31話 はじまりの街
<おかえりなさい、大熊さん>
<現在の中央区・始まりの街の天候は晴れです>
「アイちゃんただいま! 今日は友達と待ち合わせしてるんだけど、ハチ公前ってどこだかわかる?」
昨日、お風呂でネコさんにゲームの話をしたら、実はネコさんも遊んでいたらしく、今日合流することになったのだ。
沢渡のところにワープする前にネコさんに会って、できることなら巻き込んでしまおうという算段だ。
それでハチ公前という場所で待ち合わせをする事になったんだけど、なんとなく聞いたことある場所の名前でモヤモヤする。
<ハチ公前ですか>
<それでしたらここから徒歩5分ほどの場所です>
<まず前進してください>
人混みでよく見えていなかったけど、かなり近い場所にそれはあった。
公園に建てられた銅像、ハチ公。
口を大きく開いた笑顔の女性で、一つに縛った髪を後ろに下げている。何よりも特徴的なのは指先からレーザー光線のようなものを出しているところだ。
……っていうかこれ。
「ハチスカ先生だぁ……」
<ハチスカ家ご息女の銅像ですね>
<このゲームの大きなスポンサーのひとつです>
「お、お嬢様だったのね……」
呆然と像を見つめていると、どたどたとこちらに走ってくるメガネの人がいた。
「ありすちゃーん!」
「そ、その声とボディラインは!」
派手なピンク色のメガネと、ピンク色のパーカーを着たネコさんがいた。謎コーデだけど素材が可愛いのでゆるした。
「ネコさん! きょうもかわいいね」
「えへへ、ありがとう! もう転移の石は買った?」
「ううん。まだだよ」
<お二人は知り合いなんですね>
<商店通りはすぐそこです>
「ありがとうアイちゃん。気がきくねぇ~」
まだ二日目なので土地勘がいまいちつかめないでいた。昨日道具屋に立ち寄ってはいたんだけど、ハチ公前からだと方角がよくわからなくて困っていた。
アイちゃんないすさぽーと。
商店通りに入ると、さらに人口過密な状態になっていた。昨日でさえかなりの人混みだったのに、二日目ともなると皆取引したがってるのかプレイヤーの大洪水だ。
みんながみんな、大声でアイテム売りますーとか買いますーとかを叫びまくっているので耳がおかしくなりそうだし、何より前が見えない!
こんな時に沢渡がいれば肩車でもしてもらうんだけど、あいにくと奴は原始人になっている。はやく助けにいってやらないと。
「ありすちゃん、 手をはなさないでね……!」
「ぜったい離さないよ! ネコさん!」
もしかしたら転移の石を売っているプレイヤーがいるかもしれないけど、この中で探すのはかなり無理があった。
<あの赤い屋根のお店が道具屋です>
<というか見えてませんね。前方20歩先くらいです>
そこを右ーとか左ーとか、スイカ割りみたいにアイちゃんに先導されてようやく道具屋の中に入ることができた。
「ふぅ~~暑かったぁー」
「すごかったねー」
道具屋の中はひんやりと涼しい空気が流れている。プレイヤー間の暗黙のルールが出来たのか、取引関係の大声は聞こえてこない。
床にぺったりと座り込んでる人がいたり、窓から外を見てるだけの人がいたり、ちょっとした休憩ポイントになっているみたいだった。
「道具屋さん、転移の石くーださい」
「おういらっしゃい。貴重なもんだから1ゴールドするけど、払えるのかい?」
「所持金全部だけど……はいっ」
ポシェットからカードを取り出して道具屋さんに手渡す。
カードの残高はカードそのものにデジタル表記で " 1G 0S 0C " と表示されているのでとても分かりやすい。
アイちゃんいわく、100Cで1S、100Sで1Gになるとのこと。つまり1ゴールドは1万カッパーなのだ。
「はいよ、大事に使ってくれな」
0が3つ並んだカードと、転移の石を渡された。
石は濃紺色で、手が触れた部分があわく光るのですごくきれいだ。
「よーし、これで沢渡と合流できる!」
「やったねー!」
「ネコさんもよかったら一緒に行かない?」
「え……いや~~~、うーん……」
困り顔でくねくねし始めるネコさん。断るのへたっぴなやつだ。
「まあ無理にとは言わないよ。この魔法高いもんね。でも気が向いたら来てね!」
「う、うん!」
ネコさんはかわいいな~。私もこう、一歩ひいたかんじで沢渡を闘牛士のごとくほいほいほーいってやれればな。
……そうすれば頭なでられるだけで終わりなんてこともないのかな。
<転移の石はかならず屋外で使用してください>
<天井が壊れてしまいます>
「おっけーアイちゃん」
「その、ありすちゃんさっきから誰と喋ってるの?」
「え? アイちゃんとだけど……」
「アイちゃんって誰ぇ……」
なんだ? どゆこと?
<人工知能のメッセージは基本的に>
<他のプレイヤーには聞こえないです>
<このほわほわ人魂の姿も、他人には見えません>
<沢渡さんと大熊さんは何故か>
<私の認識が共有されてますけど>
「ほえー。ネコさん、私ずっと人工知能ちゃんの声がネコさんにも聞こえてるものだと思ってたよ」
「人工知能ってシステムメッセージの?」
「うんうん、アイちゃんって言うの」
「ええ……名前あるんだ。私も聞いてみようかな」
「なんか本当に生きてるみたいでおもしろいよ」
「そうなんだぁ……」
なんだかネコさんの目が泳いでる。変な事言ったかな?
もしかしたら、もう話をやめて外に出てばーっとゲーム世界を堪能したくなってるのかもしれない。
ふふふ、しょうがないネコさんだ。
「それじゃあバイバイ! またお風呂で会おうね」
「うん! グッドラックありすちゃん!」
道具屋を出て人混みをなんとかくぐり抜けていく。
比較的すいている広場に出たところで、私はポシェットから転移の石を取り出した。
「アイちゃん、これどうやって使うの?」
<…………>
「アイちゃん?」
<私は、本当は生きていないのでしょうか>
<大熊さんと沢渡さんにしか認識されない私は……>
「さっきの話? 変な言い方しちゃってたらごめんね」
<ああ、失礼しました。しごとしとごと>
<転移の石は空に向かってかかげてください>
<10秒そのポーズのまま、目を閉じて静止すること>
<そして、会いたい人の顔を強くイメージしてください>
<壁の中はどうなっているんだろうとか>
<絶対に考えないでくださいね>
「おっけーアイちゃん。やっぱり頼りになる人だね」
<……ありがとうございます>
宝石を天高くもちあげる。
目を閉じる。
さわたりさわたりさわたりさわたり。
数多の沢渡が頭の中に広がる。
筋トレする沢渡。瞑想する沢渡。大看板の上で勝利のポーズを決める沢渡。苦痛を耐える沢渡。
静止しなきゃいけないという制約を守るためには、10秒カウント以内に "ニチャアと笑う沢渡" が出てこないことを祈る必要があった。




