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8話 担任とクラスメイト

 

 翌朝、私たちはハンバーガーセットを食べたあと、街を見ながら天空城(ラプター)へと向かった。

 昨日の夕食もハンバーガーだったので、またかよと思ったけれど、食べてみるとやっぱり美味しいので許した。

 たくさんのフレッシュなレタスとトマト、何かのお肉と、あっさりソース。あと揚げポテト。

 沢渡の焼いた川魚もしょっぱくて美味しいけど、こういうちゃんとした人間の料理は初めて食べたので嬉しかった。


 朝は結構早起きしたので、街をゆっくりまわれるかなと思ったけれど、甘かった。

 最初のうちは(まば)らだった人影がどんどん増えて、あっという間にたくさんの人であふれかえってしまった。

 私の身体は小さいので、人混みで流されないように沢渡を壁にしてどうにか校門までたどり着けたというわけだ。


 天空城の空は相変わらず快晴で、学生たちの声がよく響いていた。


「やあ、おはよう! アリスにサワタリ。昨日はよく眠れたかい?」


 校門で待っていたハンスが青空をバックに、爽やかに挨拶をしてくる。

 こういうのをナチュラル皮肉と言うのだろうか。

 馬小屋に案内しておいて『よく眠れたかい?』なんて、普通の感性なら出てこない言葉だと思う。


「ええ、おかげさまで。熟睡できたよ」


 まあ実際がっつり眠れたので何も問題はないんだけど。


「おはよう。俺も久々に睡眠をとった気がする」


 沢渡が本当に五億年を体感したのか、いつかじっくりと聞いてみたい。

 長くなりそうだから今は聞かないでおくけど。

 他にも、瞑想と睡眠ってやっぱり違うの? とか聞きそうになったけど、なんとかこらえた。

 そんな事をしたら間違いなく百倍になって返ってくる。ハンスもここで正座はしたくないだろうし。


「それは良かった。じゃあ教室に案内するからついておいで」


 後をついていくと、長い廊下の途中にあったスライド式ドアの前まで案内された。

 ハンスは扉に手をかけて……なにかを思い出したかのように手を戻した。


「それじゃあ僕はこれで……皆と仲良くね」

「ハンスは入らないの?」


 あからさまに怪しい。何をためらったんだろうか。


「いや、ここは新規生たちの教室で、僕は別の階だから……」

「そうか。案内をありがとう」


 ハンスは早足で立ち去ってしまった。


「なんか変じゃなかった? あいつ」

「そうか? いつも通り善い人だと思ったが」

「いい人、ねえ……」


 確かにハンスは気持ち悪い部分もあるけれど、悪人というほどでもない。

 むしろ面倒見の良いやつだとは思うけど、沢渡は当初向けられていた敵意を忘れているのだろうか。

 沢渡の方がよっぽど善人だと思う。


「ちょっと。入らないのならそこを退いてくださいません?」


 後ろからの声に振り返ると、縦ロールな髪型をした女性が腰に手を当てていた。


「あ、ご、ごめんなさい……」

「そんなに珍しいドアだったのかしら。こうやって開けますのよ」


 満面の笑みで教室へと入っていく縦ロール。

 呆然と見送ってしまったけど、数秒おいて、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


「なにあいつ! 誰が田舎者よ!」

「そこまでは言ってないな」


 沢渡に背中を押されて私も教室へと入る。

 どうやら他にも後ろで待っている人がいたらしかった。


 教室はずらりと机が並べられていて、みんな好き好きに座っているようだった。

 仲良く話をしている人や、伏せて寝ている人、それぞれが自由に時間を潰していた。

 ……さっきの縦ロールは、すました顔で本を読んでいる。


「あそこに座ろう沢渡」

「うむ」


 できるだけ縦ロールから離れた隅っこの方の席へと私達は座った。


 それから机が全て埋まった頃、黒いフードの人が教室に入ってくるなり、黒板に『担任遅刻中。到着まで静かに過ごすように』とだけ書いて無言で立ち去ってしまった。


「ねえ……ここってエリートクラスなのよね?」

「そうらしいな」


 一瞬静まり返ったあとに教室がざわつき、また各々が自由に時間を過ごし始める。


 そうして30分ほど時間が経過して、再びドアが、今度は勢いよく開けられた。


「あーすまん! 寝坊した! 私は嘘をつくのが嫌いだからな、寝坊だということを隠したりはしないんだ! ハハハ!」


 黒いローブを着た赤いポニーテールの女性が黒板にがつんがつんと自分の名前を書いていく。

