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7話 二段ベッド

 

 試験の見学に来ていた生徒たちが、夕陽に染まる下り坂を歩いていく。

 今日見た奇跡を再確認するかのように、帰り道でもなお(にぎ)やかに議論を重ねている。


 そんな彼らの声は、沢渡と大熊とハンスの三人だけになった生徒会室にも届いていた。


「それで結果はどうなの? 合格?」

「もちろん合格さ。文句無しだよ」


 ハンスの評価はすでに試験前と比べて180度変わっている。


「あんなの見せられちゃあね……。でもサワタリが今後魔法を使えるかというと、ちょっと怪しいよ」

「む。何故だ?」

「君の魔力は実質ゼロだ。どういうわけかマナを受け付けない体質らしい。普通はそんな人間……というか生物……いや、存在があり得ないんだけど」


 ハンスはまだ信じられないといった風に皮肉めいた笑顔を見せる。

 とはいっても、先ほど散々に沢渡の検査をしたので、その事実を受け入れざるを得なかった。


「筋トレしすぎて全部筋肉に寄っちゃったんじゃないの?」

「いやいや、そういうレベルの話じゃないんだ。草も木も空気も、何にでもマナは満ちていて、世界の構成元素とさえいわれてるんだよ」

「ふむ……マナか」

「何か心当たりあるのかい?」

「例の列車の上でな。ひたすら己と向き合っていた訳だが」


 沢渡の顔に夕陽があたり、眩しそうに目を細める。


「あー……。この人、五億年間ずっと瞑想してたらしいよ」

「なんだいそりゃ……」

「簡単に言うと、人の内には全ての根源に至る為の八つのポイントがある。最終的にその八つ目に至ることを目的とした鍛練なのだが、その一歩手前……七つ目を末那(マナ)識と呼ぶのだ」

「は、はあ」

「そこの門番が手強くてな。雲を掴むような戦いだった」

「戦ったの!? 座禅とは一体……」

「俗に言われる己との戦いというやつだな。正直、大熊とやってた時の方が何倍も楽しかったぞ。まあ結局、倒せたんだかよく分からんうちに終わってしまった」

「その、マナシキ……とかいうのをやっつけたからマナを受け付けない状態になってる……って事か」

「こじ付けかもしれんがな。因みに、八識は下位から眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識と並ぶ。意識までは読んで字のごとくだ。末那識については、自我に執着するこころとされていて――」

「も、もういいよ! いいよね? 今度聞いてあげるから!」

「そうか……」


 いつの間にか正座をしていたハンスが、大熊の声で我に帰る。


「あ、えっと……じゃあ話を戻すよ? そのマナを体内に取り込んで魔法として練り上げる力を魔力と呼ぶんだ。そして、君の体はマナを否定している。これは憶測だけど、魔法を打ち消す力もその体質に端を発しているんじゃないかな」

