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12話 ネコさんかわいいやったー

 

 今日のハンバーガーセットはシーフードだった。

 魚介類って鮭くらいしか食べたことがなかったけど、これはこれで美味しかった。

 沢渡いわく、ホタテ・カニ・エビ・イソギンチャクが入っていたらしい。

 ほとんど分からなかったけどカニってザリガニの一種かな。クマって結構なんでも食べる方だけど、人間はちょっとやりすぎだと思う。

 それにしてもこの辺は海があるのかな。海って見たことないのでぜひ一度は行ってみたいと思った。



 三日目の教室の黒板には「担任遅刻。時間になったら地下の訓練場へ」と簡潔に書かれていた。

 ここまで続くとみんな慣れたもので、黒板にツッコミを入れる人はいなかった。その代わり、教卓の花瓶を褒める人が続出した。まるっこはいけ好かないやつだけど、そのカリスマ性は私も認めざるを得ない。


 訓練場に移動すると、赤いジャージ姿のネコさんが等身大の木製人形をセットしているところだった。


「お、みんな来たみたいだね。それじゃあ、せいれーつ!」


 クラスメイトたちが顔を見合わせてざわつき始める。

 整列と言われてもどう並べばいいのか分からなかった。


「あはは! ハチスカが担任なんだっけ。出席番号なんてあるわけないよね。はいじゃあ自由にしてね」


 ネコさんは軽やかに人形に飛び乗ると、体勢を崩さずに立ったまま自己紹介を始めた。

 なんというバランス感覚。


「私はイェーネコ。呼びづらいだろうからネコでいいよ。今日の授業は初回ということで、初級魔法をやっていくよ!」


 先生モードだとどうなるんだろうと思ってたけど、いつも通りのフレンドリーなネコさんだった。

 というか、ネコってニックネームだったのか。


「はい先生! 教員の(かた)はみんな二つ名を持っていると聞いたんですけど」

「え。知りたいの……? どうせ名前で呼ぶんだから別によくない?」


 好奇心旺盛そうな男子から早速質問が飛んだ。やっぱりネコさん相手だと親しみやすさを感じるみたいだ。


「知りたいです! 二つ名ってその人の得意な魔法とかを表してるんでしょ?」

「いや別にそういうワケでもないよ? 校長が勝手に付けてるんだから」


 なんだか歯切れの悪くなったネコさんと食い下がる男子。

 人形の頭の上でもじもじとしてるのに、まるでバランスを崩す様子がない。


「まあ別に隠すつもりはないんだけどさ。……漆黒の調律者(ダークバランサー)だよ」


 ネコさんは観念したように人形から降りて、砂の地面に文字を書いていった。


「か、かっこいい。なんでそんな二つ名なんです?」

「もう全然わかんない。校長が私に会ってすぐに決めちゃったんだよ? あんまりじゃない?」

「黒髪に黒しっぽだからダークっていうのは分かるけど、調律者ってなんだろうねー」


 授業そっちのけでネコ先生の話題になっていく生徒一同。


「音楽とか音をあやつる魔法なんかが得意だったりしますの?」

「ぜんぜん。音波みたいにマナを飛ばしてサーチする魔法なら私より上手いのがいるし。っていうか校長、見た目だけで決めちゃったからね」


 生真面目なまるっこも授業よりネコ先生に関心を示しているあたり、やっぱり好かれやすい人なんだなぁ。ちょっと羨ましい。

 ちなみに、私はなんとなくこの話題の解答にたどり着いてしまっている。

 きっとこの中で答えが分かるのは私くらいなものだろう。

 そう、お風呂場での長い付き合いがある私だけ――


「うむ。おそらく身体のバランスだろうな」


 なにィ!? 沢渡おまえ! みたのか!


「確かにこの通り、平衡感覚には自身あるけど……そんなの見ただけで分かるかにゃあ?」


 ふたたび人形に飛び乗るネコ先生。

 ダボッとしたジャージを着ているので、低身長ながらの奇跡的なプロポーションは想像もつかないはずだよ沢渡?


