34話 ヒュージハント
今日は雨の日。
雨の日って言葉にすると暗くてじめじめっとした感じだけど、私は嫌いじゃない。
ざーざーと雨が落ちる音を聞いていると気分が落ち着くし、頭がすっとする。
これはクマの知識というか、沢渡が持ち歩いてた本で得た知識なんだけど、雨がどばどば降るような日はマイナスイオンというのがたくさん出るらしい。雨上がりの午前中がピークなんだとか。
人の血はマイナスイオンというパワーによって体を巡っているので、雨が降ると血行が良くなって気分も良くなる。
じゃあ逆にプラスイオンは気分が悪くなるのかっていうとその通りで、じめっとしてどっちつかずな天気の時が良くないらしい。あと満月の夜もダメだとか。
満月といえばオオカミ男だけど、私もクマ女に変身したりするのかな。
「って思うんだ。どうかな沢渡」
「そうだな。クマ女になったらぜひ外に出て食料を調達してきてくれ」
私たちはウームオンラインの家……というより小屋? の中で小さくなっていた。
今はまさに大粒の雨が屋根に叩きつけられている。さっきはしゃいで外に出てみたら、雨に濡れてかなり寒い思いをした。
なので、小屋の中でじっとしているのだ。
「おなかすいた……」
「さっき食ったはずなのに不思議なものだ」
ゲームをやる前にハンバーガーを食べたのだけど、いざゲーム世界に入るとペコペコのグーになっていたのだ。
「えっと初心者バフが剥がれてお腹空くようになったってやつだよね、これ」
「そうだな」
さっきから生返事の沢渡は黙々と木工に情熱をかたむけている。
「……さわたりー。ひま」
「ほれ。仕事はたくさんあるぞ」
どすん、と丸太を渡された。
「なにすればいいの?」
「とりあえず槍だな。たくさん作り置きしておいて、動くやつが見えたら投げるなりして狩る」
言われた通りに槍を作る。とりあえず持ちやすくして、先端が尖ってればおっけーとの事なので、ひたすらナイフとヤスリを駆使して槍を量産していく。
しかし作業をすればするほどペコペコのグーは加速していった。
「うおォン。もうダメぁ何か食べないとっ」
「いててっ……おい。このゲーム、一応痛覚があるんだからな……」
沢渡の美味しそうな上腕二頭筋に噛み付いたら怒られてしまった。
「しかし俺も我慢できなくなってきたな。飢餓がこんなに耐え難いものだったとは」
<この世界で生きていくならば、この世界の法則には逆らえません>
<雨は小ぶりになってきたようですよ>
「やむなし。出るか」
「いこういこう! 動けなくなる前に」
槍を持てるだけもって小屋から出ると、森の中は肌に張り付くような霧雨になっていた。やっぱり結構な寒さを感じる。
ちなみに四次元ポシェットは入れられるアイテム総数の重量が決まっているらしく、槍は5本までしか入らなかった。それでも、かさばるという概念が無いのでとっても便利だ。
私たちはさらに両手に槍を持って飛び出しているので、合計14本の槍で武装していることになる。
はたから見たら本当に原始人に見えるかもしれない。沢渡なんかとくに半裸だし。
「ぽっぽー! えもの どこだー!」
「おい、静かにしないと逃げられるだろ……」
私より文明力の低そうな沢渡に怒られてしまった。たのしい。
「あれ? でも動物なんか見てないよね今まで」
建材とか集めてるときもお肉になりそうな生き物は見当たらなかった。
せいぜいあのでっかいクモくらいで……。
「まさか……」
「まあ、最悪クモ肉だな……」
「おえー!」
クモ肉という言葉を初めて聞いたけど、そんなものあるの? 大丈夫?
