訓練
軍隊の基地にある大きな運動場(属な言い方をすると東京ドーム2つ分ほど)に16歳の男女数百人が少し前に自宅に届けられていた制服を着て、並んでいた。その中にカズヤ、リョウ、マリの姿もあった。彼らの前には1人の中年男性が立っていた。膝の高さまである白のロングコートを羽織っている。顔に深く刻まれたシワがあり、髪は真っ白に染まっている。だが髪型もヒゲも清潔に保たれ、幾分かは若く見える。しかし、おっさんだ。そんなおっさんが衝撃的なことを言い出す。
「私は勇者だ。」
その場にいた新入生がそのおっさんの第一声に恐怖した。とは言っても圧倒的な力の前での恐怖などではない。この年のおっさんが放つ冗談としてはあまりにもやばいことへの恐怖だ。この世界には悪魔やアンドロイドはいても勇者などという職業はない。お話の中だけだ。そんな新入生の反応には慣れているのだろう。動揺せずに話を続ける。
「いきなり失礼した。私の名前は武田 アダムだ。アダムは漢字で男と書く。本名だ。そして、勇者というのは役職だ。これに関しては後に学んでもらうこととなる。しかし、今はお前達の教育担当だ教育担当は何人かいるが俺がトップだ。よって、俺のことは先生と呼べ。 」
そんなどこから突っ込んでいいかわからない自己紹介を強面なおっさんにされては誰も反応することは出来ない。
そんな新入生の反応はまたもやアダムの想定の範疇だった。
「自己紹介はここまでにして本題だ。お前達は軍隊に入ることを選んだ。つまり、異種族のクソ野郎どもと前線で戦わなければならない。そこで羊の糞でも食ってた方がマシなくらいのきつい訓練を受けてもらう。それは1匹でも多くクソ野郎共を蹴散らすためだ。せいぜい死なないように頑張れ。以上だ。」
新入生の6分の1はチビらせたであろうこの演説を聞き終えると、新入生はそれぞれ自分の横にある大きな荷物を持ち宿舎へと案内された。
男子棟と女子棟は向かい合うような形で別れている。なのでカズヤ、リョウ、マリは別々の部屋となった。部屋割りはランダムなのでカズヤとリョウは違う部屋だった。部屋は洋風のホテルのような作りで、広さはあまりなかった。テレビもエアコンも風呂もトイレも大体のものは備わっていたので十分だった。そして、寝室には部屋の雰囲気をぶち壊す二段ベッドが2つ窮屈にならべてあるのでまだ3人ルームメイトが来るはずだ。すると、
バタン!
勢いよく部屋の扉が開き、
「よお!お前らが俺のルームメイトかー。俺の名前は永瀬 豪だ。よろしくな。」
絡みにくそうなやつが入ってきた。髪は赤く染められ荒れ狂う波のように固められている。
その後には静かそうなやつがいた。こっちはサラサラな黒髪に眼鏡をかけている。
「ほら!お前も挨拶しろよ!」
絡みにくそうなやつは静かそうなやつに無理やり頭を下げさせた。どうやら顔見知りらしい。
「どうも。長谷川 なぎさです。」
ぎこちない挨拶に返事をする。
「2人ともよろしくな。カズヤだ。」
そうして一通りの挨拶を交わし、荷物を広げていると
ギィィぃー
さっきより優しく扉が開いた。本来これが普通の入り方だ。
「やぁ。君たちが僕のルームメイトかい?僕は早乙女 王子っていうんだ。よろしくね✨」
次は白い肌に金の髪を右手でサラサラさせている典型的なナルシストだ。
カズヤ立ち3人は顔を見合わせ頷き。何も話さず再び荷物に向き合う。
「あれー?おかしいなー聞こえてないのかなー。僕の美声が✨」
、、、、、、
「ちょっとくらい反応してくれたっていいじゃないかー。」
、、、、、、、、、、、、
「いや、ごめんて。ほんとごめん。僕まだ友達いないんだって。名前も嘘です。木村 四郎と言います。反応してくださいおねがいします。」
焦ったように早口になりながらキャラを崩壊させていくめちゃくちゃ普通な名前の四郎くん。流石に可哀想になってきたので反応してあげる。
「すまんすまん。キャラが強すぎたもんでいじってやりたくなった。」
「ごめん。やりすぎた。」
豪に続いて謝るとなぎさも続いた。
「僕もごめんね。」
「分かってくれればいいんだよ✨」
