26話 黒幕/白昼
「アハハハハハ! 二人はお互い想い合ってたんだ! ちょっとキレイすぎる悲劇だよねぇ? こんな結末初めて観れたよぉ! アハハハハ」
突然現れた男は、手を叩いてはしゃぎ始めた。
聞いた者の神経を逆撫でにする笑い声と、全く笑っていない血走った目。明らかに狂人のそれである。
「なにこいつ……」
「少なくとも神と名乗れるような脳みそは持ってなさそうだな」
男は二人を無視して、力尽きたイーリスとアザレアの方へと歩き出した。
「さあ。石を返してもらうよ。今度は……ヒヒッ、そこに立ってる二人にロールプレイしてもらおうかなぁ~? 元仲間、魔王と勇者の殺し合い! いいよねぇ~~」
「イーリスさん達に近づくなっ、この人間のクズ! 」
「よせ大熊!」
怒りの限界に達した大熊が連続でマナの塊を発射する。
両手から絶え間なく交互に撃ち出されるマナの弾丸は寸分の違いなく、男の背中へと吸い込まれていく。
しかしそれは全て、見えない壁にぶつかったかのように、激しい音を立ててはじかれてしまった。
「はぁ~~? 誰が人間だって? ここは僕の世界だぞ……それなら僕は神だろうがァ! ……つーかそんな初級魔法で勝てるとおもってんの?」
男は向きを変え、両手をパーカーのポケットに突っ込んだままゆっくりと大熊に近づいてくる。血走った目で口元をいびつに歪ませている。
その間も大熊はマナ撃ちを繰り返すが、次々とはじかれてしまう。
「君らさぁ。その校章、リンバスの教え子かよ? それなら他に習った魔法はないのぉ? 見せてみなよ」
大熊は距離を取り、付与魔法を詠唱する。あふれる怒りも、男に対する殺意も、出し惜しみをする気は微塵も無かった。
「はぁぁぁぁ! 熊の翼」
「はぁ……? 何そのめちゃくちゃな魔法」
以前よりも更に素早く、大きく作り出した赤金色の熊の翼。
それが羽ばたくと、空気が暴走を始めた。
「おらおらおら! ふたりにあやまれー!!!」
「う、うわ~~。風で目が回る~~~」
大熊の起こした暴風は城内の装飾や置物を吹き飛ばし、いくつものつむじ風を次々と発生させて男の方へと収束していく。
「ぐるぐるぐる〜〜。……はぁ。もう終わり? やってることはまぁまぁすごいけど……残念ながらこの世界のマナは僕の支配下にあるんだよねぇ~!」
男は迫る竜巻を浴びて、まるで玩具で遊ぶ子供のようにふざけた調子で身体を回転させている。
「クッソおおおおお!」
「アッハハハハ! 君も回るんだ? いいねぇ!」
大熊は翼を広げたまま回転を始めた。
ひときわ大きな竜巻が大熊を中心に発生し、行き場を失った風圧が轟音とともに壁や天井を破壊していく。
城内にいくつか空いた風穴から陽光が漏れ出している。
「お城が崩れちゃうよぉ? もしかして自爆ってやつぅ? 僕だけ生き残っちゃうんだけどそれ――」
「さわたりィィッ!」
「おう!」
沢渡が大熊の竜巻へと飛び込んだ。
「……はぁ?」
「いっけぇぇぇええええええっ!!」
「ふんッ」
ぱしん、と一際大きな音が鳴った。
竜巻の中心、その発生源である熊の翼による殴打が沢渡の足裏にぶつかった音だった。
沢渡はその瞬間に跳躍し、凄まじい速度をもって再び竜巻から姿を現し、後方から風圧の加護を受けながら一直線に男へと突き進む。
「アハハハ! 人間大砲だ! でもそんなにスピード出しちゃって大丈夫ぅ? 今、僕の前にはダイアモンドよりも遥かに硬い、絶対に壊れないマナのかb──」
「破ァッッ」
「──ゴッはァァァァァァァァ!!???」
弾丸となった沢渡は "絶対に壊れない壁" を容易く破壊して男のみぞおちに右ストレートを叩き込んだ。
「アッ!? ガァァァァア!!?」
男は体制を制御することも出来ぬまま、ほとんど地面と水平に吹き飛んでいく。
そして、高速で吹き飛びながら、後方にあり得ない光景を目撃した。
「よう。かみさま。受け止めてやるよ」
「うふふ。悲劇というより喜劇ですね」
死んだはずの勇者と魔王が剣を構えて待っていたのだ。
黒の刀と白の剣がずぶずぶと男の身体にめり込んでいく。
時間にして一瞬ではあるが、死を目前にした男にとっては長すぎる光景だった。
「ぐあ……アガガガガどう、シテ……」
「死んだふり作戦だ。知らなかったとは言わせないぜ。ずっと俺達を監視してたくせに間抜けな奴だ」
「とっとと死んでください。クズ」
男は大量の血を吐き出して絶命した。
城内から嵐の気配が消え、静寂に満たされる。
「ハァ……ハァ……勝ったのか。俺たちは」
「これも大熊さんと沢渡さんのお陰ですね。……すごい魔法でした」
皆が皆、呼吸を整えて余韻にひたっていると、沢渡がゆっくりと動き出した。
大熊もそれに気付き、同じ場所を目指す。
二人は陽光の差し込むホール中央にたどりつくと、各々自由なポーズをとりはじめた。
「……なにしてるんだ?」
「アザレア様、しーっ」
沢渡は天を仰ぐようにして腕を突き出す。
大熊は両手を翼のように横に突き出す。
どちらの手も、イーリスとアザレアにたいして親指を立てていた。
「「今のは魔法ではない。筋肉魔法だ」」
二人で考えたポーズだった。
「わーっ」
「……意味がわからん」
イーリスの拍手に合わせて、アザレアも仕方がなさそうに拍手をした。沢渡たちの奇行と、それに合わせて拍手をしている自分たちが段々とおかしくてたまらなくなり、二人はしばらく笑いあった。
三年ぶり。心からの笑顔だった。
★
それから、イーリスさんの提案により4人で昼食を取る事になった。
城内は崩落の危険があるので、青空の下、ブルーシートを広げてのお弁当だ。
「サンドイッチうまうま」
「ずいぶんたくさん作ってきたんだな、イーリス」
「はい。アザレア様がお腹すかせていると思ったので」
崩れかけなお城を見ながらの昼食はなかなか乙なものだ。お花見ならぬお城見……みたいな?