「なるほど」

「なるほどって……沢渡ほんとに分かってるの?」

「つまり、魔法は殴れる」

「うん……うん?」

「まあ、そういうことにしておこう。そして君は魔法を使えない」

「……無念だ」


 沢渡は合掌(がっしょう)した。

 表情一つ変えないので、悔しがっているのか、何か別の儀式なのか、この場にいる人間では理解出来なかった。


「……それで、魔法使えないのにエリートコースに入っちゃってもいいわけ?」

「そこだよね。サワタリが起こしてる奇跡はとても魅力的だ。魔法を壊してる訳だし、対極だからこそ無関係と切り離す訳にもいかないよ」


 ハンスは試験前に見せていた敵意はすっかりなくなり、沢渡について我が事のように熱弁していた。


「ほんと、素直というか現金というか……」

「僕は現実主義なんだ。常に正当な評価をくだすよう常に気を付けているよ。それと試験を通じて分かったことがもう一つある」

「ふーん? 勿体つけないで教えてよ」

「アリス、君だよ。覚えたてで不安定な魔法をボール遊びみたいに使っても魔力酔いひとつしないなんて」

「え? やっぱり私ってすごいの?」

「すごいさ! それに美しい。さあ手取り足取り魔法の扱い方を教えてあげるよ! 今すぐにでも」

「うわきも! 近寄るな!」


 合掌したまま動かなくなった沢渡の後ろへ隠れる大熊。

 窓の外はいつの間にか紫色に染まり、祭りの後の静けさといわんばかりの静寂が漂っていた。


「……今日はもう遅いね。ずいぶん後になってしまったけど寮まで案内しよう」


 ハンスの先導で二人は天空城を出る。


 坂を下り、エレベーターを降りて学校の外側をぐるりとまわると、大きな街のような光景が広がっていた。

 もうおおよそ夜と呼べるほどに空は暗くなっていたが、建ち並ぶ街灯や建築物が強い光源となっていて、街中は昼間のように明るい。


「おわー! 都会だー」

「大熊はこういうのは初めてか」

「誰が田舎者よ!」

「すまん」


 騒ぐ田舎者二人を生暖かく見守りながらハンスは説明を始めた。


「ここの住人は皆、リンバスの学徒だったりOBだったりで関係ある人達なんだ」

「思ってたよりもすごい規模ね……」

「何人くらいいるんだ?」

「さあ……。学校の中に学校があるようなものだからねえリンバスは。 それにOBも数えきれないくらいいるし、本当に全体を把握出来てる人なんていないんじゃないかな」


 そのまま中心へ向かわずに、外周を歩いていくと、さすがに建物もまばらになっていった。


「なんか結構寂しい雰囲気になってきたけど……」

「そうだねぇ。でもここを馬鹿にする人はいないよ。基本的に最初は皆ここからだから」


 広大な農地と、乱立する藁葺(わらぶ)きの小屋が建ち並ぶ区画でハンスは立ち止まった。


「まさか」

「うん、ここが寮なんだ」

「馬小屋にしか見えないが」

「馬はいないから安心していいよ」


 小屋の中は木枠のみで区切られた部屋がいくつもあり、様々な人がくつろいでいた。

 カーテン代わりにかけられた衣服があったり、生活品がベッド上に並べられていたりと、各々が限られたスペースを最適化させている。


「一体なんの冗談……」


 大熊の目の前には真面目に生活している人達がいるのだ。圧倒的な事実を叩きつけられて大熊はそれ以上言葉が出せずにいた。


「ハンスもここで寝泊まりするのか?」

「いやいや。僕はもっといい宿だよ」


 なんの冗談だい、と両手を広げてウィンクを決めるハンス。


「じゃあ私たちもハンスと同じところじゃなきゃおかしいよ! Aランクでエリートなんだから」

「うん……それがね、校長がそういうところすごく厳しくてさ。ランク分けはあくまで校内だけの話で、施設の利用は実績が無いと認められないんだ」

「実績?」

「この街や学校へ貢献すること……もっと分かりやすく言うと、働いてお金を稼ぐってことだね。何でもタダって訳にはいかないんだ」


 この馬小屋だけはタダだからいつも人気なんだけどね、とハンスは付け加えた。


「つまり、俺たちは学生をやりながら、アルバイトをして生活費を稼ぎ出さないといけないわけか」

「そうそう。サワタリって実は結構頭良いよね」

「ハンスも仕事してるわけ?」


 大熊はまだ納得がいかないような様子で、小屋の木枠を叩いたりしている。


「まあね。生徒会の仕事がない時はたいてい街に出てるよ。中央広場に募集が出てるから君達も明日のぞいてみるといい」

「へえ、意外……」


 普段から貴族然りとしている態度のハンスがあくせく働いている姿を想像して、大熊は出かかっていた不満の雄叫びを飲み込んだ。


「じゃあ僕は説明義務を果たしたので帰るよ。君達バイトばっかりで単位落とさないようにね。っていうか明日は挨拶とかあるから絶対来るんだよ。10時前に天空城に入るようにね。あ、あと夕飯は20時に運ばれてきた時に部屋に居ないと貰えないからね。風通しがいい所だから夜はちゃんと毛布を使うんだよ」