他になにか良い手段は……。
「あ、魚! 魚はどうかな?」
「お前のシャツを破くことになるがいいか」
「なんで!?」
「釣り糸を作ってなくてな。麻を探して繊維を取り出して……なんて今からやってたら腹が減って死ぬ」
「よしっ動物さがそう」
こんなに寒いのに裸族なんてまっぴらごめんだ。
人間は本当にか弱い生き物だよ。
<前方にヒュージスパイダーがいますね>
<こちらには気付いていないようです>
しばらく雨に濡れながら森を進むと、例のでっかいクモが音もなく歩いていた。沢渡の倍くらいある巨体でヌルヌル動くから本当に気色が悪い。
「ほんとうにあれを食べるのか……っていうか、そもそも勝てるの?」
「わからん。もう少し様子を見てみるか」
木々をムササビのごとくジャンプしながら移動する沢渡の背にしがみつく。
しかし私がこれで楽をしているということはない。わりと遠慮なしで移動するから振り落とされないようにするので精一杯だ。
「おえ……酔ってきたかも」
「我慢してくれ」
<何か見つけたようですね。方向転換しました>
クモはぐいっと体を反らして、なにかに狙いをつけたようにそちらへと真っ直ぐ進み始めた。
巡回モードよりもかなりスピードが出てるので、それを追う沢渡もめちゃくちゃ飛び回る。
「……へふっ……エフッ」
「……おい?」
「だいじょぶ……空っぽだから、だしようがない」
「ならよかった」
さらに遠慮がなくなった沢渡ジェットコースターを続けること数分。
クモの動きが止まった。どうやらここは崖下で、クモが追いかけていた対象を崖の壁側へと追い詰めたみたいだ。
「おい大熊。起きろ、鳥だ」
「うおお! 肉だ!」
クモに追い詰められていたのはこれまた大きな鳥だった。今まさにクモに襲われそうになっているけど、クモよりも更に大きい。
ダチョウやコンドルとも違う。全身がかなり目立つ黄色で毛並みがよくて、ほっぺのところがちょっとだけ白い。
<ヒュージインコですね>
<かわいいです>
アイちゃんの分析能力はあいかわらずだった。
「大熊。俺が先に行くから合図したらよろしく」
「ほいきた!」
壁に追い詰められて逃げ場を失ったヒュージインコが、ぎーぎーと警戒するような音を出している。
クモは狙いを済ませるように体を一瞬沈ませた。
「とうっ……ふんっ」
「ギギャァッッ!?」
沢渡が大きくジャンプしてクモの目に槍ごと落下した。
かなり効いたらしく、薄い青色の体液をふきだしている。
「ぐうっ……すごい力だ!……大熊頼むぞ!」
「お、おう……!」
沢渡がメチャメチャに暴れるクモを羽交い締めにして抑え込もうとしている。
槍を投げ込めば沢渡に刺さりかねない。
それなら……
「いでよ!大熊アックス!」
私はポシェットから先端に鋭利なナイフがついた木の棒を取り出した。
ある意味、鎌に近い形状だ。
「こっちだクモ肉!」
あえて正面から挑む。
「大熊、そっちに飛ぶぞきをつけろ!」
「ばっちこい!」
上段で振れば沢渡に当たってしまう。
しかし木こりで鍛えた私のスウィングは横振りこそが至高にして最強なのだ!
見せてやるぜ、大熊式一刀両断剣伐採フォーム。
さあ、腹を見せて飛んでこい。
「キシャアアアッッ」
「おりゃー!」
ザクッと深くまで突き刺さった手応えあり!
体軸をずらしながらの横向きフルスウィング。
非力な私が効率よく伐採するには体重移動が肝だったのだ。
すれ違うように放ったカウンター伐採アタックはクモの体重と速度が合わさり、致命的な一撃になった。
<絶命しましたね。二人の戦闘スキルが上昇しています>
<あと伐採スキルも>
「へっへっへ。どんなもんだい」
「やるな大熊。大手柄だ」
「ぴゅいっ♪」
「ん?」
ひっくり返ったクモに足を乗せていつものポーズをとっていたら、ヒュージインコも真似してきた。かわいい。
「なついてるぅ!」
「ぴゅいっぴゅいっ♪」
「小屋までついてきてくれるなら手間が省けるな」
それから私たちはクモを二人がかりで引きずりながら帰るのであった。
この時、私は勝利に酔いしれるあまり、ヒュージインコの運命を深くかんがえていなかった……。




