37話 アイちゃん
巷ではウームオンラインの人気が加熱しており、都市リンバスの上空にはいくつもの広告バルーンが浮かんでいた。
万一引きこもりの人間がいて、そのバルーンを目にすることが出来なかったとしても、テレビやラジオを通じて一時間に一度は耳に入ってきてしまう。そんなレベルでこの大型オンラインゲームの拡大はとどまるところを知らなかった。
そして今日も生徒会室では、同じようにして4人のメンバーがゲームの話題に花を咲かせている。
「大会の日程が出たよ。ちょうど今日から一週間だってさ」
「たいかい?」
「バトルロワイヤルイベントさ! 高額な賞金が出るらしい。君たちも早く無人島を脱出するんだ」
ゲームの話をするハンスは活き活きとしている。
……と大熊は思っているが、実のところハンスが興味を示しているのは賞金の方であった。
興味というよりも使命感を燃やしているに近い。
傾きかけている事業を若いハンスなりになんとかしようともがいているのだ。
「細かいルールは当日まで非公開らしいけど、バトルロワイヤルってことは大勢で戦って最後まで立っていた者が勝者ってやつだよ。つまり、血なまぐさくて過激なイベントになることは確かだと思う」
「わたくしたちはすでに戦闘系のスキルの訓練を行っておりますわ」
まるっこは口調こそ普段と変わらないものの、大熊たちとはかなり打ち解けて自然に会話をしていた。
「昨日なんて大きなイノシシを狩ったんだぜ。……僕がおとり役でほとんどまるっこの攻撃でやっつけたんだけど」
「私たちもでっかいクモ何匹もやっつけてるんだからね!」
「な……クモだって……?」
大熊の負けず嫌いに、ハンスは驚きと疑問の混じった声をあげた。
「確かヒュージスパイダーという名前だな。加熱して足の殻を破るとぷりぷりの白身が出てうまい。カニみたいな味だ。胴体は淡白でミルクみたいな風味になっている。卵がある個体は――」
「まてまてまて! なんの感想だよ!? っていうかあんな強いやつ倒したのか……。大陸ではアレにプレイヤーが殺されまくってるんだぞ」
「そうなのか? まあ、確かに最初の一匹はかなり苦労したな……」
沢渡たちの食料事情はほとんどクモで解決されていた。コットンの釣り糸を作って魚を捕り食べてみたりもしたのだが、結局クモほど腹に溜まらず、味もクモ肉と比べると物足りなさが勝ってしまったのである。
それから二人はクモを見かけるたびに狩に出て、毎日のように腹を満たしていた。
クモの動きの癖も理解し、今では二人ともソロで狩猟出来るほどになっている。
「しかし狩れば狩るほど楽になっていったな。手応えがなくなっていくというか」
「……戦闘スキルはどれくらいですの?」
「あー、いくつだろ。沢渡覚えてる?」
「さあ。あいつは聞かないと教えてくれなくなってしまったな、その辺りは」
それから話題は人工知能……システムメッセージの話に移り変わっていった。
「あいつって?」
「人工知能のアイちゃんっていうんだよ」
「なんだか友達みたいに言うじゃないか」
「いや……薄々おかしいと思っていた事があるんだが、確認させてくれ」
沢渡が元々低い声のトーンをさらに落とすと、他の三人は固唾を飲んで次の言葉を待った。
「な、なんだい。改まって……」
「ハンスたちはゲーム開始時はどんな感じでスタートしたかは覚えているか?」
「僕はえーっと、システムメッセージの案内通りに道を塞いでいる岩をハンマーで壊して進んだよ」
「わたくしは、はしを渡るな と書かれた橋の真ん中を渡ってクリアですわ」
「えっ。壁を登るやつじゃないんだ?」
それぞれ各自が受けたチュートリアルにはバリエーションがあった。大熊はその事について面白そうにしていたが、沢渡は別のことを気にしていた。
「システムメッセージはどんな形をしていた? そこに人魂はいたか?」
「ひとだま? 事務的な音声案内だけだよ。まあ君たちにとっては友達らしいけどね! ……んん?」
ハンスは自分の口から出た皮肉に疑問を抱いた。
「サワタリ、もしかして……?」
「ああ。どうやら俺と大熊の案内人は意志を持っているらしい。自由意志とでも呼べばいいのか……勝手にスキルアップの通知を切ったりする。まあ、だからと言って実害がある訳ではない……と思う」
ちらっと大熊の方を見る沢渡。
大熊はそれに気付いてないふりをしようと下手くそな口笛を吹きはじめる。
「……どんな実害が?」
ハンスはそれを見て実害があることを確信した。
「……毎日のようにログアウトを遅らせてくるんだ。システム的な手段ではなく、色々と誘惑を持ちかけてな」
「なるほど。それで大熊さんが一本釣りされるわけですわね」
「だ、だってアイちゃん寂しそうだしぃ……」
実際には誘惑に乗るというよりは、人工知能の必死さに押されて……というのが大熊の実情である。
「そんなに人間っぽいのかい? いわゆる ″バグ″ ってやつなのかな」
「もしそうなのでしたら、センターの店員さんを通してバグ報告すると良いですわ」
「報告するとどうなるの?」
「ゲームの運営チームが確認の後、修正されてちょっとしたお小遣いが出るらしいよ」
「修正って……アイちゃん消されちゃうの?」
「まあ……多分」
「じゃあしないよ」
「でもバグ利用と判断されたらゲームの権利を剥奪される事もありますのよ?」
まるっこは特に食い下がっているわけではない。友人に対して、一般的なリスクの話をしているだけなのだ。
「まあ、バレなければ大丈夫だろう。誰かがこの事を運営に話さなければな」
「い、言うもんか。 逆に興味が湧いてきたから進展があったら聞かせてくれ」
だらだらと話しているうちに、今日も陽が暮れていく。
四人は解散したあと、いつものように食事と入浴を済ませて第二の世界へと没入していった。
<おかえりなさい。大熊さん、沢渡さん>
<現在の無人島の天気は快晴です>
<今日はどんなことをして遊びますか?>
二人はいつもより、ちょっとだけ人工知能に対してわだかまりを感じていた。




