30話 つらくてニューゲーム
高度うん千メートルくらいを航行する飛行船から大空へと弾き飛ばされた俺は、大海原に落ちる事を回避して無事 (?)に孤島の浅瀬に着陸していた。
<なんとか重傷で済みましたね>
「ぐっ……うぅ……ありがたい……ことだな……」
高いところから落ちると水面はコンクリートほどの硬さに変わるなんていう話はよく耳にするが、本当に体験するはめになるとは思わなかった。
落ちたところは浅瀬の砂浜なので、実際は水のコンクリートをぶち抜いたあとに砂の鉄板にぶつかる二段構えの衝撃が俺の全身を襲っていた。
おそらく今後一生味わえない経験になっただろう。
それにしてもひどく体が痛む。実際こんな落ち方をすれば痛いどころでは済まないのは分かるのだが、それでもかなりの痛みだ。
というかこのゲーム。ところどころ現実と非現実のさじ加減が悪意的に感じる。大熊が心配だ……。
<左手と左足の骨が折れているようですね>
<包帯を作って巻いてみましょう>
なるほど。痛いわけだ。
着ていたシャツをちぎって患部に巻いてみる。
が、なかなか上手く巻けない。どういうわけかヨレたり千切れたりしてしまう。
<何度もチャレンジしてください>
<メディカルスキルは5.00まで上昇しています>
つまりこれもまた鍛練ということか。
確かに最近はそういった意識を忘れかけていたので、自分を見つめ直す良い機会かもしれない。
行動ひとつ。どんな些細な事でも、それすなわち鍛練となるのだ。
なるほどな。ゲームの設計者の意図が少し理解できた気がする。……と自分に言い聞かせることにした。
<シャツが無くなってしまいましたね>
<そのままだと防御力に難有りです>
<慎重に行動して下さい>
しっかりと包帯を巻けるようになったが、結局上半身を露出してしまう結果になってしまった。
ちなみにシャツが完全に無くなったわけではない。襟の部分はかろうじて残っている。はたから見ればサイズの合わないチョーカーを付けているように見えるかもしれない。
包帯を巻いた患部からはどんどん痛みが引いていき、やがて何事も無かったかのように動かせるようになっていった。
<自然回復17.34まで上がりましたね>
<たくさん怪我をして回復を待てばこのスキルが上昇していきます>
それにしても寒い。濡れた体にあたる潮風がどんどん体温を奪っていくようだ。
本来の俺ならば例え雪山でも平気なのだが、この世界では勝手が違うらしい。
とりあえず暖をとる準備をしなければ。このまま夜になったら凍えてしまうに違いない。
何か、暖まれそうなものはないか。
<ファイアスターターキットは始まりの街に売ってます>
<始まりの街は大陸の中心にあります>
……。
……まあ、やったことはないが原始人めいた火起こしをやってみるのもいいな。それもまた鍛練だ。
とりあえず木を集めるか。
山暮らしの経験はそこそこ長い。燃料の補給はサバイバルをしていると常に差し迫る問題だ。
現在地は砂浜。そしてすぐ前方には森林地帯が広がっている。幸いなことに乾いた枝の入手には十分な条件だ。
少し歩いていくと、案の定、潮風にさらされてカラカラに乾いた枝をいくつも発見する事ができた。
あとはこれを薪にして──
「……まあ、ないよな」
腰に手を伸ばすがサバイバルナイフの入ったホルスターなどついていなかった。
そりゃそうだ。それは現実世界の話なんだから。
しかし代わりに、馴染みのないポシェットを身につけている事に気付いた。
<それが沢渡さんのインベントリです。さっきの工具箱も入っています>
<ノコギリも入っています>
「……このポシェットにか?」
ジッパーを開いて中に手を入れると、工具箱とノコギリのハンドルが手に当たったのが直感でわかった。
どういう原理か不明だが本当に収納されているらしい。
<四次元ポシェットです。説明いりますか?>
「いや、やめてくれ。というか大丈夫なのかそれ」
<名称のことですか? まだサービスが始まったばかりですからね>
<ヤバかったらすぐに変更になると思います>
「そうか……」
工具箱を地面に置いて開く。
中はヤスリとハンマーと大量の釘、そしてナイフも入っていた。
これだけ道具が揃っているなら火を起こすのはたやすい。原始人になる必要はなくなった。
<はしごを作るための工具ですけど、今さら何に使うんですか?>
「この一帯を大火事にしてやろうと思ってな」
もちろんジョークだ。
我ながらちょっとおもしろかったと思う。大熊に聞かせてやりたかったな。
「さて」
