5話 特別な入学試験
特進クラス──通称、天空城──の生徒会室。
その中では直立不動の半裸の男と、腕を組んだ少女が不退転の心で抗議にいどんでいた。
「だから何度も言うがね、ここは金バッジ無しで入ってきていい場所じゃないんだよ。というか君Fランクでしょ? 絶対無理」
「頼む。そこを何とか」
「私はA+よ。彼がダメだっていうなら私もFクラスに行くわ」
対するはエリート教員。
エリートを教えている教員なので彼もまたエリートである。
「はぁ、会長も何か言ってやってくれよ」
最奥の大きな椅子に座っているのが生徒会長のハンスである。
眉目秀麗、文武両道、学園内に比類する敵無し。
そんな感じの噂が結構流れるくらいの実力者である。
「……いや、アリス君を逃すのは惜しい」
「まあA+なんて滅多にいないからな。しかし、それではどうするんだね」
教員なのだから生徒に指導する立場であるはずだが、実際は生徒会長との力関係は真逆である。
この天空城は完全な実力社会。ハンスはこの教員よりも実力が上なのだ。
「……実に惜しい」
ハンスの鷹のような鋭い眼光が大熊をとらえている。
「な、なによ」
「アリス……本当に美しい」
「は……?」
現在の大熊の容姿はだいたい思春期に入りたての女子である。
隣にいる沢渡と並べると完全に子供と言っても過言ではなかった。
「あなた、アレ? もしかしてロリ──」
「言わなくていい! 僕は守備範囲が広いだけなんだ」
「さわたり、かえろう。こいつやばい」
大熊の不退転の心はいとも簡単に崩れ去った。
「いや待ってくれ。サワタリ君は天空城で学びたいのだろう? 僕にはそれを許可する権限がある。条件を出そう」
「ほう、その条件とやらは?」
「えー……。帰ろうよ沢渡ぃ……」
うんざりして空いている椅子に座る大熊をよそに、沢渡とハンスは目線を交差させ静かに火花をちらしていた。
「なに簡単なことさ。ここにいる者達は皆、魔力Aランク程度の実力を持っている。君が彼らと同じ実力者である事を示すことが出来れば、晴れてここの仲間入りだ」
「しかし検査結果はFだったのだが」
「そうだったね。でも、それなのにここに来るって事は君は自分の実力を認めていないって事だろう? だから思い知ってもらうよ、実戦でね」
「……その実戦とは?」
「ふふふ。まあ、そう逸るな。訓練場へ行ってから説明しよう」
ぴりぴりとした雰囲気の中、一同は天空城地下の訓練場まで移動した。
広大な訓練場の中央は小粒の砂がまかれた円形のアリーナになっている。
アリーナは四方を背の高い壁に囲まれ、その壁の上に観客席が設けられていた。
「キャー! ハンス! こっち向いてー」
「あんまり厳しくしてやるなよー! ははは!」
観客席は既に多くの人が集まり、眼下で行われる特別試験に期待を寄せていた。
「なんで見世物みたいなことになってるのよ……」
「僕が呼んだのさ。彼が言い逃れできないようにね」
「……こんなことしなくたって、沢渡は有言実行を地でいくやつよ」
「ずいぶんとアリス君の信頼を得ているようだねぇ」
「俺は約束を守る。さあ、試験内容を教えてくれ」
ハンスはやれやれといった調子で指を鳴らした。
すると、側にいた黒フードが地面に向かい詠唱を始める。
「……創作・土塊人形」
地面がせり上がり、人の形になっていく。
足、胴、頭と徐々に出来上がると、会場中から拍手が上がった。
「ほう。これが魔法か」
「この人形、もしかしなくても沢渡?」
人形は沢渡と同じ身長、同じ体格、同じ直立不動の構えを取っていた。
「ご名答! 僕が作ればもっと上手く出来るけどね。今は魔法を練っていたから」
「俺がこれと戦えばいいのか?」
「ははは、 違う違う。 ……投擲・火球!」
ハンスの右手から輝く球体が放たれる。
「なっ!?」
火の玉はそのまま土塊人形の中心にぶつかり、爆ぜた。
「うおおお! 相変わらずスマートな投球だぜ会長」