「ネコ先生の歩き方や立ち振る舞いを見れば体幹の良さが分かる。無意識の体動ほどそれが如実に表れる。武道をやっている者であれば、それは直感的に気付いてしまうものだ」


 なるほど。いっしゅん焦ったけど沢渡らしい着眼点だ。


「ほえーすごいね。私の得意な魔法は身体に付与(エンチャント)して動かすものだから、沢渡くんほどじゃないけど鍛えられてるのかも……あっ」


 ネコ先生が何かに気付いた表情で私を見た。

 ……いやーんとか言いそうな身体を隠すポーズで。


「あの、はやく授業やりませんか!」


 なぜか私がすけべな悪者みたいに皆の視線が集まり始めたので、話題を打ち切る事にした。




 それから授業は滞りなく始まり、簡単な座学のあと、実際に魔法を使った訓練に移っていった。


「じゃあ次は向こうの木人形を、触れずに倒す訓練をやるよー!」

「おー!」


 生徒のレスポンスが素晴らしい。ネコ先生が何か言うたびに元気のいい声で返事がかえってくる。

 ネコ先生が担任なら良かったのにという声が上がることも数度あったけど、ネコ先生は「あいつはあいつでいいところあるから……」と微妙そうな表情でフォローを繰り返していた。

 そのやり取りは今後も何度か繰り返されるわけだけど、生徒たちが本気でワガママを言っているというよりは、健気なネコさんを見たくてつい言ってしまうといった感じだろうか。まあ実際ネコさんかわいいし、私もその一挙手一投足をずっと眺めていたい――


「おーい。ありすちゃーん。きみの番だぞー」

「はっ、トリップしかけていた……」

「あはは! のぼせるにはまだ早いよ? ここはお風呂じゃないんだから」

「ネコさんそれ以上いけない!」


 なんというか一部から突き刺さるような視線を感じる。

 この短い時間でネコさんガチ勢みたいなのが誕生したに違いない。

 クマ時代の知識が確かであれば、そういうのってファンクラブみたいなのを立ち上げて、その中で上席に名を連ねている人に許可を得ないと親密な会話をしてはいけないみたいな感じの人たちだ。下位の会員が一日で二回挨拶をしてしまうとそれだけでペナルティを課せられてしまったりとか恐ろしい組織になっていくに違いなくってそれでそれで――


「?? アリスちゃん? もしかして本当に体調わるいの? 一緒に保健室――」


このセリフもまずい! 全部言われたら私がファンクラブに消されてしまう!