 これが担任らしい。どうやら職員は皆黒いフード付きローブを着用しているようだった。


「はい注目! 読めるかなぁ?」


 静まり返る教室。

 きっと私を含め、全員が豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしているに違いない。

 黒板には『破壊公 ハチスカ』と書かれていて、先生はやれやれと肩を落としながらフリガナを追記していった。


破壊公(ニューク)ハチスカと読むんだぞ! 破壊公は二つ名みたいなものだから、ハチスカ先生と呼んでくれれば結構!」


 この人、やたら声が大きい。まるでクマだ。


「はいなにか質問ある人。 君、何か言いたそうだね!」

「えっ……僕!? あ、じゃあ、ええっと……なんでそんな物々しい二つ名なんですか?」


 突然指をさされた男子がたどたどしく反応する。あわれ。


「たしかに! こんなに可憐な美女に不釣り合いな二つ名、破壊公。なぜそんな風に呼ばれているのか健全な男子ならば真っ先に出る疑問ですね。オラァ!」


 テンションが限界に達したのか、突然黒板消しを放り投げた。めちゃくちゃだこの人。


「よく見ててくれ! 凝縮(コンデンス)魔光一閃(マナレーザー)ッッ!」


 ちょうど教室の中央あたりの空中を舞っていた黒板消しに、ハチスカ先生の手から伸びた光の筋が突き刺さって小さな爆発を起こした。


「な、なんなんだ!?」

「げほっごほっ」


 先生の凶行と、爆発四散した黒板消しから飛び散ったチョークの粉が、教室を一瞬にして混乱に陥れる。


「ちょ、なんなのこの人……」

「うむ」


 隣の沢渡を見ると、目を閉じて深呼吸をしていた。

 ……最近分かったことがある。沢渡はピンチとか非常時になると瞑想を始める癖があるみたいだ。なんて冷静なやつ、と最初は思っていたけれど、それは裏を返せば、瞑想でもしていないと冷静でいられない状態という事なのだ。

 つまり、沢渡も沢渡なりにパニクっている……と。


「という訳で破壊系の魔法が得意なんだ! よろしくな。よし、仲良くなったところで皆にも自己紹介をしてもらうぞ。はいこっちから順番に」


 先生は謝ったり事態を収束させようとするでもなく、混沌に拍車をかけていく。本人はニコニコと上機嫌なのが始末に負えない。

 破壊公とはよく言ったものだ。というか、こんなに破滅的な性格で教師がつとまるのだろうか……。


「……よろしくお願いしますゴホッ」


 混沌したさなか、何故か進行していく自己紹介。

 それは中盤まで差し掛かり、例の縦ロールが立ち上がった。


「まるっこですわ。先生の噂はかねがね聞いておりましたが、本当に丁寧な方ですわね。今後ともよろしくお願い致しますわ」


 笑顔をたたえたまま、痛烈に皮肉って挨拶を終えるまるっこ。っていうか、まるっこって名前かわいいな。


「おおありがとうまるっこ君! 丁寧だなんて言われたのは初めてだ。 よろしくね!」


 やっぱり破壊公はこの手の皮肉は通用しないらしい。まるっこの笑顔は幾分か引きつってるように見えた。


 それから一通り自己紹介が終わると、ハチスカ先生が話し始めた。


「みんな元気でよろしい! 元気はパワー! 魔力の源だぞ」


 多分、この人は喋る時に何も考えてないな。


「えーっと、そうだな。この教室には順当に下位のランクから上がってきた者がほとんどだと思うが、例外的に今期初めてこの都市に来た者もいる」


 私たちの事だ。

 沢渡と目が合い、彼も小さく頷いた。


「大熊、沢渡、まるっこの三名だ! 皆天才と認定されたので飛び級ってやつだ。羨ましいな! でも仲良くしてくれな」


 なんてこった。彼女は同期らしい。

 仲良くと言われても速攻ぶちかまされたんですけど……。


 ちらっと横目で見ると、相変わらずのすまし顔で本を読むまるっこ。勉強家なのだろうか。


「はい、じゃああとは自由時間だ! 自由に校内をまわってもよし。バイトにいってもよし。帰って寝てもよし。明日から本格的に授業を行うからな! 遅刻するんじゃないぞ! ハハハハ!」


 お前が言うな! とツッコミを入れる間もなくハチスカ先生は出ていってしまった。


「嵐のような人だったな」

「沢渡はこれからどうしたい?」

「アルバイトを探してみるか」

「よしよし、そうだね。ずっと馬小屋はつらいからね」



 というわけで、午後は沢渡とアルバイト探しをすることに決まったのだった。


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