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17話 ウィステリアの夜

 

 薄暗い夜の街。

 おぼろげな火を灯しただけの、光源としてはやや頼りない街灯の下に一組の男女がいた。


 夜の逢引というわけではない。男は冷淡な笑みを浮かべているが、女は絞首台にのぼる無実の罪人のような表情で震えている。


「殺れ。イーリス」


 黒の鎧をまとった男は死刑執行人のごとく、淡々と告げる。


「はい……アザレア様」


 イーリスと呼ばれた白い鎧の女は白銀の剣を暗闇に構えた。

 剣の刃紋が輝きを放ち、闇の中を照らし出す。


「な、なんで勇者様が──」


 闇の中にいた男がすべてを喋る事は叶わなかった。

 閃光のようなイーリスの斬撃によって、その喉は首ごと両断されてしまっていたからだ。

 男の首は血をまき散らしながら路上を転がっていく。

 おびただしい返り血を浴びたはずのイーリスの鎧は純白のドレスのように清らかなままである。


「声を聴くな。喋る前に殺せといつも言っているだろう」

「申し訳ありません……アザレア様」


 イーリスの剣は一瞬だけ光ると、白く輝く小さな宝石となって、その手に収まった。


「おかしな気配がするな。イーリス、先に行ってろ」


 イーリスが会釈をしてその場を立ち去ると同時に、首なし死体の上空に青色の亀裂が現れる。


「……なんだ? これは」


 アザレアが亀裂に触れようと近づくと、それは突然大きな口を開けて二人の人間を吐き出した。

 一人は眼光の鋭い屈強そうな男。

 もう一人はその男に抱きかかえられている赤金色の髪をした少女である。


「む。どうやら抜け出せたみたいだぞ、大熊」

「ちょ、ちょっと沢渡! 人が見てるからおろしてー!」

「構わんが、すぐ下に死体があるぞ」

「うわっ、なんだこれぇ……。げ、首がないよ!?」


 たった今殺人が起きたとは思えない明るさがその場を支配する。

 アザレアは勝手に振る舞う二人に対して怒りをあらわにした。


「何者だ貴様ら。返答次第では殺すぞ」


 血に濡れた黒鎧の剣士は腰から抜いたロングソードを沢渡たちへと突きつけた。


「あんたがやったのね。人が人を殺すのは犯罪よ」

「よくわからん世界に来たみたいだが……降りかかる火の粉は払わねばなるまい。……俺は剣を相手にした経験はほとんどない。(たの)しませてもらおう」


 沢渡は半身に構えて、アザレアとの距離を詰めていく。


「どうやら死にたいらしいな。しかも素手ときた」


 言葉とは裏腹に、慎重に距離をとっていくアザレア。

 沢渡はすり足で確実に距離をつめていき、足に男の生首が当たっても眉一つ動かさずにそれを蹴り飛ばす。

 一触即発、どちらが先に仕掛けてもおかしくない。


 ──そんな緊迫した空気は、意識外からの怒声によって打ち切られた。


「そこまでだ! 動くな!」


 十人を超える兵士が駆け付け、あっという間に沢渡たち三人の周囲を取り囲んだ。

 兵士は長槍で武装しており、その鎧にはしなだれる藤の紋章が入っている。


「この死体はなんだ? どちらがやった?」

「私たちじゃないよ! そこの陰気なやつがやったんでしょ」

「その首なし男はスリ、強盗、強姦、他様々な悪事に手を染めていた。街の兵隊さんが役に立たないから俺が処刑しただけだ。文句あるか?」

「勝手な事を……! 私刑は重罪だぞ。神妙にしろ」


 アザレアが鼻を鳴らして剣を投げ捨てると同時に、兵たちが拘束のために羽交い締めにする。


「ちょ、なんで私達までー!」

「共犯の疑いがあるからな。一対一で首を一太刀なんて尋常なことではない」


 大熊と沢渡も同じように拘束され、牢獄へと連行されるのであった。



 ………


 ……


 …



 ウィステリアは城と街から成り、四方を堅牢な壁で囲まれた城塞都市である。

 大熊たちが降り立ったこの地は、元居たリンバスと比べれば文明や治安レベルが大きく劣り、さらには壁の外では人類よりも遥かに多くのモンスターが闊歩している、非常に危険な世界であった。

