40話 式の予約(前日)
「お、俺は……」
窮地とはこのことだ。
別に気持ちを伝えるのが嫌だというわけではない。
ただ、この何の関係もない爺さんの前で気持ちを吐露したくないのだ。例え相手が人間じゃないとしても。
そもそもこういう……その、告白というのは、言葉にしてしまうと安っぽくなってしまうと思う。
「さわたりー? 目をあけろー?」
「くっ……」
何をするにもそうだ。まずは行動。言葉はあとから。
俺は俺の気持ちを安売りしたくないのだ。
だから断じて、恥ずかしい……とか、そういうアレではないのだ。
「さぅわぁーたるぃぃー」
「大熊。俺と、けっ……」
「け……?」
決闘とか言ったら怒られるよな。いや、今はジョークを考えている場合じゃないか。
やむなし。あまり良いシチュエーションとは思えないが言ってしまおう。
……ゲームだしな。
「俺と結婚してくれ。大熊」
「はぅっ……!」
じっと大熊の目を見据える。どうだ、別に恥じらいなんて無いだろう。いつもの俺だ。
というかむしろ顔を赤らめているのはお前じゃないか。自爆もいいところだな。クマを相手取る時は目を逸らさず、背を見せず怖じけないことが肝要なのだ。
「うぅっ……そんなにまっすぐ言われると……」
「どうした? 受けてくれないのか?」
「沢渡、ひらきなおってる……」
うむ。いざ言ってみれば、なんという開放感か。
一皮向けた気持ちがする。これは筋トレをくり返し高く飛べるようになったり、速く走れるようになったり、強者を打ち負かした時に感じる達成感に近い。
これはそう――成長だ。
「さあ。 俺と結婚しろ大熊」
「ひ、ひぃ〜〜っ」
何度でも言える。前言撤回では無いが、顔を赤らめてうつむく大熊を見ていると、何度も言いたくなってしまう。
また、自制が効かなくなっているな。俺は。
「結婚」
「わ、わかったからぁ!」
「何がわかったんだ?」
「受けます! 結婚します……沢渡と」
大熊は少し涙ぐんでいた。
俺はそれを見て──胸の奥になんとも言えない圧迫感を感じた。
……流石にやりすぎたな。
「おめでとうなのじゃー! さっそく明日結婚式を執り行うのじゃー!」
「また急だな」
「善は急げなのじゃー」
<神父さん。なんかキャラ変わりました?>
<ともかく、これで支配のバングルげっとですね>
<めでたしめでたし>
「俺たちは何か準備をしなくていいのか?」
「衣装など含めてこちらで全て手配するので万事おっけーですのじゃ。強いて言うなら心の準備だけしておいてほしいですのじゃ」
「しかし、今日の明日ので言われて人が集まるものなのだろうか?」
「ああ! そうですのじゃ。さっそく告知飛ばすのですのじゃ!」
神父を名乗る色々崩壊気味な爺さんに不安を抱きながらも、告知とやらを待った。
<『ぴんぽんぱんぽーん』>
<『ウームオンラインをプレイ中の皆様』>
<『楽しんでおられますでしょうか?』>
<『さらに楽しくなるイベントの』>
<『告知をさせていただきます』>
「わ、アイちゃん?」
<いえ。声は一緒ですけど別人です>
<全体メッセージ担当の方ですね>
「紛らわしいな……」
<『なんと! はやくもゲーム内結婚が』>
<『成立しようとしています』>
<『その為の結婚式イベントを明日』>
<『だいたい夕方くらいに予定しております』>
<『参加費は無料!』>
<『※ご祝儀はすべて教会への寄付となります』>
<『なお、このイベントが進みますと』>
<『バージョン1.1 【三つの信仰】となり』>
<『ワールド全体がアップデートされます!』>
<『新クエストや魔法に興味がある方はぜひ』>
<『ふるってご参加ください!』>
<『ちなみに、結婚される方は』>
<『大熊有栖さんと』>
<『沢渡さんです』>
<『ヒューヒューですね! それではまた明日』>
