38話 賢人
「実は洞窟を見つけてな」
「行こう沢渡!!」
「ぴゅいっ♪」
<洞窟いいですね>
俺が話を切り出すと、ピラニアのごとく二人と一匹が食いついてきた。
便利なポシェットには多様なアイテムが保管できるので、各自が必要な装備を整えて綿花の群生地に向かった。
かなり密集した綿花の群生地を抜ける必要があるのだが、絶対に気をつけなければいけないことが一つある。
「大熊。いいか、絶対に鮮やかな色の毛玉には触れるなよ」
「おわっ……バレてた。これ触ったら危ないの?」
「猫毛虫と言ってな、そのふわふわした毛の中に猛毒の針が生えてるんだ。刺されたら丸一日激痛にさらされるぞ。最悪死ぬ」
「うげぇ……こんなの山にいなかったよ」
「日本にはあまり生息していないだろうな。俺が見つけたのは南米の草むらの中だが、あれは死ぬ思いをした……」
俺の話に大熊が一喜一憂するのが嬉しかった。つい饒舌になってしまうが、こういう時に自分のコントロールが上手くいっていない事について、最近は心地良さすら覚えている。
そしてしばらく進むと猫毛虫だらけの場所に出てしまった。
「れいんぼー」
「おぞましい光景だな……引き返すか」
白い綿がほとんど見えなくなるほどに猫毛虫が密集していた。赤、黄、緑などカラフルなふさふさの毛玉がうごめいている。
俺たちはそれから逃げるように来た道を戻り、迂回することにした。
「ぴゅいっ♪♪」
「む」
少し歩くと、Pちゃんがついてきていない事に気付いて振り返る。
「嘘だろ……?」
「ぴゅいっ♪ ぴゅいっ♪」
猫毛虫を食べていた。
一匹ずつクチバシでつまんで口の中に入れていく。
「毒針は大丈夫なのか?」
「ぴゅいっ♪」
「Pちゃんえらいねー!」
なんなんだろうこの生き物は。
いや、ゲームだから深く考える必要ないのか……?
<洞窟の入り口が見えてきましたね>
Pちゃんを先頭に猫毛虫を除去してもらいながら進んでいくと、ようやく見えていた場所にたどり着いた。
洞窟は木陰に隠れるように静かに口を開けている。近づいても気付かずに通り過ぎてしまいそうな程度だ。
「おお! お宝のにおいがするよ」
「クマが冬眠しているかもな」
「だとしたら、とんだお寝坊さんだけどね」
冗談を交えつつ中をのぞき込むと、ひんやりとした空気が流れてくるのがわかった。
「結構深いかもな。近くの木に綿糸を巻いて伸ばしながら進むか」
「おっけー」
大熊が作った綿のロープはかなりしっかりと縒り合わされていた。使い捨て用にと思って、適当でいいと頼んだのだが……。根が真面目だから一生懸命作ってしまったのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「よし、行くか。後ろから松明で照らしてくれ。広さもあるし空気が流れてるから大丈夫だとは思うが、息苦しくなったらすぐに言うように」
「あいあい!」
「ぴゅいっ♪」
洞窟は緩やかな傾斜になっていて、下りていくうちに異様な物が散見されるようになった。
「なにこれ?」
「これは……六分儀か? 航海や測量に使うものだが……」
「へえー。じゃあこれは?」
「何かの歯車だな。金……というわけではなく、真鍮でできているようだ」
洞窟のいたるところに人工物が埋もれている。ほとんどが用途のよく分からない金属だったが、どれも新品のような光沢を放っている。
「真鍮は劣化しやすいはずなんだが……こんな状態でサビ一つないのは不気味だな」
「ぴかぴかだねぇ。あ、海賊の財宝的なやつじゃない!?」
大熊を行動させる原理の大半は好奇心だ。本能とも言うべきだろうか。まあ、元々クマだったのだから仕方がないのだが。
今回も例に漏れず、松明を振って先を急かしてきた。
「……足元に気を付けて進んでくれ」
「転んだら刺さりそうだね。くわばらくわばら」
人工物は壁や地面から突出するようにして、顔半分だけをのぞかせている。
松明の明かりをたっぷりと反射して輝く様は、なるほど海賊の秘宝と呼ぶに相応しいかもしれない。
大熊は新しい人工物を見つけるたびに歓喜の声をあげていたが、しばらく歩いていくと、それ以上の発見もなく道の終わりにぶつかってしまった。
「行き止まり……か?」
「ええー!」
「おかしいな。空気の流れがあるようなんだが……」
ここに来るまで完全に一本道で、特に横穴も見当たらなかった。
しかし何度も風のようなものを感じたし、実際に松明は揺らめいていた。
妙な胸騒ぎがする。
<先へ行かないんですか?>
