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15話 貧乏貴族

 

 花火大会の翌朝、大熊は気だるげに寝床から出て、沢渡のところで朝食をとっていた。


「あ、あんまり眠れなかった……」


 無理もなかった。もう少しで沢渡との一線を越えられそうな場面で、お預けを食らってしまったのだから。

 沢渡も魔法が解けてしまったかのように、いつもの仏頂面に戻ってしまっていた。


「む。大熊、目にクマができているぞ」

「えっほんと? クマだけに? ってやかましいわーーー!」


 なので大熊はちょっぴり不機嫌である。

 ちなみに本日の朝食はいつもより少し多い。ハンバーガーセットである事に変わりはないのだが、追加のハンバーガーが半分ずつ二人に用意されていた。

 最初は疑問に思っていた二人だったが、添えられていたメモですぐに察した。

 メモには綺麗な字で「申し訳ございませんでした」とだけ書かれており、肝心の差出人の名前は書かれていなかったが、誰からの贈り物であるかは明白だった。




 そして、登校時間。

 二人並んでいつものように長い坂を歩いているのだが、どこかぎこちなくなってしまっていた。


「い、いい天気ね。今日も」

「……うむ」


 二人ともうまく目が合わせられないでいる。

 視線は泳ぐようにあちらこちらを行っているのだが、実のところ何も見ていない。

 いつもなら坂道には多くの学生がいるのに、今日はほとんど人気(ひとけ)が無いことにも気付けないでいた。


「あれ? 門、しまってない?」

「閉まっているな」


 天空城正門にたどり着き、ようやく異変に気付いた。

 門の前には大きな看板が建てられており、その内容は「土日祝日は出入り禁止。教職員とかでもダメ」と書かれている。


「今日は休みらしい」

「はぁ~~~~~」


 こうして二人は元来た道を引き返し、休日の街へと繰り出すのであった。



 ☆



 休日の都市の店は大半が閉まっていて、多くの人々は本当の意味で休息していることがほとんどである。

 都市建設の騒音も無ければ、行き交う馬車の数もかなり少ない。

 それでも、働き者という人種はどこにでもいるものである。


「兄さーん! こっちの積み荷、数あわないんだけど~!」

「ちょっとこいつが片付くまで待っててくれー! まるっこは残りのカウントだけ頼むー!」


 頭にタオルを巻いた兄妹がしている仕事は、列車から運ばれてきた積み荷の仕分け作業だ。

 兄のハンスは列車から積み荷を降ろし、指定された場所に運ぶ力仕事。

 妹のまるっこは帳簿で確認を取りながら、細かい荷物や集計をとっている。


 停まっている列車も、それに合わせて横に広がる倉庫も長大で、この現場では大勢の働き者が休日もなお仕事に取り組んでいた。


「おうお疲れさん。あんたたち朝から全然休憩とってないだろ? 俺が入るから休んできなよ」

「兄さーん! 休憩だってー!」

「おー。もうそんな時間か。助かるよ、おやっさん」


 体格のいい男と現場を交代し、兄妹は倉庫裏の日陰に入っていく。

 この日は雲ひとつ無い、普通にしていても汗ばんでしまうような陽気だった。


「ふー。しかし暑いな今日は」

「そうだねー。はい、兄さんのハンバーガー」


 兄妹は学校が休みの日は早朝からこの現場で働いていた。

 ほとんどの者がまだ眠りについている内から馬小屋を抜け出し、この倉庫区へ働きに出ているのだ。

 彼らが馬小屋に住んでいるという事実を知る者は、馬小屋の主人だけだった。


 ハンスとまるっこは西園寺(さいおんじ)という姓であり、いわゆる貴族的な立場を持っていた。

 彼らの両親はリンバスに大きく貢献した名高い魔法使いで事業家でもあり、そのお陰で西園寺の名は広く知れ渡っている。

 兄妹は幼少から、それこそ貴族のように格式高い教育を受け、愛されて育った。


 そしてある日、偉大な両親は兄妹に試練を与えた。

 (いわ)く「新婚旅行に行ってきます。少なくとも三年は戻ってこないので家の事は任せた」と書き置きを残して家を出てしまったのだ。


 しかし、野心あふれるハンスはこれをチャンスだと考えた。三年の間に西園寺家をさらに大きくしたら偉大な両親を越えて一人前として認められるのだと、そう考えたのだった。

 元々名家ではあるが、それは両親が作り上げた富と名誉によるものである。

 このまま両親が引退したとしても、チャンスが巡ってこなければ、ぱっとしない二代目としてだらだらと後を継ぐ事になる。プライドの高いハンスにはそれが我慢できなかったのだ。