 不安定で偶発的なゲートを渡ってきたため、リンバスの民にとっても未開の地である。


 罪人として連行された場所は、街から城門に入ってすぐの、兵士たちの宿舎を兼ねた警備塔、その地下にある牢獄だった。


「うおおおおお出してくれええええ」

「……うるさいぞ。チビ」

「あんたのせいでしょ! 人殺し! 私たち完全に濡れ衣なんですけど」

「うむ。そろそろか」


 いくつかある鉄格子の部屋のうち、大熊と沢渡は一緒に収監され、アザレアだけは別れていた。

 また喧嘩したら危ないからという看守からの配慮だった。


「そろそろって何が?」

「ちょっと声を抑え気味にしてくれ。看守が離れてるうちにやりたい」

「ひそひそ(もったいぶらずに、おしえてー)」


 両目を閉じて大人しくしていたアザレアだが、急に静かになった二人を気にするように片目を開いて様子を伺っている。


「宝石だ。帰還の宝石を使おう」

「!!!」


 大熊ははっとした。確かに、宝石を使えば牢獄どころかリンバスへ一瞬で戻れるじゃないか。

 っていうか、亀裂の中でさまよってた時にこれ使えば良かったのでは?

 などと、今までの苦労に直接頬を殴られるような気持ちに苛まれながらも、ポケットに手を伸ばした。


「あ……」


 そして、その表情はさらに複雑なものになっていった。


「どうした? 冬眠明けにトイレを探すクマみたいな顔をしているぞ」

「い、いや……私冬眠したことないし。っていうか分かりづらいわよ……」


 ツッコミもキレがなくなっている。

 無理もなかった。大熊がゆっくりとポケットから引き抜いた手の平には、真っ二つになった宝石が乗っていたのだ。


「貴重なものだと聞いているが……」

「沢渡一緒にあやまって……」

「というか、使用できるのか?」

「やってみるね。……はぁあああああっ!」


 大熊が黒の宝石に集中すると、淀んでいた牢獄の空気が流れ、割れた宝石の方へと風が吹き込み始めた。

 アザレアは集まる風を注意深く覗き込んでいる。


「ふんぬおおおお」

「……ほう?」


 しかしそれ以上は何も起こらない。


「ぐううおおおおおおお」


 大熊は顔が真っ赤になるほど力むが、最後まで風が吹く以外の事は起こらなかった。

 しかし、沢渡は目ざとく発見した。

 アザレアが手に持っている黒い宝石が鈍い輝きを放っていた事を。


「黒い人。少しの間でいい、宝石を貸してくれないか?」

「嫌だね」

「三人で牢から抜け出せるかもしれないんだ」

「それなら、もう間に合ってる」


 こつん、こつん、とブーツの鳴る音が三人のいる部屋へ近づいてくる。

 白いブーツにドレスのような鎧、そして憂いを帯びた表情。イーリスだった。

 その後ろには鍵束を持った看守が控えている。


「遅かったな。イーリス」

「すみません。アザレア様」

「勇者様? 本当によろしいんですか? こいつは殺人を」

「彼は私の恩人です。出してあげてください」

「勇者様がそう仰るなら……」


 看守は鍵を開けると、怯えたように去っていってしまった。


「ちょっとー。私達も、おねがーい」

「行くぞ。イーリス」

「はい……」


 イーリスはちらりと横目で大熊たちの牢を見るが、そのままアザレアについて行き姿を消してしまった。

 あとに残された大熊は鉄格子の間に顔をめり込ませてひたすら愚痴を言っている。


「何か裏がありそうだな、あの二人は」

「ぜったい弱み握られてるやつだよね。私アザレアきらい」


 その後、特にする事もなくなった二人は用意されていたベッドで眠りについた。

 静かになった牢獄はどこかで水が漏っているのか、ぴちゃりぴちゃり、と雫の落ちる音だけが鳴り響く。

 馬小屋よりも広い室内だが、結局快眠とは程遠い休息となった。


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