20話 弱渡
ゴブリンの汚い刃により倒れた沢渡は、看守の自宅のベッドに寝かされていた。
「こんな小さな部屋でごめんね。宿舎が完全に壊されてしまってたから、他に良い場所が無かったんだ」
ここは物置であり、本来は人の寝泊まりするような場所ではない。ゴブリン戦を生き抜いた大勢の兵士たちの助力によって、沢渡を治療するスペースとして改装されたのだった。
「おじさん、沢渡は助かるんだよね……?」
「正直わからないよ。傷が多すぎて毒の進行速度が尋常じゃないんだ。彼の強い代謝力が今のところ、裏目に出ちゃってるね」
「そんな……」
大熊は打ちひしがれる。
手伝いに来ていた兵士達は復興活動のために持ち場に戻っており、現在はこの場には三人しかいない。
「もう手は尽くしたよ。あとは彼の強さに祈るしかない」
暗いのは漂う空気だけではなかった。部屋の窓は板で塞がれ、外部からの光を遮断している。
部屋の明かりは看守の持つロウソク一本だけである。
「……心配するな」
「さわたり!? 大丈夫なの?」
ぎゅっと目を閉じたまま、沢渡がうめくように声を出した。
「意識があるんだね。辛いだろうに」
「……ああ、だから大声は勘弁してくれ」
「ご、ごめん……」
沢渡の息は荒いままで、事あるごとに歯をギリギリと食いしばり、悲痛な声を押し殺している。
「彼は闘っているんだ。おそらく今夜が峠になるね。もうこれ以上、彼への接触は控えよう。音も光も苦痛になる」
看守が部屋の扉を開けて大熊の退室をうながすと、沢渡はそれを制止した。
「ま、待ってくれ……ぐぅぅ……っ」
「さわたり……? なにかしてほしいの? なんでも言って」
沢渡は開いた扉の光から激しく顔をそらして、息も絶え絶えに続けた。
「おおくまっ……いてくれ」
「えっ、でも」
「看守……破傷風だろう……? 俺はっ……」
「うん。だから出来る限り刺激のないように――」
「それなら……過去に一度やってる……とにかく、俺にはおおくまがっ、必要なんだ……」
何度も苦痛をあらわにしながら、沢渡はゆっくりと言葉を吐いていく。
それはどうしても、堪え難い苦痛を味わってでも、訴えなければいけないものだという事を証明していた。
「わかった。君がこれを乗り越える為というのなら任せるよ。一応聞いておくけど、大熊さんは大丈夫?」
「うん。残るよ。沢渡のことは任せて」
看守がゆっくり扉を閉めると、部屋は完全な闇に包まれた。沢渡の荒い息遣いと、痛々しいうなり声は少しだけ和らいだ。
「大熊、どこだ。まだそこにいるか?」
「いるよ。ほら、ずっとそばにいるから安心して寝て」
なるべく刺激のないように、ゆっくりと沢渡の胸に手がのせられた。
「汗もふいてあげるからね」
「助かる。……その、これは大熊にしか頼めない事なんだが……」
「なんでも言って。わたしやるよ」
「……俺の上に乗ってくれ」
「へ?」
本気で心配している大熊は、突然の冗談のような言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。
「今回はジョークじゃないぞ。 ……破傷風ってやつは孤独との闘いなんだ。たのむ」
「わ、わかった……」
実はよく分かっていなかった。それでも沢渡の頼みだから聞いてあげたい。聞いてあげなければならない。そんな想いだけが大熊を突き動かしている。
大熊は頭上に浮かぶ疑問符を増やしながらも沢渡の上にまたがった。しかしほとんどパニック状態である。
「お、おもくない? っていうかこれ、病人に乗っかるのおかしくない?」
「ありがとう。もう少し身体をこちらに預けてくれ……」
「わっ」
沢渡はその背に伸ばした手をぐいっと引き寄せて、大熊と密着した。
「ふふ……もう逃さないぞ……」
「あ……さ、さわわわわわ」
「すまん。今のは半分ジョークだ」
「どうすればいいのよ……」
がっちりとホールドされた大熊は、実際身動きの取れない状態になってしまった。
「破傷風の克服の秘訣はな、暴走する筋肉を気合で操作する事なんだ」
「うん……うん……?」
――破傷風とは、傷口から侵入した毒素による感染症である。症状は、毒素に侵された神経が身体の自由を奪い、意図しない力みを誘発する。具体的には、口が固く閉じられて開くことが困難になったり、喉の筋肉が硬直して口内のつばを飲み込めなくなったりする。症状が進行すると全身の筋肉がけいれんを起こし、身体が弓なりに強張って背骨が折れたり、呼吸が出来なくなって死に至るなど、極めて危険な感染症である。
沢渡はこれを過去に一度、奇跡的に気合で克服した。そしてもう一度同じ奇跡を起こすには大熊の力を借りなければならないと考えたのだ。
「これから俺は喋ることも出来なくなる。身体を振り乱す事もあるかもしれない。だが、どんな事があってもお前を離さないし、必要以上に力を入れて苦しめたりもしない」
「う、うん」
「もし、俺がお前に危害を加えるような事があったら一言、″痛い″ と言ってくれ。俺はそれで目がさめる」
「そういうものなの……?」
沢渡は深く息を吐いた。今は症状の波が引いている。
「……正直な話、たてまえだ。ただ弱ってる時に大熊にそばにいてくれたら、俺はその……頑張れる気がしてな」
「さわたりぃ〜〜っ」
「ま、待て……今は落ち着いてるとはいえ、妙な刺激を与えないでくれ……」
沢渡は口が動かせるうちに、いつもより多く喋った。もうじき訪れる苦痛の時間に備えて、出来るだけ言いたい事を吐き出そうとした。
大熊もそれを察した。弱っている沢渡を前に、いたずらしたくて堪らない衝動を抑えて、その腕の中で大人しくしていた。
「長い夜になるな……。巻き込んですまないと思っている」
「なによいまさら」
「昔は独りでも平気だったんだ。しかし、多分お前無しでは……」
「ふふ、ちょっと前の私みたい」
「そうなのか」
「私の方が、ちょっとお姉さんね」
沢渡の震えは抱かれている大熊にも伝わっている。
「こわい?」
「まあな……」
「こわい時はこわいって言うんだよ」
「……こわいよ。あれが始まると、お前を潰してしまうかもしれない」
「ふふ……言えたね、えらい。でも、わたしは怖くないよ。沢渡を信じてるからね」
お互いの顔は見えていない。大熊は沢渡の胸に右耳を押し付けて、沢渡はその上に軽く手をのせていた。
「ありがとう……。最後に一つだけ、いいか?」
「なに?」
「元の世界に戻ったら……また、花火見ような」
次回。沢渡、死す(嘘)
まじめな話、次回ちょっとえっちな内容になります。苦手な方は目を閉じてからお読みください。