「そういえば大熊は作戦に気付けていたのか?」
あ、そうだった。 なんか私の知らないところで陰謀てきなやつが始まってたの気になってたんだ。
「やっぱり偶然じゃなくて、綿密な作戦だったの? 私にも教えてくれてもよかったのに……。本当に死んじゃったかとおもったんだよ?」
イーリスさんとアザレアの相討ち。まだ鮮明に記憶に残っている。ちょっとしたトラウマですよあれは。
「私たちの石、あるじゃないですか。これは以前も伝えた通り、私たちの半身といえるもので、文字通り手足みたいになるんです。アザレア様、ちょっとホワイトロータス貸していただけますか?」
「絶対断る。お前、またくすぐって楽しむ気だろう」
「あはは! 断られちゃいました。昨日触りまくってたのは大熊さんなのにー」
この二人の主従関係ってなんかかなり特殊っぽいぞ……? まあでも楽しそうだからいいか。
「……本題に戻すぞ。手足に代わるということは、耳にもなるわけだ。昨日のお粗末なブリーフィングも含めて、イーリス・大熊・沢渡が同行してた時の会話は俺にも丸聞こえだった」
「死んだふり作戦のことですね。あの短期間で私たちの状況を沢渡さんに理解してもらえたのが大きな勝因です」
「まあ、ほとんど山勘みたいなものだったが」
なるほど……ってそれじゃやっぱり私だけ除け者じゃん!
「やっぱり三人だけで繋がってたんだ……っ」
「まあまあ。本当はみっちり皆で計画立てたかったんですよ? でもクズが監視してる可能性がかなり高かったので」
「臆病なやつでな。滅多に姿を見せない癖に、俺たちを監視して殺しの衝動を煽るような事をするんだ。呪いを強めたりしてな」
「だから私たちはあのゴミクズ好みの悲劇を演じ続ける必要があったんです」
完全にアザレアぶっ殺すぞー! みたいな流れだと思ってたんだけど。イーリスさん達は最初から敵が見えてるから良いとして……沢渡はエスパーか何かなの? それとも私がにぶいの?
「沢渡はそこまで読んで死んだふり作戦考えたの?」
「まあな。宝石は一組しか存在しないというのと、選抜時に宝石を渡しに奴が姿を現わすという情報をわざわざ伝えてくれたわけだ。本当に倒したい敵というのを示しただけでなく、姿を現わすタイミング……つまり、死後に宝石を回収しにくるタイミングがあるという事を暗に示してくれた」
くっそおお。 こういう時よく喋るよな。
「それにしても死んだふりって……」
「クマに死んだふりは通用しないと誰かが言ってたが、逆にいえば大熊を騙せればあいつも騙せると思ってな」
「ちょ、あの時私が言ったやつ……? 沢渡の上で……その」
「あー、いや……」
は、恥ずかしい。今そういう話しちゃうんだ。
沢渡、耳赤いぞ。っていうか、けっこう根にもつな? この男。
「むむ! お二人やっぱり仲良しさんですね。ぴーんときましたよ。アザレア様、私たちも呪いが消えたことだし、ちゃちゃっと前進いたしましょう」
「……なんの話だ?」
おかしな空気になる前にもっと質問しよう。
「死んだふりって言っても剣刺さってたし、血もめちゃくちゃ吹き出してたよね!?」
「剣といいますか……ロータスはほら、さっきも言いましたけど文字通り手足になりますよ」
イーリスさんはそう言うと、ブラックロータスを刀に変化させて私に突き出してきた!
私がびっくりして目を閉じると、頭をなでなでされている感覚が……。
ゆっくり目を開くと、なんとそこには!
刀の先端が手の形になって私の頭を撫でているではないか! きもい!
「きもい!」
「うう……ひどいです」
つい、勢いあまって言い過ぎててしまった。こういうとこ直さないとなー私も。とりあえずお返しのナデナデをしてあげよう。
「でもあの大量の血は?」
「ああ、大熊さんの見つけてくださった鮮血の果実ですよ」
イーリスさんが懐からそれを取り出して絞ると、破けた部分からおびただしい真っ赤な果汁が流れ出した。
「果実を持っているのはホワイトロータスを通じて知っていたからな。あとはイーリスのいつも以上に膨らんでいた胸を突くだけで大量出血の出来上がりだ」
「まあ、アザレア様? 私の胸のサイズがそんなに気になっていたんですか?」
「ああいや……その、そういう意味じゃ……」
うーん。アザレアはイーリスにかなわないみたいだ。
「大熊が勇み足で攻撃した時はどうなるかと思ったが、しっかり連携がとれてよかった。新しい必殺技もできたしな」
「くまトルネード筋肉ぱんち」
「うん?」
「新必殺技の名前だよ」
「それ、俺も言わなきゃいけないのか?」
「もちろん!」
まあ結果オーライ!
ご飯を食べ終わったら、いよいよ帰りの異世界ゲートを開いてもらおう。