巻いている必要のなくなった包帯をほぐして火口をつくる。
すべてを使うわけではないので、余った分は工具箱に入れておく。
あとは肝心要の火打ち石だ。
砂浜より森や河原の方が良い石が見つかるのだが、森に入って石を追いかけるうちに陽が落ちてしまったなんて事になれば大惨事だ。
ということで川が見つかればラッキー程度に考え、石を割りながら海沿いを歩いていく。
ヤスリを石に立ててハンマーで叩いて石を割る。
割った石をヤスリに擦りつけ、火花が出るかチェックをする。
駄目なら次の石を割る。
それの繰り返しだ。
「ヤスリは基本的に焼入れがされているから頑丈なんだ」
<よくご存知ですね>
「うむ。なんでも焼入れする時に味噌を使うことがあるらしいぞ」
<食べられるヤスリの話ですか?>
「いや、真面目な話だ。味噌をつかうとより強固になるそうだ」
<なるほど。学習しました>
無駄話をしながら石を割っていると、ようやく火打石を発見することが出来た。
それを火口──もう見る影もなくなったシャツの残骸──に付けた状態で何度かこすり、火花を当てること数回。あっさりと火が点いた。
息を吹きかけて火力を上げたあとに薪に放り込む。
パチパチと安定した炎の音を確認すると、俺は体を温めることに集中した。
<大熊さんからメッセージが入っています>
<つなぎますか?>
「うん? 電話みたいなものだろうか。つないでくれ」
『てすてす』
おお、確かに大熊の声だ。頭に直接響いてくる感じがするな。面白い。
『さわたりー。きこえてますかー』
「うむ。感度良好」
『いまどこ? 街の中探しても全然見つからないんだけど』
「無人島的なところにいる。着地に失敗して遭難中だ」
『はぁ!? どうやって合流すんのそれ……』
「わからん……なにもかも……」
『とりあえず今日はもう遅いだろうから終わろっか?』
「そうだな。ログアウトするか」
<拳を空に向かって突き上げてください>
<そのポーズのまま10秒が経過するとログアウトが完了します>
『なにそれ! へんなの』
どうやら人工知能の声は向こうにも聞こえているようだった。
言われた通りに拳を天に突き上げる。
<ログアウト開始 10秒前>
<5秒前>
<3秒前>
<あ、そういえば――>
ぷつん、と目の前が暗くなり体に浮遊感が訪れる。
何か最後に言おうとしていた気がするが、聞き取ることができなかった。
体の感覚が戻り、ヘルメットを外して体を起こす。
「おはよう沢渡。すごかったねー」
「まあ、確かにすごかったな……」
大熊はずいぶんとご機嫌なようだ。
俺と同じ体験をしていないようで安心した。
「沢渡はなんで変なとこに行っちゃったの?」
「まあ、帰りながら話そう」
外はもう夜になっている。
馬小屋まで徒歩10分の距離なので話が尽きぬまま、いつものベッドへと到着した。
「――それでね、街はすっごい人であふれかえってて、もう強そうな剣持ってる人とかいたし、アイテムの交換とかと始めてる人たちがいたよ」
「本当に俺たちは同じゲームをやっているのか?」
「沢渡のハードモードも結構興味あるかも……」
話を聞く限り、大熊は街に降りたあと、ひたすら俺を探してさまよっていたらしい。さまよいついでにウィンドウショッピングを楽しんだのだとか。
「花火を出す魔法の石とかも売ってたんだよ!」
魔法もアイテムとして取引されていて、そのアイテムさえあれば誰でも使えるようになるらしい。
俺も魔法使いになれると聞くと中々魅力的だが、何にせよまずは孤島から脱出しなければならない。
「いちおう、一回だけ知ってる人のとこにワープする魔法の石はギリギリ買えそうだから、明日試してみるね」
「まてまて。こっちに来たらかなり苦労するぞ。またクマ吉に戻りたいのか」
「クマ吉って言うな! まあ……ずっと一人でゲームしても面白くないから、一緒にいさせて?」
まただ。
いつの間にこんな表情ができるようになったんだろう。来たばかりの時はむすっとしていて心配だったのだが、今は今で不安になる。
俺以外にもこんな笑顔を見せるのだろうか。
「そうだな……。明日、来てくれると助かる」
俺は自己分析をするのは好きな方だ。
だから自分が鈍いと思ったことはないし、芽生え始めている感情の正体にも気付いているつもりだ。
しかしこれは鍛練になり得るのだろうか?
この気持ちは、かつて倒してきた煩悩の最たるものではないのだろうか。
俺はこの日の就寝前、うとうととした頭の中で人工知能が何を言いかけていたのかを考えていた。