「キャーハンスステキー!」
沢渡そっくりの土塊人形はバラバラに砕け散り、そのどれもが激しく燃え上がっていた。
「うっわ……えぐい」
「これをやってみせろという事か?」
「本当ならそうしてもらいたいところだけど、無理だよね?」
「今はな」
「減らず口を……。それなら、この火球を耐えて立っている事が出来れば合格としよう。皆はそれでいいね?」
ハンスの提案に会場が熱気に包まれる。
「うおおお! そりゃないぜ! 筋肉ダルマが火ダルマになるところなんて見たくないぜえ! でも答えはイエスだー!」
「キャーハンスステキー!」
あつまっている観衆は明らかにハンスの味方である。
「という訳だ。どうする? 本当にやる?」
「むっかー! ……でも沢渡、挑発に乗らないでね。一緒にFランクから出直そう」
大熊は熱くなりやすい性格だが、冷静さを忘れることはなかった。
「ふむ」
「ここにいるお客さん達の中にはFランクの人たちも大勢いるんだ。 もしここで背を向ければ、新しいクラスで君達がどういう目に合うか……分かるかい? ま、僕の知ったところではないけどね」
ハンスもクールな見た目と違い、熱くなりやすいタイプである。二人と違うのは、そんな自分の感情をコントロールし、かつ人の機微を繊細に読み取る能力に長けているところであった。
天空城の生徒会長に上り詰めた実力がその能力の高さを物語っていた。
「沢渡……? 私のことはいいからね? あの人形、見たでしょ?」
「よし。やろう」
「ちょっとぉ!?」
「本当に? じゃあもう一個条件つけていい? 君が負けたらアリスはそのまま天空城に入ってもらうよ? 皆はどうかな?」
「うおおぉぉぉ! ロリコン会長気持ち悪いけど答えはイエスだー!」
「キャーハンスロリコンステキー!」
会場は完全にハンスのペースに飲まれていた。いつの間にか天秤の釣り合わない狂った条件になっているのだが、疑問を差し挟む余地のないようにハンスは誘導していた。
「待って。これって沢渡が一方的に不利じゃないの? 耐えるって具体的にどうすればいいのよ。本当にAランク程度の実力があれば乗り越えられるんでしょうね?」
条件を黙認する結果になってしまうが、大熊なりの切り口でハンスの牙城を崩そうと試みる。
「む……。美しいだけでなく聡明だね、アリス」
意外な方向からの指摘に、一瞬ハンスの口元が強張る。すぐに軽口で対応するが、大熊はそれを見逃さなかった。
「つまり、A+の私なら合格できる難易度って事よね?」
「……そうなるね」
「なら、どんな方法であの火球を打ち破るか教えてもらうわよ」
「分かったよアリス……ふふふ、やっぱり君って最高だね」
ハンスは目を閉じて詠唱を始める。
「……停滞 ・火球」
火球がハンスの手から放たれ、空中で固定される。
「火球には弱点があってね、水属性の魔法で比較的簡単に消せてしまうんだ」
「その魔法は私でも使えるの?」
「もちろん。水は人間にとって身近な元素のひとつだ。Aランクなら簡単に出せるはずだよ。……拡散・泡撃」
ハンスが軽く手を振ると、手元から大小5つの泡が飛び出して火球に浴びせられた。
ジュウ、と音を立てて火球が消えていく。
「こんな感じ。今の現象を頭に思い描くんだ。泡の動きとか、当たる対象のイメ――」
「泡撃!」
大熊の繰り出した、ひときわ大きな泡がハンスを襲う。
「うわっ!?」
ハンスがとっさに手を払うと、泡は直前で霧散してしまった。
「筋がいいねえアリス! でも対人ならもっといい魔法があるんだ。この試験が終わったら一杯教えてあげるからね」
少し濡れてしまった事にも動じず、ハンスは笑顔を振りまいている。
「ちっ……でも、こんなに簡単なら合格できるかも」
「どうかなぁ? Fランク君に出来るかなぁ?」
「……鍛練すれば。そのうちな」
「悠長に練習する時間なんかあげないよ!」
ハンスの右手にはいつの間にか次の火球が現れていた。