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4話 さくら坂

 

 二人は係員の待つ入り口の列に並びながら、検査結果を確認していた。


「みてみて沢渡! 私の魔力値A+だって!」

「ほう。それはすごいな」


 他の者たちも検査器を見ながら一喜一憂している。

 パネルに表示される評価はA~Fまでの6段階で振り分けられているようだった。


「それで、沢渡のはどうだったの?」

「Fだが」

「あー……。あなた、マッチョだからね」

「関係あるのか?」

「……わかんない」


 沢渡はあまり気にしていない風だが、微妙に気まずくなった大熊は口数が減っていった。

 列が進み大熊の順番になって係員に検査器を渡すと、


「ちょっA+って…… あなたもしかして経験者?」


 係員は驚いた声でそう言った。


「いえ。はじめてですけど……っていうか経験者ってなにさ」

「ええっと……この場合どうなるんだろ。新規生で特進クラスに分けてもいいのかな……。ちょっと待っててね、リーダーと相談するから」


 他の人はすんなり通っているのに大熊だけ長く待たされる事になってしまった。


「私、まだ待たされるの……?」

「うむ。それでは先に行ってるぞ」


 次に並んでいた沢渡もいつの間にか振り分けが終わり、校舎に入ろうとしていた。


「え? ちょっと! せっかく一緒になったのにまたはぐれるの?」

「どうせまたすぐ会える。クラス分けとはこういうものなのだから仕方がない」


 背を向けて手を振り去っていく沢渡に、大熊は内心もやもやとしていた。


「ほんと、勝手なやつ……」


 沢渡の目的が純粋な鍛練である事は大熊もよく知っている。

 自分がここにきたのは成り行きで、一人になりたくないからというものだった。

 彼の底なしに意欲的な目的に対して、自身はひたすら保守的である事を疑問に思い始めていた。


 このままではいけない。これではずっとこんな思いをする事になる。

 そう直感した大熊は新たに目標を設定する事に決めた。


「おまたせしました、A+の……」

「大熊有栖よ」

「大熊さん、あなたには特進クラスか一般クラスを選ぶ権利が与えられました。特進クラスは多くの魔法を学ぶチャンスがありますが、授業スピードが速くて生徒もかなりのイロモノ──」

