32話 そして無人島サバイバルへ
「わはーーーっ」
転移の石の起動に成功した私は、VRゲーム世界のはるか上空にばびゅーんと飛び出していた。
石が私の手と一体化して、ものすごい力で引っ張られているかんじだ。でも全然痛くない。
「っていうか、ゲームの中なのに宇宙とかあるんだねぇ」
もう既に上空を通り越して宇宙みたいなところまで上昇している。
私の知っている空の色はいまや足の裏よりもずっと下の方にあって、上を見れば黒い世界ときらきらした星が広がるばかりだ。
<ここは本物の世界です>
<海も、山も、空も。私たちの体験する全てが……>
「そういえばそうだったね。アイちゃんはお利口!」
なんだろう。さっきから様子が少し変だ。
なんというか、意地になってる感じ? ちょっと気をつけてあげよう。
<あ、降下はじまります>
「うわっ!?」
宇宙の浮遊感を楽しんでいたら、体がぐんっと吸い込まれるように下の方へと引き寄せられはじめた。
足の先が真っ赤に染まって、見えない膜を何枚も突き破るような感覚を味わう。
「おわー。 おもしろいかも」
一つ突き破るごとに落ちる速度が加速していく。ジェットコースターって乗ったことないけど、きっとこんな感じなのかもしれない。
<大丈夫ですか?>
< 意識を強く保って……って問題なさそうですね>
「いやっほおおおおう!」
見えた。絶海の孤島だ。あそこに沢渡がいるのだ。たぶん。
ふさふさの森にめがけて私は急降下していく。
「これいつ減速するの?」
<そういうのはないです>
うそでしょ?
「ぎゃあああああああっ!」
私は猛烈な勢いで、いくつかの大きな木をバキバキとへし折りながら急降下していく。
それでも足の裏に感じるのは、小さな木の枝を踏んづけて折っただけみたいな軽い感触だった。
すとんっ、というよりずどんっ?……いや、ドカーンみたいな爆発めいた音とともに、私は無事 (?)に沢渡の目の前へ着陸した。
「お、大熊……!?」
「ひーっ。恐ろしおもしろかった! ……久しぶりだな! 沢渡よ」
沢渡は驚きの表情で腰を抜かした風に尻餅をついている。
なかなかお目にかかれない光景だ。
「大丈夫なのか……? 痛いところはないか?」
「ぜんぜん。 お財布以外はいたくないよ」
宇宙から落ちたけどなんとか無傷に済んだみたいだ。やっぱりこのゲームはおもしろい。
「俺はすごく痛かったんだがな」
<今回は魔法行使の正当な結果なので>
<沢渡さんみたいな着地失敗とは違います>
「そうか……」
「まあ元気だしなよ。私がきたんだから百人力だぜ!……っていうか、その格好なに?」
半裸はいつものことだとして、その上に白い布の首輪みたいなものがついている。どう見てもヘンタイだ。
「ああ、これは昨日話した通り色々あってだな――」
再開を喜んでいると、唐突に沢渡の表情が険しくなった。
唇に人差し指を立てて、アイコンタクトを送ってくる。
「あ、懐かしい。獲物がいるのね?」
声を潜めて会話をする。二人で山で遊んでいた時によくやっていたやり取りだ。
「獲物というか……未知の敵だ。すまんがちょっと失礼するぞ」
「わっ」
ふわっと浮遊感。
沢渡に持ち上げられていた。
このかんじ……前にも同じことをやったような。
「とうっ」
「ぬわーっ」
沢渡が私を抱えたままジャンプをして、今度は木の上に設置されていた板の上に降ろされた。
すごい。秘密基地的なやつだ。
「これ沢渡がつくったの!?」
「そうだが……まだ、アレがいるから静かにな」
沢渡が警戒している視線の先を見ると、真っ赤に光る眼が8つある大きな怪物がいた。
音を立てずに8本の足を器用に動かして、一定の速度を保って移動している。
「うわぁ、でっかいクモのバケモノだ……!」
「アレがクモだというのなら、俺たちほど視力は良くないはずだ。ここでやり過ごそう」
<ヒュージスパイダーですね>
<つよそうです>
「……それだけ?」
<アクセスできるデータベースはあまり多くありません>
<ネタバレとかに気を使ってるんだと思います>
「なんかごめん。メタなこと言わせちゃったね」
<いえ。私はそんなに気にしてないので大丈夫です>
あれぇ?
