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16話 宇宙の風に乗る

 

 雲ひとつない快晴のお昼前。大熊と沢渡は大掲示板広場に来ていた。

 普段からのんびりとしている広場では、休日である今日はなおのこと穏やかな空気が流れている。

 サッカーボールでリフティングの練習をする少年や、野球ボールを壁に当てて練習をする少年、さらにはバスケットボールでロングシュートの練習をする少年などがいるだけで、平日に出ているような商店の類は一切見当たらなかった。


「まさとしさーん。ピコピコおしえてー」

「おー。働きもんやな〜」

「あんたが言うんかーい!」

「うはは。ほんまええ彼女やなぁ? 沢渡さん」

「うむ」

「か、かかかのじょっ……」


 世間話を交えつつ、三人は和気あいあいとしていた。

 それでもまさとしは手に持ったホウキを細かく動かし続けている。

 働き者という人種はどこにでもいるもので、まさとしは休日という休日を設けていない。

 とはいえ、仕事の斡旋が仕事なので、ほとんど休日に来る客はいなかった。


「こうやってなぞってスクロールしてってな。ほんで気になるタイトルをタップすんねん。した? そしたら条件とか出るやろ」

「出た出た! 色々あるんだねぇ」

「青とか赤とか色が付いているのは何か意味があるのか?」

「赤は今連絡されてもすぐ返事できませんって表示やな。青はワンワンみたいに全力で待っとる状態。白は未設定、あんまやる気ない奴やな」


 それぞれしばらくバイマネをいじっていると、大熊が手を止めて画面を食い入るように見つめ始めた。


「何かいい仕事があったのか?」

「これこれ。異世界キノコ狩り」


 大熊が沢渡に見せた画面には青色の背景で「異世界でキノコを採ってくるだけの簡単なおしごと。1コ@1LP」と書かれている。


「結構単価高いなぁ。それやるんなら僕から連絡しとくで、確定ボタン押しといてな」

「やってみるか」

「わたし、きのこ見つけるの得意だよ! 沢渡、勝負ね」



 それから二人は依頼主との待ち合わせ場所の異世界ゲートビル前に向かう事となった。

 異世界ゲートビルとは大型施設の名称で、都市の中心にある。ビル1階の異世界ゲートフロアははお金さえ払えば誰でも入れる人気スポットで、今回のキノコ狩りもそうであるように、マジックアイテムの収集等様々な用途に活用されていた。


「こんにちは。君たちがキノコ狩りを引き受けてくれた人たちかね?」

「いかにも」


 沢渡たちを待っていたのは、白髪混じりのマッシュルームカットで白衣を着た男だった。


「私は錬金術師(アルケミスト)のキノコ博士だ。よろしく」


 キノコ博士は言葉少なめに挨拶をしてエントランスホールの先の受付まで歩くと、二人分の料金を支払った。


「おや、先生は行かれないんですか?」

「今日は実験があるんだ。それじゃ、後は頼んだぞ」


 博士はそれだけを言うと、エレベーターに乗りこみ姿を消してしまった。


「なんだか気難しそうな人」

「先生はここのテナントの一人で、3階に研究室を持ってるんです。ちょっと引きこもりがちだけど、悪い人ではないですよ」

「ふーん。暗い沢渡みたいなかんじかな」

「……俺はそんなに基準に使いやすいのか」


 二人は大きな部屋に通されると、簡単な説明を受ける。


「今開いてるゲートは一つかな。一応説明しておきますね。赤いのが調査済み世界の安全な亀裂です、キノコ採取の対象世界ですね。万が一、他の色の亀裂があったとしたら触れないでください。運が悪いと入った先が壁の中とかで死にます」

「うむ。了解した」

「それでは帰りのゲートを開くアイテムをお貸ししますね。この名簿に名前を」


 沢渡は黒い宝石を受け取ると、興味深々にしていた大熊にそれを手渡した。

 宝石は大熊の小さな手の平にもすっぽりと収まる凧形二十四面体であり、触らなければただの黒い塊としか分からない程度の黒さである。


「真っ黒だぁ……!」

「宝石に魔力を込めると、ここに帰還するゲートが開きます。貴重品なので絶対に無くさないでください。それと、あとでちゃんと返却してくださいね」

「はーい」

「調査済み世界と言っても、モンスターがいる事がほとんどなので細かく帰還する事をおすすめします。あと、モンスターは殺してもいいですが原住民の人たちとは仲良くしてくださいね。他になにか分からない事が出来たら、いつでも戻ってきてください。受付にいますので」