「特進クラスでいいわ」

「え、いいんですか? 色々きついですよ?」

「いいの。あの筋肉ダルマを見返してやるんだから」

「半裸の彼ならFランクなので下級も下級、もともと勝負になってませんが……」

「あなたに沢渡の何が分かるのよ!」

「ひっ……。じゃあ、この校章をどうぞ。エレベーターで特進クラスのフロアにいけるようになります」


 大熊は金色のバッジを受け取ると、ふくれっ面で校内のロビーへと進んだ。


 元々、大熊は負けん気の強い性格(たち)である。

 獣だった頃に沢渡の挑発に乗ったのも、「なんか筋肉見せびらかしてケンカ売ってくるやつがいるので分からせてやろう」というそのままの理由であった。

 それ以前にも、雪山を素早くかける野ウサギを後ろから追い抜いてみたり、高木(こうぼく)を器用に登って逃げる猿を散々追い回したりしていた。


 沢渡と出逢った後は思いやりの尊さを学び、その性格はしばらくの間、なりを潜めていた。

 だが、ここに来て大熊は生来の自分を取り戻しつつあった。


「久しぶりだな、大熊」


 エントランスを超えるとすぐに沢渡が待っていた。


「全然面白くない。そのジョーク」

「そうか……。結構、考えたんだが」


 沢渡は項垂(うなだ)れてしまった。


「いや何であんたが落ち込んでるのよ! そもそも先に行くって言ってなかった?」

「言ったな。すぐ会うとも言ったぞ」

「じゃあエレベータまでだからね! クラス違うんだから」

「むう……」


 どうしてこれほどイライラしているのか。

 大熊は原因がつかめずにいる。

 人付き合いを覚えたばかりの彼女はこういった感情に不慣れだった。


 彼女が定めた新たな目標。

 ──それは沢渡と同じように、ひたすら上を目指す事。

 と、本人はそう思っているが、実際は少し違った。

 沢渡は純粋に己を鍛えたいだけだが、大熊にはその先がある。

 結局のところ、認められたい・構ってほしい、等々単純な理由だ。

 それが動物由来か人間として芽生えた感情なのかはさておき、大熊は今なお無自覚なのである。


 二人がエレベーターに乗り込むと、バッジに反応して行き先階が自動的に決定された。

「次は特進クラス、次は特進クラス。特進クラスのフロアには優先的に止まるようになっています♪」と場違いな明るさのエレベーターアナウンスが流れる。


「……格差を感じるな」

「私はA+、あなたはF。がんばって鍛練なさいな」

「うむ。そうさせてもらう」


 大熊の精一杯の皮肉も真顔で受け止められてしまう。

 その態度に対して(いきどお)る隙も与えずに、エレベーターは目的地に到着していた。

「特進クラスのフロアです♪」アナウンスと同時に扉が開かれる。


「わ……すっごい……」


 大熊は突然現れた青と桃色の幻想的なコントラストに目を奪われた。

 広大な青空と、ゆるやかな坂道の両脇に植えられた満開の桜。

 そして、長い坂の先には小さく城のようなものが見えている。


 エレベーターから降りて、その幻想的な上り坂を歩き始める。

 あたたかい陽射しと、ゆるやかな風が心地良かった。


「屋上……ってレベルじゃないわね。天国まで運ばれてきたみたい」


 おそるおそる桜の木の側から下をのぞき見ると、白い雲が点々と広がっている事に気付いた。

 雲の隙間からは小さくなった街や山が垣間見(かいまみ)える。


「魔法恐るべし……」

「距離や空間を無視して繋げるのが爺さんの亀裂の正体かもしれないな。ここもその応用と考えられる」

「なるほどね〜……ってどこまでついてきてんの!?」


 沢渡は何食わぬ顔でついてきていた。


「俺も特進クラスに入りたい」

「ええ……。だ、だってランクが」

「あんまり気にしなくていいと爺さんが言ってたからな。俺は特に気にしてない」

「それ、そういう話だったっけ? 」

「こじ付けてる自覚はあるぞ。流石に」


 とは言うものの、沢渡は基本的に真顔なのでジョークなのかそうでないのか把握するのは至難の技である。


「どうして無理やり入ろうと思ったの? それも鍛練のためってやつ?」


 大熊はこみ上げる期待感を自覚していた。

 沢渡という男がどういう人物なのか、短いながらも濃い付き合いでよく分かっていた。

 そして、それが自惚れで無いことを確認する為に彼の言葉を引き出そうとしている。


「鍛練に近道はない。ここに来た理由はひとつだ」

「そ、その理由とは……?」


 ごくり、と大熊が唾を飲む。

 もし第三者がこの現場を見ていれば、青春を謳歌している一組(ひとくみ)の男女に見えたかもしれない。

 しかし顔を真っ赤にする大熊は内心クレバーに振舞っているつもりであるし、常に真顔の沢渡はそういった機微を読み取る能力が人並み以下である。

 それでも──


「無論、お前と一緒にいる為だ。最初に約束したはずだぞ」


 ──機微は読めないが、核心は突く。

 沢渡とはそういう男である。


「っ……!」


 真っ直ぐに見つめられて、大熊は目を逸らす事しかできなかった。

 たったの一日にも満たない時間で、沢渡に何度も一喜一憂させられている。悔しいはずなのに、溢れてくる感情をうまくコントロール出来ない。


「あー、そうだな……。五億年間、お前と一緒にいるという約束を俺は忘れなかったぞ」

「んふっ……!」


 耐えきれずに背を向けて城の方へと歩き出す大熊。

 その口元は隠す事の出来なくなった笑みが浮かんでいた。


「これもだめか」

「ぜ、ぜんぜんおもしろくないしっ」


 上ずった声を抑えるのに精一杯だが、その顔は既に満面の笑みになっている。

 大熊はつい先ほどまで感じていた激情の煩わしさを忘れ、大きな幸福感に満たされていた。


「うむ。ジョークの鍛練も奥が深いな」


 もし今、大熊が後ろを振り返る事が出来たなら、真顔ではなくなっている沢渡を見れたかもしれない。

 しかし今のところそれを知っているのは、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらくらいなものである。


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