やっぱアイちゃん分かんないよ。
「奥の方に行ったみたいだな」
「おっかないやつだったね」
クモは私たちの足下を静かに通り抜けて、島の中心側へと姿をくらませた。
「どうもこの島を徘徊しているようだ。まだ捕食しているところは見ていないが、ハエトリグモのような動きをしているから、おそらく糸を張って待つのではなく、捕食対象に飛びかかって狩をするタイプだな」
「やっつけられないのかな?」
逃げてばかりってのも何だか悔しい。ゲームならやっつけられるはずだ。
「いつかは戦うことになるかもしれないが、とりあえずは目下の生活環境を整える必要がある」
「なるほど。私は何をすればいいかな?」
「とりあえず木を伐って木材の調達を頼む。小屋でも何でも、身の安全を守れる場所を作ろう」
「おっけー!」
沢渡から石の斧を手渡された。斧といっても木の棒の先端に尖った石が付いてるだけの、すごく雑なやつだ。
でもなんだかわくわくしてきた。
私はさっそく下に降りると、手近な木に渾身の一撃を叩き込んでみることにした。
「おりゃ!」
すこーん、という気持ちのいい音がしたけど、あんまり木にダメージは与えられなかったみたいだ。
これはなかなか大変かもしれない。
<何度も挑戦することスキル値が上昇し>
<効率が良くなります>
<目指せ木こりマスター!>
「よっしゃー! 木こりマスターすらーっしゅ!」
一撃一撃に渾身の力を込めて斧を叩きつける。
何度目かの木こりマスターすらっしゅが決まると、ばきっという音と不自然な感触が手に伝わってきた。
「おれた……」
斧の方が先に負けてしまったのだ。
しかも石の部分をつなぎとめていたツルが緩み、あたかも鎖付き鈍器のような武器に変身してしまった。
いわゆるモーニングスターというやつだ。
<ちょっとスイングが雑過ぎましたね>
<このままだとただの殴打武器です>
<新しく斧を作りましょう>
「さわたりー?」
「おう。良い音がこちらまで聞こえてくるぞ。頑張っているみたいだな。その斧はかなり上手く作れたから大事に使ってくれ」
「……うん」
沢渡はノコギリやナイフを使ってせっせと丸太を加工している。
まずいことになった。この斧だったものは思い入れのあるアイテムだったらしい。
それから私の戦いははじまった。
まずは初期装備のナイフを使って補強用のツルを大量に集める。
そのあと、折れた木の部分を投げ捨てて、石をもう一度ツルで結び固定した。
それで何度か木を叩いてみるけど、まるで力が入らなかった。やっぱり木の長さが足りないみたいだ。
そりゃそうだ。この短さなら今持ってるナイフとほとんど変わらない。それならナイフでガリガリ木を削ったほうが……。
むむ! ひらめいたぞ!
私は沢渡アックスを木の上の緊急避難所にそっと置いたあと、オリジナルの斧を作ることにした。
まずは丈夫で太い生木の枝を探す。
私がここに到着したときにたくさんの材木が誕生したのでそれはすぐに見つかった。
棒を縦に30センチくらい切り込みを入れて、そこにナイフをインサート。
そして集めたツルでしっかりと固定すると、石斧とは比べ物にならない殺傷力を得た大熊アックスのできあがりだ!
生木の加工は大変だけど弾力性を失っていないので、木を壊さずにナイフを挟むという芸当ができるのだ!
<考えましたね。ぱちぱち>
「えへへ。私もだてに山暮らししてなかったんだから」
さっそく新生大熊アックスを振り回して木を攻撃してみる。
「おりゃっおりゃっ」
さくっさくっとナイフが木に突き刺さる感触が斧を通して伝わってくる。
伐るというより突き刺してる感じだけど、しっかりと木は横っ腹にダメージを負っていく。
「ほいっほいっ」
最初のうちは刺さったナイフを抜くのに苦労したけど、真っ直ぐ斧を振って、戻すときも真っ直ぐというのを理解したら早かった。
スキル上昇の恩恵もあって、私の木こり成果は加速度的に上がっていった。
「おりゃー!」
どしーん、と音をたてて何本目かの木が倒れていく。
「がんばったな大熊。だいぶいい感じのスペースが出来たぞ」
「おお、ほんとだ」
気付けば森の中に小さな空き地が出来ていた。空の明かりもわずかに差し込んできている。
土地は沢渡が木製スコップによってある程度ならされていた。
「さあ家つくるぞ、家」
「いえ!」
「と思ったがもういい時間か」
<時間を置くと整地した土地に雑草が生えたりしますよ>
<なんなら新しい木が生えてくるかもしれません>
「まだいける! いけるよね沢渡」
「そうか。ならもう少しだけ……」
結局この日は徹夜でゲームをした。
正直こんなにハマるとは思わなかった。
あれ? 私たちは何のためにゲーム始めたんだっけ?




