49話 新築一戸建て祭り
それから数日が過ぎ、魔法都市リンバスの郊外に立派な新築一戸建てが完成した。
その入居祝いとして、広大な庭で小さな宴会がひらかれている。
「祝! 馬小屋脱出記念の日〜〜!!」
大熊がクラッカーを鳴らすと、集まっている者は酒やジュースの入ったグラスを高くかかげた。
「みんな、集まってくれて感謝する」
沢渡がグラスを口に運び、その中身を一気に口へと流し込む。
泡立つ緑色の液体がグラスから無くなると拍手が沸き起こった。
「よっしゃー! ええ飲みっぷりやで沢渡ー!」
「あれは何という飲み物ですかっぴゅい?」
「くまころしだねぇ。僕たちの世界の隠れ特産酒だよ」
一堂に会するメンバーは大熊と沢渡に縁のある者たちだが、それぞれが顔を合わせるのは初めての者たちも多い。
本来ならば決して交わることのない世界の住人たち。それが大熊や沢渡を通じて数奇な出会いを果たしているのである。
「ありすちゃんは飲まないのかにゃ?」
「私はちょっといいかな……」
イェーネコの質問になんとも言えない表情で言い淀む大熊。
「これは全然関係ない話なんですけどぉ……」
「わ、イーリスさんもう顔赤い」
にこにこと上機嫌なイーリスが勿体ぶるように話を切り出した。
「先日うちの畑でですねぇ……あ、うち家庭菜園やってて、小さな畑もってるんですね……小さいながらも肥溜めを完備してるんですけどぉ……」
いまいち要領を得ない話にとりあえず頷いているものの、大熊は少し不安を感じていた。
「肥溜めの補充ってばっちいじゃないですかぁ……。だから使わずに空っぽだったんですけどね……ある日、大熊さんが酔っ払って訪問してきた時までは――」
「あ、ちょっと私あいさつ回らなきゃだから! またねイーリスさん!」
「ええ〜これからいいとこなのにぃ……まあいいです。イェーネコさん聞いてくださいますよね?」
「あははは! オチ読めちゃったけどいいよ」
大熊は逃げるようにその場から離れて男性陣の方へと移動する。
途中のディナーテーブルには色とりどりのハンバーガーが並んでいて、筋骨隆々の大男が仁王立ちでその前に立っている。
「こ、こんにちは」
「……」
大男はギロリと大熊をにらみ、そのまま視線をテーブルの上にずらした。何か食べろという事なのだろう。
「じゃあヒュージスパイダーの――」
大熊はこの世界には絶対存在しないはずの料理を挙げる。しかしこの男の答えはいつも決まっていた。
――一方、沢渡はアザレアに決闘を申し込まれ、これに応じていた。
「ぐぅぅ! やはりその筋肉は飾りではないようだな! 沢渡」
「むう。アザレアも中々……」
拮抗する腕相撲の負荷を一身に受けるテーブルはガタガタと音を立てて震えている。
「こんなに豪勢な食事久々だ」
「少し包んで持って帰りましょうか? 兄様」
「いや、それはちょっとせこいよまるっこ……」
ハンスの会社は現在も予断を許さない状態であるが、少しずつ経営は回復傾向にある。大会優勝者の家を建てたという実績が信頼に繋がったのだ。
結局、ハンスは校長の差し向けた建築屋から仕事を奪い取り、自らの手のかかった業者を使って一戸建ての建築に取り組んだのだった。
「みんなー! ラーメン作ってもらったよー!」
それぞれ好き好きに過ごしている中で大熊の声が響く。
その手に持った盆には真っ赤な殻の入ったラーメンが置かれている。
「な、なんだその……長い具は」
アザレアは腕を立てたまま、時を止めてしまったかのようにラーメンの中に入っている異形に目をしばたかせた。
「うーん。食べてからのお楽しみ?」
「まあカニみたいなもんだ。うまいぞ」
沢渡はとっくにアザレアから離れてラーメンに口をつけていた。
「普通に食べてるし、僕たちもいただこうか」
「先にわたくしが毒味を致しますわ」
沢渡が食べているのを見ても無表情なままなので、何の判断材料にもならない。
他の者は恐る恐るラーメンを啜り出し、おっという表情に変わり、そのペースを上げていった。
「なかなか美味いじゃないか。この殻がコクを出しているんだな」
「そうですわね。殻を割ってみると、中からぷりぷりの白身が出てきて、これがまた深い味わいで」
全員が美味しそうに食べているのを確認して、沢渡以上に寡黙なバーテンダーは腕を組んで満足そうにしていた。
しばしば雑談をしながらあっという間に全員が完食し、思い出したかのようにアザレアが聞いた。
「そういえば、結局さっきのラーメンの具はなんだったんだ?」
「あれね、蜘蛛だよ。でっかいやつ」
この時、みごとな悲鳴の三重奏が夕焼け空にこだました。
次話で完結予定です。
たのしかった……