 両親が家を出た翌日からハンスは行動を開始した。

 親の仕事を見る機会の多かったハンスは、大きな利益を生むためには莫大な投資が必要であることを良く知っていた。

 資金はたくさんある。家を任されるという事は、潤沢な資金を使っていいという事である。むしろ、持て余さずに使わなければならないとハンスは確信していた。


 その資金を使った最大風速の投資といえば何か。

 ――それは都市開発の一端を担う事である。

 ハンスは自分の力で金を動かす事を目的としていた為、親の手垢のついた業者を使う事を良しとしなかった。

 しかし、それが失敗だった。


 実際のところ、ハンスのプライドの高さと投資・経営能力の高さは反比例していた。

 ぐいぐい進む姿勢は親からも良く思われていたのだが、あと一歩先を確認する慎重さが足りなかった。


 そして何よりも、絶望的に運が無かった。


 ハンスが委託した建設会社は、ことごとく倒産した。

 莫大な委託金は持ち逃げされ、あとに残ったのは中途半端に手を付けられた土地と、途方も無い借金である。

 多方面に対して事前に打ち出していた開発後の計画や、自信満々に行ったリップサービスによる先約もあり、開発計画が頓挫(とんざ)すれば、それこそ西園寺家の失墜に直結するという状況に陥ってしまう。


 ハンスは最後に残された信用と、個人的な貯金すべて、そして現在住んでいる屋敷を担保に資金繰りをする事を余儀なくされてしまったのだった。


 ……要するに、ハンスたちの状況を簡潔に述べると「貴族だけど今は借金だらけで貧乏」である。



「兄さん……兄さん?」

「はっ……! ごめん。なんだか意識が遠のいていたみたいだ」

「兄さんは本当に無理ばっかりしてるんだから。私がいつでもサポートしてあげますから、なんでも言ってくださいね。 はい、ひざまくら〜。頭をこちらに」

「いやいや! いいって、そういうのは」


 まるっこがややブラコン気味になってしまっている事を責められる者はいない。

 事業が大きく傾いた時、ハンスは今までに無い失敗経験から体重が10kg落ち、7日間引きこもり、3日間風呂に入らないなど、明らかに憔悴(しょうすい)してしまったのだ。

 そんな激痩せしたハンスを影から支え続けたまるっこは、真に兄思いの妹であった。

 ハンスの分までご飯をよそったり、元気が出るようおいしい味噌汁を作れるようになったり、ハンスがヤクザに殴られた時なんかは逆に殴り返したりもした。


 そういう事を繰り返すうちに、いつしか兄を守り、兄を完璧にサポートをする妹である事に陶酔(とうすい)していってしまったのだ。


「いーえ兄さん。兄さんは頑張りすぎなんです。私がたくさん甘えさせてあげますから、ふふふ。以前みたいに……さあ」

「くっ……」


 ハンスは妹に逆らえない。

 こうなってしまったのは自分のせいである事を強く自覚しているからだ。

 歪んでしまった妹がとる行動のうちの一つ「甘えさせてあげる」は「甘えさせてほしい」だという事にも薄々気付いていた。


 しかし兄妹同士。依存する関係の行き着く先は破滅である。


 だからせめて学校の時などは距離をとり、自分の時間を作ってもらいたかった。

 嫉妬がものすごくてヤンデレ化したらシャレにならないからとか、そういう懸念もまあ、ちょっとはあるかもしれないが、基本的に妹想いな兄なのである。



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