 ハンスは三歩あるいては振り返り助言を付け加える……を何度も繰り返し、結局それは曲がり角で姿が見えなくなるまで続いた。


「お母さんかな?」

「うむ。彼は善い人のようだ」


 そして二人はにぎやかな馬小屋に残り、運ばれてきたハンバーガーセットを平らげて消灯時間を迎えた。


 実際のところ、山暮らしよりも遥かに快適だったので、大勢の人の気配がする以外は特に気になるような事も無かった。



「なんだかすごい事になっちゃったね」


 大熊はベッドの上に寝転んだ。仰向けになり、天井の隙間から見える星を眺めている。


「帰りたいか?」


 沢渡は地べたで足を組み目を閉じていた。


「全然? 結構楽しんでるんだよ私。まさか人間になれるなんて思ってなかったし」

「それは良かった。ところで俺の寝場所が無いのだが」


 一つの部屋につきベッドは一つである。

 物理的に一台分入ってやっとというスペースなのだが、大熊は沢渡の部屋から離れようとしなかった。


「んー、私のとこの枕使ってもいいよ」

「……助かる」



 ★



 俺は枕を取りに行くついでに、小屋の外に出て空をを見上げた。

 満天の星空は、最初に大熊と出会った時と変わらず同じように輝いている。


「世界は広いな」


 この広大な空の何処かに故郷があるのだろうか。

 実は本当に五億年が経過していて、地球の生き残りは俺たちだけなのではないか。


 柄にもなく少し感傷的になっている自分に驚きつつ部屋に戻ると、大熊はうつ伏せに体勢をかえて静かになっていた。


「もう寝たのか」


 横になれるほどのスペースも無いので、ベッド上のわずかな空き領域に枕を置いて、頭を乗せてみる。

 人の頭部とは中々重たいもので、枕に体重を預けるだけでも結構な休息を得られそうだ。


 しばらくそうしていると、頭にポン、と小さな手が乗せられた。


「そんなんじゃ休まらないでしょ」


 そのまま横を向くと、大熊が眠たげな様子でこちらを見ていた。

 優しそうに微笑んでいる顔が、なんとなく記憶の中の母親とだぶって見えた。


「しかし俺の寝床にはお姫様が眠っていてな」

「あはは。似合わないなぁ」

辛辣(しんらつ)だな」


 大熊はだいぶのんびりとした声色になっている。

 半分寝ているというやつだろうか。


「ここ。ひみつきち作っといたから」


 いたずらっぽく笑いながらベッドの下を指している。

 言われるままにベッドの下をのぞくと、人がぎりぎり入り込めそうなスペースがあった。

 そして、ご丁寧にもシーツが敷かれている。


「いつの間に……」

「そこに枕をセットすれば王子さまの特等席だよ」

「奴隷の間違いじゃないのか」

「ふふっ」


 自然と軽口がこぼれるが特に気にならなかった。

 そしてベッド下にもぐりこむと、中々どうして快適である。

 ちょうどいい狭さというか、何というか守られているような不思議な感覚をおぼえた。


「なんかお話して」


 すぐそばから難易度の高い注文が入る。

 きっとこの場合、説法をのぞんでいるわけではないだろう。


「さっき、外で星空を眺めていたんだ」

「うんうん」

「それで、俺達の住んでいた星はどれだろうと探していてな」

「見つかった?」

「分からなかった」

「あは、沢渡の方が帰りたくなってる」


 大熊はふにゃふにゃと間の抜けた声で笑っている。

 多分ほとんど寝ているのだろう。もし、まぶたを無理やり開いたら白目をむいているに違いないと思った。


「俺もそうなんじゃないかと思ってな」

「……」

「でも、この特等席に戻ったらそんな気はなくなったよ」

「……すぅ」


 いつの間にか、彼女の曖昧な相槌は寝息に変わっていた。


「俺も寝るか」



 風通しのいい馬小屋は、静かな夜に響く生活の音がよく流れ込んでくる。耳から入ってくるそれらの音は、まるで子守唄のように心に平穏を届けてくれた。



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