9話 バイト伝説
昼の都市は、夜とはまた違った様々な音にあふれている。
今なお成長を続ける都市建設の音。
人々や物資を運び、まるで都市の動脈であるかのように忙しなく流れる列車の音。それに合わせてかんかんと鳴る踏切の音。
道路を行く馬車の蹄の鳴る音。空路を行く、翼の生えた人や馬車の風切り音。
そして広場の近くに行けば、街頭商人の威勢の良い呼び声が飛び交っている。
「すごい活気だな」
「そうねー。春を迎えた山でもここと比べたら、一週間経過したセミくらいの静けさだわ」
「うむ……うむ?」
「誰が田舎者よ!」
「言ってないが」
どんな時でも大熊の関心は沢渡が中心で、どうやったら仏頂面を崩せるのかを虎視眈々と狙っていた。
「お嬢さんお嬢さん! どうだい、このマジックキャンディ。ペロペロなめても全然減らないすごいキャンディだよ」
大熊は呼び売り商人が見せてきたキャンディを不思議そうに見つめる。
大きな丸いキャンディは虹色に渦が巻いたような形になっていて、渦の終わりの端っこからにょきっと何かが顔をのぞかせたような気がした。
「えっ……何? かたつむり?」
「すまん、俺には何も見えなかった」
大熊が顔を青ざめさせながら、どう断ろうかと考えていると、別の商人に声をかけられる。
「こっちも良いのがあるぞ! かじってもしばらくすると生えてくるチョコバーだ!」
「お前さん、それ専用の鉢植えに丸一日植えないとダメなんだろ? じゃあその鉢植えは一体いくらするんだよ? あくどい商売だぜ!」
「なにを! あんたのキャンディだって形はそのままだが、すぐに味が無くなっちまうだろうが!」
商人同士が口論を始めた隙を見て、二人はその場から静かに立ち去った。
「都会怖い……」
「しかし今は金が無いから騙されようがないな」
そのまま進んでいくと、巨大な掲示板がそびえ立っている広場にたどり着いた。
「でっかい!」
ちょっとした二階建て一軒家くらいのサイズである。
「高さ4沢渡・幅は6沢渡ってところかしら」
「うむ。しかし上の方はどうやって読むのだろうか」
掲示板にはたくさんの張り紙が所狭しと貼られている。それは沢渡が四倍の身長を得てようやく読めそうな位置にも同じようにして貼られていた。
「なにあれ。空でも飛ばないと無理だよね」
「とりあえず下の方を読んでみるか。……む?」
沢渡が適当な張り紙を取ろうとするが、紙がぴったりと板に張り付いているかのように、上手く触れる事が出来ない。
「ちょっと君らー! 掲示物に触らんといてなー!」
後方……のやや上から声がして振り向くと、翼を生やした男性がこちらに向かって飛んでいた。書類の束を抱えて、ふらふらとアンバランスになっている。
「でたな鳥人間!」
「すまん。俺たちは仕事を探しているのだが」
男はゆっくりと二人の前に降り立つと、二人が付けているバッジを見た。
「お、学生さん。君らまだここ来たばっかりなんか?」
「まだ右も左も分からなくてな。脱・馬小屋を目指している」
「そりゃえらいなぁ! ゼニ稼ぎたくてここ来たんなら大正解やで。うちがその斡旋所やから」
男の翼がたたまれると、そのまま背景に馴染むようにゆっくりと消えてしまった。男は特に気にせず持っていた書類の束を地べたに置いて、身振り手振りを加えて説明を始める。
「この貼られとる紙一枚一枚がお仕事募集の内容でな。長期スタッフ募集から一発だけの簡単なお使い、納品の依頼まで……まあぎょうさんあるで!」
「しかしここまで大きい掲示板だと、逆に探すのが手間だな」
「はいきた! 初心者さんはみんなそう言いよる。周り見てみ? 掲示板をじっと見てる人がいるかい?」
掲示板の周囲は大きめのテントがある以外は、日向ぼっこをしているものや、サッカーボールで遊んでいる少年くらいなもので、ややまったりとした時間が流れている。
「仕事を探してる人がいるようには見えないわね」
「せやろ? ところがどっこい、うちはこれで大盛況やねん。 えーっと、どこしまったかな……あ、あったあった! はいどーん! バイトマネージャー!」
略してバイマネ、と男が手の平大の光る板状の物を二人に見せつけた。
「携帯電話?」
「や、電話機能はついてないねんけど……。とにかく、こいつは掲示板と情報がリンクされとってな。ソート機能もえらい充実しててん。仕事の種類や難易度別表示とかな、まあバージョンアップ重ねて日々進化しとるわけです!」
情熱的なポーズでバイマネの画面を見せてくる斡旋男。その画面には、『焼き芋堀 10コ@1LP』 や『マナポール保守点検 長期歓迎 時給10LP〜』などの見出しが並んでいた。
