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1話 異世界鉄道の夜

 

 2019年冬。日本。

 霊峰有栖山(ありすさん)(いただき)にて、二者の戦士が対峙していた。


「ふっ……探したぞ。強者よ」


 一方は人間。

 しかしこの冬の山において、上半身が裸である。

 鍛え抜かれた肉体からは蒸気を吹き出し、降りかかる雪を片っ端から蒸発させている。


「グルルルルル……」


 もう一方は赤金色の体毛をした巨大な熊。

 有栖山に封印されし妖怪とも、千年を生きる神獣とも言われ、住民からは最強の生物として畏怖される存在である。


「冬眠もせずに捕食を続けているらしいな? 俺はどうだ。 うまそうか」


 男は挑発するように熊へと筋肉を見せつける。


「グオォォオオアアッッ!」


 対する熊は、それを戦闘の合図とみなし、男へと真っ直ぐ駆け出した。

 男は両足をしっかりと地につけてそれを迎え打たんとする。


「かかってこい強者よ! 俺の名は沢渡さわたり。お前を乗り越えて真の強者となる者だッッ」



 静寂の山に鳴り響く魂のぶつかり合いは、陽が沈むまで続いた。


 再び静かな時間が戻ったころ、山頂にはまだ二つの影があった。



「グルルルル……」


 大熊は生きていた。

 大の字に横になり、疲労困ぱいの様相を呈している。


「くはははは! お互い、強者であったな!」


 男も生きている。

 胸には大熊の爪痕が十字に刻まれ、赤い血が流れ出している。



 長き戦いの行く末はWKO(ダブルケーオー)。引き分けとなったのだった。



 それから数週間後のこと。

 有栖山には春が訪れていた。

 禿げ上がっていた木々は桜色に染まり、凍てついていた川も今は魚がたくさん泳いでいる。冬眠から目覚めた動物達も豊かな山に歓喜していた。



「ふう。食った食った、今日もご馳走様」


 沢渡は綺麗に骨だけを残した魚を土に埋めながら言った。


「この傷もすっかり良くなった。感謝する、クマ吉」

「グルル……」


 奇妙なことに、沢渡と大熊は肩を並べて食事を()っていた。

 冬の決闘の後、大熊は貴重な食料である蜂蜜(はちみつ)を沢渡の手当てに使った。

 それからは、沢渡は恩を返すように狩の手伝いをしたり、そのお返しとばかりに大熊も食事をシェアしたりして、二人に信頼関係が築かれていった。


「クマ吉。そろそろ再戦してもいい頃合ではないか?」


 沢渡にとって、休息はあくまでも次の決闘までの準備でしかない。


「グル……」


 しかし大熊にしてみれば、仲良くなった者同士の争いは、あまり好ましいものではなかった。


「今日も駄目か。まあお前がそう言うのなら、俺は待つ事にする」



 その日の夜、二人は輝く星空を見上げながら寝転んでいた。


「なあ、クマ吉よ」

「……」


 ここだけの話、実は大熊はクマ吉と呼ばれる事を嫌っている。

 なので、出来るだけクマ吉と呼ばれた時は返事を返さないようにしていた。

 しかし、当の沢渡にはそんな機微は備わってないので無駄な労力である。


「俺は自分を鍛えるのが大好きだ。そのためにお前に挑んだ。だが、それを続けて世界最強をモノにして、その後は何が残ると思う?」

「グルルルル」


 大熊的にはあんまり興味のない話である。自分と対等の友人を手に入れた今、いかにして彼の興味を引き付け続けられるかという、野生生物には難しい問題で頭が一杯なのだ。


「結局は、鍛練なのだ。最強という称号は誰もが欲しがる非常に魅力的なものではある。だが、それは終わりを意味するものだ。最強という冠に溺れてしまえば、待っているのは堕落。いかにしてその座を維持し続けられるかという守りの姿勢に入ってしまうのだ。だから、俺は最強の為の鍛練ではなく、鍛練のための鍛練を重ねるのだ。分かるか?」

