29話 チュートリアルで経験値貯めるやつ
それから数日後。
沢渡と大熊はハンスから貰った金色のカードを握りしめて新規にオープンしたばかりのアトラクションセンターまで来ていた。
「こんなところにゲームセンターができていたのか」
「こうふんしてきたなっ」
「さっそく入ってみるか」
普段寝泊まりしている馬小屋から徒歩10分程度という近さである。
これは偶然近かったというわけではなく、多くの場所で一斉オープンしているためだった。
「いらっしゃいませこんにちは!」
「おとなふたり」
カードを見せると、いくつか並んだ部屋のひとつに通された。
部屋の中は大きめのベッドが二つ並んでおり、その上にフルフェイスヘルメットのような物が乗っている。
「このベッドに寝転んで、カードを挿入したヘルメットをかぶってボタンを押すだけでゲームが始まります。ゲーム内の操作は実際にゲーム内で流れるチュートリアルを受けていただければ分かるかと思います。喉が乾いたら備え付けのインターホンでお呼び出しください」
案内係は事務的に言うと、さっさと部屋を出て行った。
「ベッドとヘルメットだけでげーむが出来るの?」
「らしいな。早速試してみるか──いや、大熊のベッドは向こうだぞ」
「し、しってるよ! 冗談にきまってるでしょ……」
大熊は本気で冗談のつもりだったのだが、はっきりと拒絶されて軽くへこんでしまった。
「……安全のためちょくちょく様子見にきますのでヘンナコトしないでくださいね」
「うわあ! まだいたの!?」
「ずっと扉の隙間から見られてたぞ」
大熊がおとなしくヘルメットをかぶるのを確認して、沢渡も同じようにした。
耳まですっぽり覆うため、外部の音は全く聞こえなくなる。もちろん目の前は真っ暗だ。
少し不安になった沢渡がヘルメットを脱ぐと、大熊も同じように脱いでいて、互いの目が合った。
「ふふふ。おんなじことかんがえてた?」
「……さあな」
「じゃあ、せーのでかぶってから3秒ね。しっかり3秒だよ。2秒でも4秒でもだめ。5秒なんてもってのほか──」
「わかったから早くしてくれ……」
「じゃあいくよ! せーのっ」
二人は同時にヘルメットをかぶった。
★
3、2、1。
「うおおっ!?」
ボタンを押すと同時に、何か大きな爆発に巻き込まれたかのような感覚が俺を襲った。
いや、そんな生易しいものじゃない。頭の中が直接爆発したような感じだ。
だが痛かったり、嫌だったりという感覚ではなく、それはむしろ気持の良いものだった。
気付けば身体の感覚もふわふわと宙に浮いているかのような心地よさを覚えている。
明晰夢を見ているときに近い。今自分がベッドに横になっているのか、それとも立っているのか、どこに向いているのか分からないような状態だ。
前も後ろも深い青色の空間があるだけだが、それでも不安とは正反対の心地になっている。
<ウームオンラインへようこそ!>
どこからともなく声が聞こえてきた。
声の主を探していると、前方からゆっくりと光る球体が近づいてくる。
<初めまして、沢渡さん>
<私はたった今生成された人工知能のアイちゃんです>
<システムメッセージやゲームのヒントなどを提供させていだきます>
人工知能ということはつまり、人ではないらしい。見た目こそ人魂のようだが、どうも本物の人間と遜色のない流暢な喋り方をする。
一応、あいさつをしておこう。
「うむ。よろしくな」
<よろしくおねがいします>
<今からあなたが行く世界は、現実世界とほとんど変わりがありません>
<海も山も空気も本物です。もちろん出会う人もみんな本物です>
<あなたの体験するすべてが、本物なのです>
なるほど。らしい導入だ。
<ときには、凶悪なゴブリンに引っかかれるかもしれません>
ああ、それならつい最近やられたな。正直もうこりごりだ。
<ですが、様々な経験を通してあなたは適応していきます>
<例えば、こんな状況>
<沢渡さんならどうしますか?>
足元に細長い地面が現れた。人ひとりが歩ける程度の幅だ。
そして道の途中を3メートルほどの高さの壁がふさいでいる。
「ふむ……?」
<壁の付近をよく見てください>
<乗り越えるためのヒントがあります>
たくさんの分厚い木の板とノコギリ、そして工具箱が置かれている。
はしごを作れという事だろうか。
人魂は俺がどうするかを静観するつもりのようだ。
しかし、はしごなど作ったことがない。
それなら、俺は俺ができる方法でクリアするまでだ。
つまりは、跳躍──
「とうっ───なにっ!?」
2メートルほど飛ぶつもりだったのだが、何か見えない力によって押さえつけられ、ほとんど飛ぶことができなかった。
<ジャンプ 0.5 上昇>
