る。