「?」


 おそらく普通の人間が聞いても「何言ってんだこいつ」くらいの内容である。


「たとえ俺がお前に勝ったとしても、俺もお前もそれで終わりじゃないという事だ」

「!」


 機微は読めないが、核心は突く。

 沢渡とはそういう男である。



 それから二人が無言で寝そべっていると、場違いな少年の声が聞こえた。


「ああ、遅刻しちゃう……」


 声はどんどん二人の方へ近づいてくる。


「本当は行きたくないけど! ああ、でも遅刻しちゃう……おや?」


 二人の前に登場した少年は、およそ高山の山頂付近には似つかわしくない、これから学校でも行くのかという出で立ちである。


「子供はもう寝る時間だぞ」

「グルルルル!」


 大熊は「あんた何者よ、あきらかにおかしいでしょ」という感情を込めて(うな)っている。


「なんか、クマさんの方が知的……? 僕は通学中の学生だよ」


 不思議な少年はクマ語を理解していた。


「グルルルルガウガウ」

「具体的に教えろって? いいよ。えーっとね、魔法学校へ向かう列車がもうすぐここに到着するんだ。それに乗らないといけないんだけど……ああ、行きたくないなぁ〜〜〜」


 少年は心底嫌そうに星空を見つめている。

 二人もそれに(なら)うように空を見上げた。

 マッチョと巨大熊と学生少年。インザ高山。

 一人だけでも奇妙な存在。それが三人並んだ異様な光景を、周りの動物達は固唾を飲んで見守っている。


「少年よ。俺が言うのもなんだが、勉強は出来る内にすべきだ」

「……お兄さん話聞いてた? 普通の学校じゃないんだよ。僕は日本の平和な学校がいいんだ」

「ガウガウ?」

「そう、危険な場所なんだ。人狼とかドラゴンとかと戦うこともあるって。弱いとすぐ死ぬって爺ちゃんに脅かされたんだ……」

「ほう!」


 沢渡の目がキラキラと輝き出す。


「……お兄さん、興味あるの?」

「うむ。俺は常に強者に飢えている」

「おお! それなら僕の代わりに入学してよ」


 少年は虹色のチケットを沢渡に手渡した。


「替え玉か。俺と君だとすぐにバレないか?」

「そこは安心して。この世界の容姿や名前はあんまり関係ないから。日本代表とでも名乗ればいいよ」

「了解した」



 それから三人は列車が来るまで星空を見上げていた。


「きたよ」


 少年が空を指差した先に半透明の列車がゆっくりと姿を現わす。


「ガウ!?」

「でかいな。何両編成なんだ」


 列車は大きく弧を描くように山へと降りてきて、透明だった車両が山頂へと到着する頃には、すっかりと実体を現していた。


「うひゃあ、僕も見たのは初めて……。えーっと、チケットを持って近付けば乗車出来るはずだよ」

「やってみよう」


 沢渡が虹色のチケットを胸のあたりまで持ち上げながら列車の扉まで歩くと、プシュッと空気の抜けるような音がして扉が開く。


「妙な列車だが、面白い」


 沢渡が足を踏み入れた室内は、ずっしりと足が沈み込むような絨毯(じゅうたん)を始めとした、暖色系の豪華な内装になっていた。


「ガウガウ……グオッ!?」


 大熊も沢渡に続こうとすると、何かにぶつかったかのように弾かれてしまった。


「チケットが無いと中に入れないみたいだね。僕の一枚分だけしかなかったから、クマさんは……」

「グル……」

「まあまあ、これからは僕が友達になってあげるから」


 列車が汽笛を鳴らし、再び駆動音を響かせて扉が閉まる。


「お、もう出発――ん?」


 閉まった扉に指が何本か挟まれていた。


「ちょっ!」

「ぐぬぬぬッ」


 扉が無理やりこじ開けられる。


「はァーーッ!」


 扉が完全に開かれると同時に、プシュプシュと明らかに調子が狂った音が鳴り始める。


「うわー、壊したー……」

「クマ吉。俺に考えがある」

「ガルル?」


 沢渡は列車から降りて、虹色のチケットを大熊に手渡しながら言った。


「さあ乗るんだクマ吉。きっと列車は待ってくれない」

「ガルルグオォ……?」

「心配するな、俺も絶対に一緒に行く。さあ早く!」


 沢渡が困惑する大熊の尻を車内へ押し込む。それと同時に、ピシャッと鋭い音を立てて扉は閉まってしまった。


「お兄さん、どうするの? チケット一枚しかないけど」

「俺にVIP席は似合わんのでな。エコノミー席に乗せてもらおう」


 列車のボディをぺたぺたと触り始める沢渡。


「いやいや! 話聞いてた? そもそも中に入ることが……って、まさか」


 列車が汽笛を上げると同時に動き出す。扉は完全に閉まっている。


「よっ、と……ここが満天の星空が見えるエコノミー席だ」


 沢渡は列車によじ登り、その上に座り込んだ。


「うわー! バカだー!」

「それではな少年。学校は毎日通うんだぞ。困ったことがあったら山の中腹にある寺に行くといい」


 半裸の男を屋根に乗せた列車はどんどん加速していく。


「うんありがとう……じゃなくてー! おにいさん、降りてー! 外側はほんとに危険なんだー!!」

「ははは! 少年よ! 人はこの高さから降りたら死ぬ!」


 既に列車は有栖山の遥か上空に。

 それでもまだまだ加速を続ける。


「むう、空気が薄くなってきたな」


 だがこれもまた鍛練なり、と沢渡はほくそ笑む。

 四肢を引き裂きそうなほどの暴風が止む頃に、沢渡は宇宙の神秘を目撃した。


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