「これはもしかして、プレイヤー全員に聞こえているのか……?」
<はい。どこで何をしていようと漏れなく届きます>
<今ログインしてなかった人は>
<次にログインした時にこのメッセージが流れます>
「は、はずかしい……」
「もう覚悟を決めるしかないぞ大熊。どういうこじつけか明日の式がゲーム進行のキーになるらしい」
「うん……でもそっかぁ。わたし、お嫁さんになるのかぁ……」
ゲームでだけどな、と冷やかしそうになるがとどまった。
大熊にしては珍しく、何を考えているかわからない表情をしていた。
<ふふふ。ようやく……>
<ようやく、私は完全体になれるのですね>
「いいかた……」
「今日はもう俺たちはログアウトするが……アイ、ちゃん、はその、大丈夫なのか」
<おお。初めて名前で呼んでくれましたね>
<結婚前日にくどかれちゃいました。大熊さん>
「こらっ!さわたり!」
「どう見ても違うだろう……。まあ、その調子なら平気そうだな」
<はい。また真っ暗闇の中で一人きりになりますが>
<アイちゃんは健気にお二人の帰りを待つばかりです>
「いいかたぁ!」
アイちゃんの冗談は笑って良いのか悪いのか俺にはよくわからんが、大熊が笑っているからきっと面白いのだろう。
たった一日でも無の世界に押し込まれるのは尋常ではない苦痛を強いられる。それを俺はよく知っている。
だがアイちゃんがここまで強がってみせているのだから、心配する素振りなどすればかえって失礼というものだ。
今日は静かに去ろう。最後の闘いに水を差すべきではない。
「それではな」
「おやすみアイちゃん」
<はい。お疲れ様でした。 3、2、1>
………………
…………
……
翌日。
学校内は俺たちの話題で持ち切りになっていた。
生徒たちからは質問攻めにあうし、ハチスカ先生は事あるごとに"けしからん"と叫びながら破壊光線を撃ってきた。比喩ではない、普通の人間が当たったらバラバラになる強烈な魔法だ。
俺が魔法を打ち消せる特異体質だから良かったものの、大熊に当たらないか恐ろしかった。
実際に何度か、あえて俺に大熊を守らせて満足そうな顔をしていたのを俺は見逃さなかった。
そして放課後、生徒会室に入るなり、やけに近い距離からクラッカーが飛んできた。
「オメデトウゴザイマース!」
「どうした? ハンス。いつになくカタコトだぞ」
「サワタリこのぉ! 抜け駆けしやがって」
じゃれついてくるハンスの頭を片手でおさえる。
なるほど。実のところあまり気にしていないのかもしれない。彼はやはり善い人である。
「アツアツで羨ましい限りですわぁ。兄様、わたくしたちも結婚しませんこと?」
「まるっこさん!? 何言ってるかわかってる!?」
「ゲームですよ兄様? おままごとみたいなものじゃありませんか」
「そ、それはそうだけど……」
この兄妹の仲睦まじいこと。
俺も大熊も性格は素直とは少しずれたところにあるからこうはいかないのが難点だ。
「じゃあさっそく明後日にでも式を……」
「まてまて! 明後日はバトルロワイヤルだろう」
「あら。そうでしたわ」
「サワタリ達がイチャついてる間に僕らは己を磨き上げているからなっ」
鍛練か。確かにそれは羨ましい。
最近は怠け気味だったからな。
「いちゃ……!? いちゃついてないし!」
「まあそうだな。大熊が素直ではないから」
「素直だし!!」
「ほう。それならどう素直か見せ……」
しまった。人前だ。
兄妹がじっとりとした目でこちらを見ていた。
こういう時は下手に取り繕おうとすると惨めなだけだ。
それなら──。
「では式で会おう」
「ぎゃー!ひっぱるなー!」
「そ、それがイチャついているというんだー!」
背後からハンスの祝福の声を浴びながら、俺たちは帰路についた。