<筋肉 0.5 上昇>
「いったいなんなんだ……?」
<今のがシステムメッセージです>
<ジャンプのスキルが合計0.5になりました>
<この世界では何をするにも経験の積み重ねが必要になってきます>
<最初はしょぼいですが鍛練すれば現実世界で味わえない超人にもなれます>
「とうっ」
<ジャンプ 0.5 上昇 1.00になりました>
<筋肉 0.5 上昇 1.00になりました>
「とうっ」
<ジャンプ 0.5 上昇>
<筋肉 0.5 上昇>
<あの、他にもいろいろできることがあってですね──>
「とうっ」
<ジャンプ 0.5 上昇 2.00になりました>
<筋肉 0.5 上昇 2.00になりました>
<すみません沢渡さん>
<スキル上げはもうちょっと先の説明をしてからに──>
「とうっ」
………………
…………
……
<……まだ続けるんですか?>
「とうっ。ああ、そろそろ2メートル半ってところか」
ここまで飛べれば、手を使って目の前の壁を乗り越える事が可能だ。
しかしどうだろうか。目に見えて上達していくこの快感はなかなか味わえるものではない。
「とうっ」
<……>
「そういえばスキル上昇の報告が無くなっているが、ちゃんと上達しているのか?」
<上達してますよ。現在はジャンプ 78.23です>
「ずいぶんな端数だな。0.5ずつ上がってなかったか?」
<最初のうちは上がりやすいですが>
<鍛えれば鍛えるほど上がりにくくなります>
<システムメッセージは私の方でオフにしました>
<あのまま続けたら喉がガラガラになってしまいます>
「そうか。すまなかった」
<あと今さらですけど>
<上げていくスキルは絞ったほうがいいですよ>
<成長限界とまでは言いませんが>
<スキルの合計値も高いほど成長率は落ちていきます>
「ふむ。じゃあ先に進むか」
<……さっさとこの話をするべきでしたね。学習しました>
<では壁を越えて先に進んでください>
細い道を進んでいくと、深い青色の空間の終わりがあった。
よく見るとドアノブのようなものがついている。
<そこを開けるとウームオンラインの世界です>
<今あなたが体験した壁のような障害が>
<いくつも立ちふさがることでしょう>
<でもご安心ください。アイちゃんがサポートしますので>
<困ったことがあればいつでも聞いてください>
「助かる。では出発するぞ」
ノブを回す。
すると、途端に扉がばんっと外側に開かれ、身体が投げ出された。
「ぬおおおお!?」
一瞬にして視界が広がる。眩しい。
どうやら見渡す限りの青空だ。
「ぐおおおおッッ」
青空というか大空だ。俺は高度うん千メートルの上空に放り出されたようだ。
後ろを見ると、大きな飛行船がとんでいた。どうやらあそこから出てきたらしい。
真下には広大な海。そして少し先に大陸が広がっているのが見える。
<あ、まずいです。ここ海の上です>
<水泳スキル0の沢渡さんが落ちたら死にます>
<チュートリアルで時間かけすぎたから沢渡さんのせいですね>
「わるかった。あやまる。それでどうすればいいんだ」
おちつけ。れいせいになれ。目をとじて考えろ……。
<目を閉じないでください。一番近い陸地を探しましょう>
俺は風圧をこらえながら目を見開き、なんとか着地できそうなところがないかを探した。
前方の大陸は届きそうにない。右も左も海ばかり。
<……まあ、一回死んでみるのも経験です>
<死にまつわるスキルも面白いです>
ひとつだけ確認していなかった方向があった。人体ならではの死角だ。
「ところで空中を泳ぐスキルとかもあるのか?」
<ないです>
「残念だ」
俺は後方に孤島を発見していた。
距離的にやや難がありそうだが、大陸を目指すよりは遥かに近い。
「うおおおおッッ!」
とりあえず平泳ぎの真似をしながら島を目指す。
……目指しながら、ある疑問が湧いたのでさっそく人工知能に聞いてみることにした。
「ところで、パラシュートはいつひらくんだ?」
<ないです>
「ないのか……」
<本来は安全な着地ポイントに降りるミニゲームみたいなものなんです>
<安全マットが大陸各地に敷かれていて、そこに着ければ無傷で済みます>
<沢渡さんが今から行く孤島には安全マットが無いので無傷では済みません>
「なんか……お前、性格わるい?」
<すみません>
<でもジャンプスキルが80近いので>
<落下ダメージはかなり軽減されると思います>
<さあ、地上が見えてきました>
「くっぬおおおぉぉぉ!」
<着陸したら、まずは応急処置ですね>
<メディカルスキルは重要なスキルのひとつで──>
俺は孤島の地面にぶつかる寸前、ゲームをはじめたことについて深く後悔していた。




