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6話 無想パンチ

 

「そら、避けないと大変だよ! 投射(ファイアリング)火球(ファイアボール)!」


 凄惨に笑うハンスが沢渡に向けて火球を放つ。

 しかし、火球の速度はかなり遅い。


「頑固そうな君でも、ちゃんと判断できる速度にしておいたよ」


 相対する沢渡は真っ直ぐに、迫り来る火球を見つめている。

 (わめ)いていた会場の観客たちも今だけは静観し、固唾を飲んで見守っていた。


「ふむ。一応やってみるか……泡撃(はいどろきゃのん)


 沢渡が火球に(てのひら)を向けて詠唱する。

 よく通る低音の声が、どこかお経めいていた。


「……」


 特に変化は表れず、無情にも火球は進み続ける。


「ははは! 水滴の一つも出やしないじゃないか。どんな底辺でも、おもちゃの水鉄砲の真似事くらいは出来るもんなんだけどねぇ」


 ハンスが笑うと、観客たちも一斉に笑いはじめる。

 もう沢渡を応援する者は誰もいなくなっていた。


 ――たった一人を除いて。


拡散(スプレッド)泡撃(ハイドロキャノン)!」


 横合いから飛んできた無数の泡が次々に火球に浴びせかけられる。炸裂した泡の水が火球を包み込むように纏わり付き、じゅうじゅうと音を立て始めた。


「──別に私が手を出しちゃいけないなんて言ってないわよね?」

「アリス! なんてこった。さっきよりも完璧な泡撃じゃないか」


 ハンスは特に余裕を崩すつもりはなかった。

 なぜなら、まだ火球が残っていたからである。

 大熊の泡撃は全て蒸発し、勢いの変わらないまま火球は進み続けている。


「ちょっ……なんで消えてないのよ! 簡単に消せるんじゃなかったの?」

「基本的に必要な魔力量は火球の半分くらいで済むよ。ただ、この火球はちょっと強く作りすぎちゃったかなぁ☆」


 ぺろっと舌を出してウィンクするハンス。会場のテンションもピークに達している。


「Aランクでクリア出来るって条件はどこいったのよ! 無理よこんなの…… 沢渡、避けてー!」

「ま、火球はゆっくりだからそう焦らなくとも──え?」


 当の沢渡は目を閉じていた。

 深く呼吸をし、ゆっくりと腰を落として、その場で座禅を組みはじめる。

 ……すでに火球は眼前に迫っていた。


「うわああ! なんだこいつ!? おい逃げないと死ぬぞ! 確実に!」

「あああ沢渡ばか! 筋肉! 瞑想してどうにかなる問題じゃないでしょお!」


 当然最後は断念して終わるものだと想定していた者たちも、沢渡の異常な行動にパニックに陥っている。

 実際、人死にを目撃したいと思う者はこの会場にはいなかった。


 大熊の泡撃で高度が落ちた火球は、ちょうど座禅を組む沢渡の胸元へと差し掛かっている。


 ぶつかるまであと一、二秒といったところで、沢渡は目を見開いた。


「ふんッ」


 素早く禅を解いた右拳一閃(みぎストレート)

 それが火球の中心を撃ち抜いていた。

 ぽっかりと空洞を作った火球はやや遅れて、コアを失ったことを思い出したかのように静かに霧散した。


「は……?」


 誰もが口から同じ音を出していた。

 会場は疑問符で埋め尽くされている。


「うむ。殴れたか」

「どういうこと? 魔法って殴ってどうにかなるの?」

「え、知らない……僕が聞きたいけど……逆に」


 前代未聞だった。少なくともこの場にいる誰もがこの現象に説明がつけられない。

 それでも彼らは勉学熱心な学徒なので、試験とかそっちのけで沢渡が起こした現象について議論を始めている。


「そういう魔法とか? 拳にバリアみたいなのを張って……」

「いやいやそんな高度なこと出来るならさっきの泡撃スカるはずが……」

「っていうかあいつ自体が魔法なんじゃね?」


 皆が皆、好奇心を爆発させている。

 それはハンスも例外ではなかった。


「ご、ごめんサワタリ君。もう一回できる? 今度は火球ここに貼り付けておくから……」

「やってみよう」


 結局、再現性は100%だった。

 沢渡は顔色ひとつ変えることなく、火球を殴り消し続ける。なんならチョップで真っ二つに切ったりもしていた。

 たまに不意打ちで大熊が泡撃を浴びせてきたが、それも振り向きざまに回し蹴りを放ち、打ち消した。



「解析班、どうだった?」

「はいハンス会長。えーっと、結論から言うと魔力探知(サーチ)に全く反応はありませんでした」


 アリーナ内はすでに三人だけではなくなっている。

 何人もの上級魔法使いが降りてきて、臨時で沢渡の調査が行われていた。


「魔法の類じゃないということか。しかし、無反応って逆におかしくないか? マナを調べられる人はこの中にいたっけ」

「いるにはいるんですけど……」

「おお! あの子も来てたんだね、ラッキーだ」


 男の目線の先には、アリーナの隅っこでガタガタと震える眼帯の女性がいた。


「やあ心眼の(トゥルーアイズ)。そんな隅っこにいないでこっちにおいでよ」

「い、いいいいやです……怖いです……」

「いつになく怯えてるねぇ……。もしかして、もう視た?」

「はい……反響定位(エコロケ)で……」

「どう視えたか教えてもらえるかな?」

「真っ黒だったんです! 飛ばしたマナが返ってこなくて……。壁も土も……空気だって色がついてるのに、こんな事ってあるんですか!?」

「魔力ゼロどころかマナすら内在してないのか……? その真っ黒はどう視えた? ぼんやり?」

「いえ……くっきりと視えました。周囲のマナを吸い込んでるという訳でも……ないみたいです」

「ありがとう。よく頑張ったね」


 ハンスが後ろへ振り返ると、暇を持て余した大熊が、泡撃を沢渡に連打して遊んでいた。無論、沢渡はそのどれもを打ち消している。


「どうしよう……この二人」


 ハンスは半笑いで天を仰いだ。


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