 慣れた調子で説明を終えると、男は受付の方に戻っていった。

 広い部屋に大熊と沢渡だけが残されている。


「あのビリビリがゲートかな」

「校長の挨拶の時にも現れていたな。大掛かりな魔法なんだろうか」


 二人が部屋の中央に進んでいくと、亀裂が二つ並んでいる事に気付いた。赤い亀裂と青い亀裂である。


「あれ。ゲート一個だけとか言ってなかったっけ?」

「そうだな。目標の亀裂以外には触れるなと言っていたが……」


 中空に浮かぶ亀裂は手を伸ばせば届くような距離にあり、一見すると色のついた糸くずのようでもある。


「えーっと赤がダメなんだっけ。それで青がワンワンっと」

「いや待て。それはまさとしさんのピコピコの説明――」


 大熊が青の亀裂に触れた途端、ぱっくりと亀裂が口を開き、あっという間に大熊を飲み込んでしまった。


「壁の中に出ないといいが」


 祈るような言葉とは裏腹に、沢渡はためらう事なくあとに続いた。




 ☆




「ぬわーーーーっ」


 私は亀裂に触れた瞬間、すごい浮遊感をかんじて、周りが真っ暗になって、それでなんか穴に落ちていっているところだ。

 落ちているという表現が正しいのかはちょっと怪しい。なぜなら、上も下も右も左もぜんぶ星空みたいになっていて、まるでどっちに進んでるのかわからないからだ。


 とにかく、それだけ考える時間が過ぎても終わりが見えなかった。


「ぬわーー……っていつまで続くんだこれ」


 腕を組んでもっと考えてみる。

 この光景は以前にも見たことがある。

 リンバスに来る時に乗った列車……そこから見た外の世界だ。

 あの時、私はそこまで長く感じなかったけれど、列車の外にいた沢渡は何て言ってたっけ――


「――五億年……?」


 嘘でしょ……?

 こんな何もないところにいたら、それこそ瞑想の名手でもなければすぐに狂ってしまう。



 ――――



 それから10分経ったのか、100分経ったのか、ちょっとずつわからなくなってきた。


 沢渡がいたら、私はどれくらい狂わずにいられるんだろう。もし、ずっとそばにいてくれるのだとしたら、結構自信があるかもしれない。瞑想のやり方なんかも教えてもらったりして、たくさん耐えられる気がする。


 いや、耐えなくてもいいのか。

 時間がいっぱいあるなら、昨日の続きをしてもらって……。


 あれ、昨日っていつだ?

 私がここに入ってから何日も経ってないか?

 ああ違う。だめだ。それは()()、かんかえないことにしたんだ。



 ――――



「うへへへへへ」


 これは狂ったふりだ。誰かが私が狂う様を見て楽しんでいる可能性をかんがえた。

 だから狂ったふりをして、だしぬく作戦だ。


「うへへへ……うぅ」


 これは狂ったふりをしたあと、本当に辛くて泣くふりだ。私も嘘泣きがうまくなったものだ。

 次はまた、お姫様抱っこの続きの妄想でもしようかな。ああ、でもまだ涙が止まらないみたいだ。今回は長いなぁ。


 …………


 ……


 …



「アレガ……デネヴ……」


 星座ってよく知らないけど、星が無限にあるから暇つぶしにちょうどいい。

 ほとんど光景は変わらないけど、昨日見つけられなかった星が今日見つかったりする。


「アルタイル……サワタリ……さわたり?」


 ああ。星座まで沢渡に見えてきた。

 しかもなんか動いてるように見える。


「うう……」


 涙があふれてきた。くそう。

 にじんだ視界の先で、沢渡が泳いで近付いてくるのが分かる。


「さわたりいい〜〜〜〜〜!」

「大丈夫か?」

「だいじょばない!!うおおおおっっ」


 私は沢渡に全力で飛びついた。

 この筋肉の質感、間違いない。本物だ。


「来る途中に出口を見つけた。このまま泳いでいくから離れないようにな」

「うんっ……うんっ……」


 とりあえずくっついてていいとの許可が出たので、しばらく絞め殺す勢いで抱き着いた。

 背泳ぎする沢渡に乗っかっているような感じだ。


「っていうか沢渡偉そうだけど」

「ほう?」

「心音は嘘をつかないんだぜ」


 そのあと背泳ぎから平泳ぎに変えられてしまった。

 あれだけ不安を煽ってきた星々が、今はどれも愛おしい。このまま五億年経ってもいいかな、なんてぼーっと考えながら、必死に泳ぐ沢渡の背の上に仰向けで寝そべった。


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