3話 校長先生のはなし
沢渡と大熊は大きな校門を抜けていびつな形をした校舎へと歩いて行くと、入り口付近にたくさんの人が集まっている事に気付いた。
「なんだろう?」
「入り口で何かやっているようだな」
そのまま入り口へ近づいて行くと、黒いフードを目深にかぶった人達が何かを周囲に配っているようだった。
「検査器まだの人。受け取って」
大量のガラス棒を抱えた黒フードの一人がこちらに気付き、その中の一つを手渡してくる。
ガラス棒は20cmほどの細長い円柱状で、中央にはデジタルパネルのようなものが埋め込まれている。
「体温計によく似ているが……」
「検査って? この棒をどうすればいいの?」
大熊はさっさと次へ歩いて行こうとする黒フードを呼び止めた。
「魔力診断。ぎゅっと握ってて」
黒フードはよほど忙しいのか、それだけ言い残して行ってしまった。
「魔力て……。そういえば魔法学校なんだっけ、ここ」
「とりあえず握っておくか」
周りの皆も同じように検査器を握っているようだった。
雑談をする者、キョロキョロと興味深そうにしている者、祈るように検査器を見つめる者、それぞれが思い思いに校舎前で時間を潰している。
「いつまでここにいればいいのかなぁ」
大熊は検査器を握りしめたまま何度かパネルをのぞいてみるが、READYと表示されているだけで何も変化がない。
「さあな。待つのが苦痛なら瞑想のやり方を教えよう。まずは目を閉じる前に深呼吸を──」
「いやいや結構よ! 別にこのまま五億年待つってわけじゃないんだから……」
それから10分ほど経った頃、校舎前の空中に黒い亀裂のようなモノが現れている事に誰かが気付き、声を上げた。
「おい、なんだ? あれ?」
「亀裂が浮いている……? 落ちてくる気配もないし、なんなんだ」
「魔法か?」
黒フードを含めた全員が一斉にそちらを見上げて疑問符を飛ばしている。
大熊も例に漏れず、ぽかんと口を開けて亀裂を見ていた。
「こんなの見たことない。……雷を凍らせて黒く塗ったらこんな感じになるのかな。沢渡はどう思う?」
「面白い例えだな。俺はこれを見たことがあるぞ」
「ええ? どこで?」
「列車の上でだ。星々の間に浮かんでいるようだった。黒いから星明りを背景にしないと視えなかったが」
「へえー。それで結局、何なの?」
「分からん。だが、もうすぐ答えが見られるかもな」
沢渡が顎で差した先では、亀裂がゆっくりと動き始めていた。
亀裂は周りの空間をぐにゃぐにゃと捻じ曲げながら太く大きく成長していく。
「総員。戦闘準備」
黒フード達が一箇所に集まり、すっかり巨大な四角形に成長した亀裂に対して構え始める。
「おいおい、何がはじまるんだ?」
「今あの人たち、戦闘って言わなかった……?」
「あたしらここにいて大丈夫なの?」
巨大な黒四角形に成長した亀裂とピリピリとした黒フード達の雰囲気にのまれて、周囲はパニック寸前になっていた。
「やばいでしょ! やばいよね? どうしよう! 沢渡!」
「落ち着けクマき……大熊。まずは目を閉じる前に深呼吸を──」
焦りと興奮が次々に伝播し、大熊が今にも背を向けて逃げ出そうかとしている中、それは起こった。
巨大な黒四角が強烈な閃光を放ったのだ。
「ギャアアアア!」
「目がぁー!!」
黒四角に釘付けになっていた者たちは皆、数秒間は網膜への過負荷に悶えることになった。
しかし沢渡だけは瞑想中だったので難を逃れることになった。
「さわたりぃー、今何がおこってるのー」
目が開けられない大熊は状況説明を相方に求めた。
「うむ。デカイ爺さんだ」
「は、はぁ?」
真っ黒だった四角形は、今は青空をバックにした巨大な老人の顔を映し出している。
「なんだか申し訳なさそうにしているな」
「沢渡の説明、ざっくりしすぎ……」
実際、老人は目を泳がせながら、大きく蓄えた灰色の顎髭をさすって、皆の視力が回復するのを待っていた。
「あ、あー。てすてす。声量、大丈夫かの……?」
ちらほらと回復した人が巨大な老人を見て驚いている。
黒フード達はいつにまにか構えを解いて、代わりに抗議するような視線を老人に飛ばしていた。
「皆、大丈夫じゃった? 目潰しみたいになってごめんね」
老人は敵意を無いことをアピールするように舌を出してウィンクをしている。
「わしはこの魔法学校リンバスの校長の、リンバスです。皆さん列車に乗ってくれたという事は、魔法に興味があっての事じゃと思います。……この、これも魔法です。実際はわしはこんなにデカくありません」
リンバス校長は四角の縁を指しながら続ける。
「本当はちゃんと皆さんの前に出て挨拶したかったんじゃが……。急用で行けなくなったのでこんな形になりました。ごめんね……」
「爺さん! 俺たちあんま気にしてねーから、そんなにあやまんないでくれ!」
「そうそう、がんばってお爺ちゃん!」
誰かが張り上げた声に同調するようにリンバス校長に激励の言葉が飛び始める。
「なにこれ……」
「……とりあえず、たぬきっぽいな」
「私もそう思う」
大熊と沢渡は互いに親近感をおぼえていた。
「おおそうか! お爺ちゃんがんばります。ところで部下の手際めちゃくちゃ悪かったじゃろ? そやつら魔法の勉強一筋なもんじゃから、こんなコミュ障になってしまって……」
それからリンバス校長の挨拶は30分ほど続き──
「──じゃから皆には魔法だけでなく、コミュ力も鍛えてほしくってな……あれ? この話、した?」
そのあと3回ほど同じ話を繰り返し──
「あーよく喋った。皆ありがとうな! 創生って孤独との戦いなんじゃよ。皆も精進してわしの手伝い出来るようになってな! あと、そろそろ検査器の結果出てると思うから係員に渡しといてな。簡単なクラス分けじゃから、検査結果を真に受けすぎないように」
唐突に校長の話が終わり、空間の亀裂は閉じられた。
「魔法が使えるようになると、変人になってしまうのだろうか」
「沢渡がそれを心配するのも結構シュールだけどね……」
大熊と沢渡は互いに親近感をおぼえていた。