「先って……壁だよ?」
<そこが壁に見えるんですか?>
<私にはその先が見えています>
<長い通路の奥に、何やら機械のような……>
「ふむ……?」
「ぴゅいっぴゅいっ♪」
「あっPちゃん待っ──てうわっすり抜けた!?」
Pちゃんが後ろから俺達を追い抜いて、壁の中に吸い込まれてしまった。
「隠し通路なのか? とりあえず俺達も行ってみるか」
「さ、さわたり。手つないでいこ……」
「構わんが松明を落とさないようにな」
壁の中に進むというのは俺も初体験だ。怖がるのも無理のないことだと思う。
実際壁の中の視界はゼロで、今自分たちは岩の中にいるという事くらいしか視覚からの情報は得られなかった。
方向も判然としないまま足を動かしているので、大熊と手をつないでいなかったら気が狂ってしまうかもしれない。
そうしてゆっくりと手をかざしながら進んでいくと、ようやく壁の中から抜け出せた。
抜けた先は歯車とピストンで動く機械がいくつも並んでいる部屋だった。自然の作り上げた洞窟の終着点としてここまで似つかわしくない場所はない。
そして、その奥ではPちゃんを撫でながら老人が俺たちを待っていた。
「ようこそ。リンバスのプレイヤーさん」
老人は不格好な大きさのモノクルをしており、そこから何本ものコードが伸びて頭にかぶっているハット型の帽子につながっていた。帽子には洞窟内で見かけた金属片がいくつもはめ込まれている。
「……あんたは?」
「アドミニストレーター。兼、地元民じゃな。そしてここは舞台裏で、わしらの居住区」
「?? どゆこと?」
<あ。いけません。強制ログアウト開始します>
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「えっちょっと──」
ぷつん。
突然視界が切り替わり、真っ暗になった。
どうやらログアウトしてしまったらしい。
俺はゲーム接続用のヘルメットをとってベッドから起き上がると、大熊も同じようにして起き上がっていた。
「なんだったの?」
「さあ。バグってやつか? 係員に報告してみるべきか」
「えっ、でもそれだとアイちゃんが修正されちゃう……」
<あ……ああああ>
「え? アイちゃんの声!?」
「何が起きてるんだ……?」
俺は近くにあったインターホンを取り、通話のボタンを押した。
ひどい胸騒ぎがする。間違いなく異常事態だ。
「おい! 何かおかしいんだが」
『そうじゃのう。システムメッセージの魂がちょいとな』
「な……!?」
インターホンの向こうからさっきの爺さんの声が聞こえた。
本当におかしい。何がどうなっ――
ぷつん。
また視界が途切れた。
ヘルメットは外してるはずなのだが……。
<ログアウトに失敗しました>
<記憶に不整合が出ていたら申し訳ありません>
視界がはっきりしてくると同時に、歯車の軋み会う音とピストンのぶつかる音、それから蒸気の吹き出る音に満ちた……先ほどの部屋に戻っていた。
「なんだったんだ? 今のは」
「うわーん! こわいよさわたり!」
<申し訳ありません>
<しかしこんな事が……>
「ここゲーム外じゃもん。転移する為の結界がそもそも無いんじゃよ」
「待ってくれ。俺たちにもわかるように話してくれないか」
現状把握がまるでできていない。
爺さんと話していたら突然ログアウトさせられて、ゲーム接続用のヘルメットを脱いだのにまたゲームに戻されて……。振り返って考えてもやっぱりわけが分からなかった。
「うーむ。そうじゃのう……。自動修正がかかるまでそう長くないからかいつまんで説明するとしよう」
「自動修正?」
「まあまあ。それでな、君たちが遊んでる世界なんじゃけどね、仮想世界をシミュレートした現実世界なんじゃよ」
仮想仮想現実? 裏の裏は表……という単純な話でもなさそうだが……。
「一体何のために……」
「そりゃリアルな体験の追求じゃろ。でもゲームオーバーで本当に死んじゃったら誰も遊ばないしな」
「なるほど。ということは、俺たちは現実世界からここに飛ばされてきてるわけか?」
「魂だけな。肉体はこの世界で新たに作られたモノじゃよ。あのヘルメットは魂を転移させる装置じゃ」
だから元の身体能力が失われていたり、逆にスキルという形で成長が著しかったりするわけか。
しかし……。
「しかし、俺たちはさっきヘルメットを脱いだはずなんだが」
「あー。記憶が混濁したのかもな。ログアウトしたと勘違いして、魂が夢を見たのやも。こういう言い方は好きじゃないんじゃが、要はゲーム内の不具合じゃな」