「とりゃあ! 泡撃(ハイドロキャノン)!」


 いいから早く飛んでいけと念を込めた泡撃が木人形にぶつかり、人形は水びたしになりながら倒れた。


「おお? すごい! 泡で人形倒す人なんて初めて見たよ」


 なぜか拍手が沸き起こっていた。

 そのあとみんなの魔法を見てみると、ほとんどの人が火球を使って人形を倒している。


「うーん……みんな普通に人形倒しちゃうから教えがいがないなぁ」


 そしていよいよ沢渡の出番になった。


「あ、沢渡くんは魔法苦手なんだっけ?」

「苦手というか、無理らしいな」

「いちおうやってみよっか? ダメ元でいいから」

「うむ……」


 なんだか逆上がりをおしえる先生みたいだ。

 とそこまで考えて、逆上がりを教えてもらう沢渡って面白いなぁと思ってニヤニヤしてしまう。


「無心の型……正拳突き!」


 もう魔法の詠唱すら放棄してるじゃん。


「おおう……?」


 沢渡は右拳を遠くの人形に突き出したまま固まっていた。残心というやつだろうか。

 ちなみに人形は微動だにしていない。


「よし、先生がお手本を見せましょう!」


 ネコ先生が構える。それまでの和やかな空気が一変して、皆がネコ先生の作り出す魔法を見守った。


「いい? 今回の目標は人形をばったんと倒すだけだからね。 そういう時にぴったりな魔法があるんだよ。 魔法と呼んでいいのかも怪しいくらい簡単なやつだよ。ほいっ」


 ネコ先生が地面を蹴ると、砂埃(すなぼこり)が舞い上がった。


「マナ撃ち! ばきゅーん!」


 拳銃を模した人差し指から、圧縮された空気のようなものが砂埃を押しのけて人形へと進んでいく。

 それは人形にたどり着くと、ぱしんっと小さな破裂音を鳴らすと同時に人形を倒して霧散した。


「……マナをそのまま解放しただけ?」


 生徒の誰かが少し落胆したような声でそう呟いた。


「これだけでいいんだよ。火とかわざわざ練る必要はありませんでしたー。 でも基礎中の基礎だから甘く見ないようにね。ほいっマナ撃ち」


 ネコ先生は振り返りざまに別の人形へ指の拳銃を向けると、物凄い爆発音がした後に人形は訓練場の壁に叩きつけられた。


「うわぁ……えぐい」

「あはは。ハチスカがやってるやつはね、実はほとんど()()だから。極めるとすごいんだぞぉ」


 その後の訓練時間はほとんどマナ撃ちに費やした。

 ネコ先生の言う通り、簡単だけど奥の深いものであることが分かった。

 短い詠唱と集中で使えて、魔力量のコントロールも容易い。だからこそ一瞬で判断して発射するための、いわゆる魔法の瞬発力のようなものを試される訓練だった。


 ふと、沢渡はどうしてるんだろうと思って見に行くとネコ先生と特訓? を行なっていた。


 魔法を一方的に撃ち込まれているのだから、きっと特訓に違いない。もしそうでないのなら、私の頭がどうにかなりそうだ。


「むうんっ……。もっと強く……むむぅんっ……いいぞぉ」


 直接身体で受け止めたり、例の殴って打ち消したりを繰り返しているようだった。


「そ、その声……なんとかならないかにゃあ?」

「すまん。気合いを入れるとどうしてもな。気をつける」


 沢渡が魔法を受けるたびに出る声が気になるらしい。確かにちょっとキモチワルイ。

 でも私は、その声が出るたびに微妙な表情になるネコ先生の方が気になって仕方がなかった。こう、悪戯心(いたずらごころ)をくすぐられるいうか……私にそんな気はないはずなんだけど。やっぱりネコ先生ファンクラブが立ち上がったら入ってみようかな。


「こら沢渡。ネコ先生困ってるでしょ」

「む。そういえば魔法行使は疲労を伴うんだったか」

「いや、そこはあんまし気にしないでいいよ。これ全然魔力使わないしね。でも、どうかな? 手応えあったかな?」

「うむ。ちょっとやってみるか」


 沢渡は特訓の成果を見せてくれるらしく、人形から離れて向かい合った。


「どきどき」

「一体何が始まるんです?」

「第三の魔法、とでも言うべきかな」


 にやりと笑うネコ先生。沢渡もとうとう魔法を使えるようになる時がきたのか。


「無心の型……」


 閉じた目をゆっくりと開いて深く腰を落とす沢渡。さっきこれで失敗してたけど大丈夫なのだろうか。


「正拳突き! ハァッ!」


 これは横にいた私でも分かった。さっきと全然違う。

 沢渡が拳を振り抜いた瞬間に、ぱしんっと破裂音がして風が吹いたのだ。

 そして木人形はほぼ同時に倒れていた。


「おおお成功だよ! すごいすごい」

「筋肉の沢渡が魔法を……!」


 沢渡が残心からの一礼をすると、拍手が沸き起こった。


「これもマナ撃ちなの?」

「ある意味……マナ撃ちというより、マナ打ち?」

「うむ。空気中のマナを殴り飛ばしたのだ」


 沢渡が簡潔に説明してくれた。なるほど。


「って納得できるかー!」

「面白いよねぇ。 私のマナ撃ちが木人形にぶつかったのを見て思い付いたらしいよ」

「魔力を持たない木人形にあの衝撃波がぶつかるという事は、逆もあり得るのではないかと思ってな」

「えぇー……」


 まあ、確かに木人形にマナ撃ちがぶつかる音と、沢渡が空パンチした時の破裂音は同じように聞こえた。


「マナがどんなものなのか意識する事が肝要だった。やみくもに拳を振るうだけではマナが分散するだけだからな」

「それでネコ先生からたくさんマナ撃ちを浴びてたのね」


 うーん。しかしこれを魔法と認めるのはいかがなものか。脳筋な沢渡のアイデンティティが危ぶまれるとおもう。

 筋肉魔法とでも名付けておこうかな。



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