「ふーん。じゃあ二つください」
「おおきに。一個200LPやから、二つで400LP……のところをその半額!全部で200LPや! ガクワリやで〜」
「その、LPってもしかして……」
「リンバスポイント、お金やな」
「だからぁ〜! お金持ってないから仕事探しにきてるんだってばぁ!」
ぷんぴー、と頭から湯気を出し始める大熊。
「せやかてお姉さん、これ作るのえらいコストかかりよるし……」
「うむ……。ところでこの斡旋所は人手は足りているのか? たくさん紙束を抱えていたようだが」
「あっ! 忘れとった……んん? あーなるほどな。僕もちょっと楽したい思とったし、時給10LPでどや? 今日含めて三日間もやればバイマネ買えるで!」
沢渡の機転の利いた提案に気を良くした男は、あっさりと二人を雇う事を決めたのであった。
「よろしくな! 名前言うとったっけ? 僕まさとし。長いからまささんでええよ。うはは!」
斡旋所の仕事は大まかにカウンターとボードの二つに分かれている。
最初の数時間は研修ということで、まさとしについてもらいながら業務をこなす事になった。
カウンターとは、ようは受付業務である。
仕事や依頼の発注はすべてこのカウンターで行われる為、客とのコミュニケーションが重要視される業務となる。
「うむ。いらっしゃいませ」
「その、うむって唸るんやめてな? お客さんびっくりしちゃうで。あとニコニコ笑えんかな? 別に本心じゃなくてええで、営業スマイルっちゅーやつや」
スマイルという言葉を聞いて大熊が素早く動き、沢渡の正面に回り込む。
やや困惑していた沢渡だったが、観念したかのように目を閉じ、一呼吸分おいて目を開いた。
「……ニチャァ」
「ぶふっ」
「うわぁ……あかんやつや……」
沢渡のカウンター研修は開始わずか5分で終了となった。
「お姉さんは何とかなりそうやな。カウンターは結構ケースバイケースというか、お客さんの申請漏れとか気にせんとあかんからな。マニュアルなんか無いので見ながら覚えてな」
「むう。少し前まで人外だった者に負けるとは」
「あんたの営業スマイルの方がよっぽど人外なんだからね……」
「まあまあ、まだボードの仕事残っとるから。そっちは体力勝負やで〜」
ボードの仕事は書類整理、及び掲示板への依頼書貼り付けである。
解決した依頼書は剥がれ落ちるので、風で飛ばされる前に拾わなければならない。
「まあ落ちてまうのはどうやっても捌けんけどな、その後いかにリカバリー利かすかが大事やな……ん?」
「ふっ。ほっ。とうっ」
沢渡は独自で編み出した奥義、一如刹那三千行脚により、剥がれ落ちる書類が地につく前に全てキャッチしていた。
「うそやん……」
「どうやら人外は見つかったようね」
紙を拾うと同時に、新しい紙を貼り付けていく。その流れるような動作に、まさとしはしばらく唖然としていた。
「ふっ。はっ。……ところで、そろそろ下の領域がきつくなってきたのだが」
「あ、すまんすまんつい見惚れとったわ。翼生やす魔法あんねんけど、自分らまだ習っとらんのよな?」
「私たち今日先生に会ったばかりだからね」
「よっしゃ、じゃあお兄さんに素敵な翼生やしたる!」
まさとしは沢渡の背中に両手を当てて、詠唱を開始した。
「付与・飛翔白翼」
詠唱が終わると同時に沢渡の背中、肩甲骨あたりから二筋の光が生え始める。
「お、おお! 神々しい」
光はメキメキと音を立てて成長し、すぐに大きな翼となった。
そして、すぐにボロボロと崩れ去ってしまった。
「な、なんでや!?」
まさとしは目をまん丸くして驚き、確かめるように自分へと飛翔白翼を詠唱した。
それは沢渡に作った時と同じように成長し、大きな翼を作り上げ、しっかりと今も維持している。
同様に大熊にも翼を生やすことに成功するが、沢渡にだけは何度やっても翼がボロボロに崩れてしまう。
「おかしいなぁ。なんでお兄さんにかからんねやろ」
「沢渡はなんか魔法ダメみたいだから〜」
大熊はさっそく空中を自由に舞いながら言った。
「はぁ、こんな人おるんやなぁ……」
「すまない」
「あーいやいや、生まれつきやろ? しゃーないで。あのすごい動きで頑張ってな。高いとこは僕やるから」
それから沢渡は日が暮れるまで高速反復横跳びで頑張った。
大掲示板広場には、いつの間にか人だかりができて、あげく沢渡の分身めいた動きを新しい魔法と勘違いして質問する者が後をたたなかった。
その日の斡旋所の収益は通常時の倍程度まで膨れ上がる結果になる。
まさとしは二人を雇ってゆっくりするつもりだったが、結局はいつもより忙殺される結果となったのであった。