俺たちは実際には寝たきりでまだゲームの中にいて、勘違いをしていたということか。
「魂が夢を見る……」
「そこのシステムメッセージちゃんが無理やりログアウトさせようとしたから混線したんじゃろうな」
<……重ねて謝罪します>
<申し訳ありません>
「システムメッセージは普通、独断でそんな事をするプログラムは書かれてないはずなんじゃが……。まあ、夢を見ているんじゃろうなぁ」
「じゃあ、アイちゃんはバグじゃないの?」
「ああ。ゲームの運営はバグって呼び方しとるわな。わしら魂の管理組合はそんな冷たい呼び方せんよ」
<でもやっぱり私は普通じゃないんですね>
「洗浄がうまくいってなかったってワケでもないじゃろうからなぁ。その、アイちゃんとやらは偶然の産物じゃな。わしら生き物だって偶然が重なって存在しとるのに、他をバグ呼ばわりはあんまりじゃろうて……」
「じゃあおじいちゃんたちはアイちゃんを見逃してくれるの?」
「おう! お口にチャックじゃ。でもいずれ見つかってしまうかもなぁ」
<ありがとうございます>
<少しでも長く、私が私でいられるのであれば……>
俺たちが報告しなくともゲーム運営に見つかれば修正は免れない、ということか。
それなら今度の大会に出れば、見つかる可能性はかなり高いだろう。
「何か方法はないのか?」
「ヘルメットシステムの応用で支配のバングルというアイテムを造ったことがあるんじゃ。それを使えば半永久的にアイちゃんの魂を隠せるやもしれん」
「そのバングルはどこに?」
「わからん。わしらあんまりゲーム制作に携わってないので……」
「そうか……」
<あの>
<私のことなら心配して頂いただけで嬉しいです>
<十分嬉しんだので後はゲームプレイを第一に考えてください>
「本心かのぉ?」
<本当はプレイヤーを殺してでも助かりたいです>
「強がってみただけかい!」
「あはは。アイちゃん、そういうところあるから……」
いやさっきの強制ログアウトの件があるから笑えないのだが……。
「しかし結構喋る余裕あったのう。自動修正が来る前にちょっと見学してく?」
「まだ奥に部屋があったのか」
爺さんに連れられて機械と機械の間にある扉を抜けると、広大な空間に出た。
そこも前の部屋と同じように歯車とピストンで動く機械がいくつも置かれていて、爺さんと同じような格好をした人々が忙しそうに歩き回っていた。
「どうじゃ? みんな働きモンじゃろ?」
どうじゃと言われても彼らが何をしているのかわからなかった。機械を操作しているだとか、書類を抱えて歩いている、だとか個々の動きは観察すればわかるのだが……。
「真ん中にデカイ機械があるじゃろ?」
爺さんの指差す先には天を衝くような高さの塔のような機械がそびえ立っていた。洞窟を下りた先の地下世界において、天を衝くという表現はおかしいかもしれないが、俺の目には実際に青空が見えている。
「死んだモンスターとか動物とか、君らゲスト以外の魂はここに戻ってくる。そして痛かったり苦しかったりした記憶は全部洗い流されて、真っさらな状態でまた役割を持って生を受けるんじゃ」
「なんだか業の深い話だな」
他者の魂を扱うというのは、いち人間の所業として手に余るのではないか。
「まあ、誰かがやらなくちゃいかんのよ。でないとこの世界はとっくに終わってたからな。我々が神を殺してしまった」
それが比喩なのかは置いておくにして、爺さんは至って真面目なトーンで話している。
「なるほど。しかしそれだけの行いをしても、自らを神だと名乗ることはしないんだな」
イーリスとアザレアの居た世界を思い出す。醜い魔法使いが、醜い欲望を満たすために神を名乗っていた。
「神は自分で自分を神だとは名乗らんよ、若いの。誰かに信じてもらってようやく神になれるんじゃ」
「神のいなくなった世界か……」
爺さんとの問答にしんみりとしていると、唐突に視界が揺れた。
「うわっ! さわたり!」
「うむ。揺れたな」
「自動修正がはじまったようじゃな。ちなみに揺れてるのはここじゃなくて君らな」
爺さんの声も徐々に聞き取りづらくなってくる。
「ああ、説明忘れとった。自動修正ってのは、ようは位置情報の修正じゃな。君らがゲームの座標外に出たから、これはおかしいと肉体が判断して転移――」
爺さんの声も蒸気の音も無くなり、代わりに大勢の人々の雑踏が聞こえ始める。
青空に伸びていた機械の塔は、いつの間にか銅像になっていた。