嬉しそうに笑ったあと思い出したかのようにナルシストキャラを復活させた四郎くんを全力でシカトしながら3人でアダムについて話し始める。
「それにしてもアダムの自己紹介凄かったな。」
「アダムったらあの見た目で勇者なんて言い出しちゃうもんね。」
豪と王子の中で先生呼びは定着しなさそうだ。
「お前ら、アダム怒ったらやばそうだからそんな口の利き方本人の前で絶対すんなよ?」
「そうだよ?そんなことしたら2人ともアダムに軍隊から追い出されちゃうかもしれないんだからね?」
そう言っているなぎさもアダムと読んでいる。
「わーってるよ。」
「だいじょーぶ✨」
分かっていなさそうだ。
「あー、今日は訓練なしだし、夕飯まで少し暇だなぁ。」
「じゃー、建物の中を見て回らないかい?」
「お、たまにはましなことも言うんだな」
「うわー、ショッピー。」
王子はショックを受けた時ショッピーと言うらしい。理由を考えていたらこいつとは付き合っていけなさそうだった。
そして、建物を見回ることに関してはなぎさは豪について行くだろうから3人は行く気満々だ。しかし、カズヤは違った。
「俺はやめとくよ、予定があるんだ。」
基地の中から出ることは許されていないので予定があること自体不審であることを2人はすぐに感じ取った。
「あっはっはっはー。ちょっと話聞かせろやこら。」
「ころすよ✨」
いつものナルシストスマイルで殺害予告されても困る。
あらぬ誤解を生んでしまいカズヤは焦った。
「ちげーって。兄妹と話すことがあるだけだよ。」
「あーあの時のかわい子ちゃんと爽やかイケメンかー。」
「知ってるのか?」
「まあな。ここに来る途中で話しかけられたんだ。もう1人の兄妹を探してるんだけどってさ。こんだけ新入生がいたって3つ子なんてお前らぐらいだろ。」
「なるほど。なら話が早い。これで俺が殺されることはないな?」
「そーだな。」
「ちぇー。つまんないのー。」
この2人はリア充を殺す趣味があるようだ。気おつけよう。しかし、そうなるのも当然だ。ここは軍隊なのだから女子が少ないのは必然である。運動場で見た感じ3割といったところか。
そして、何も突っ込んでこなかったあたりを見てなぎさはこの手の話は苦手らしい。
そんなことをしている間に待ち合わせ時間を過ぎていた。
「わりぃ、もう時間だからいくわ。」
殺されそうな状況から逃げるように部屋を出た。
運動場から宿舎へと向かう途中に倉庫のような小さな小屋を発見していた。それは木で出来ており。ひどくボロボロだったので監視カメラもほかの人もいないと判断し、ここで集合しようと決めたのだった。
カズヤがぼろ倉庫についた頃には2人はもう中で待っていた。
「わるい。待たせたな。ルームメイトにあらぬ容疑をかけられてな。」
その言葉の意味は2人には分からなかったが既にルームメイトと話せる仲まで言っいることに驚いていた。
「もうルームメイトと仲良くなったんだ。」
「カズヤは人見知りなはず。」
失礼なものだ。1つ咳払いをし、気を取り直して話を始める。
「リョウの角とマリの機械は隠し通せそうか?ルームメイトとは長く一緒にいるから厳しいだろうけど。」
同年代とはいえ異種族への嫌悪は大人と同じものだ。バレることは決して許されないことなのである。
「角は幻術で隠せるから大丈夫かな。」
「私も部分的にステルスモードにすることに成功している。ので、大丈夫。」
「なら良かった。万が一にもバレることは絶対に許されない気を抜くなよ。」
2人が頷いたのを確認し、次の話題へと移る。
「ここで行う訓練てどんなものがあるんだっけか。」
「確か戦うことに関しての技術は全て習うはずだよ。あと、悪魔やアンドロイド、歴史に関する知識、料理や狩猟などの技術も習うはずだったかな。」
「とりあえずなんでも出来るようになっとけってところか。」
「私は日常生活や簡単な武術程度ならサーバーからダウンロードできるから問題ない。」
アンドロイドは個々の経験をサーバーと呼ばれる場所に送っている。だから他の機体の力をダウンロードすることが出来るらしい。アクセス権限はリーダーであるコアアンドロイドから認められるほど強くなる。
「前から思ってたけどそれほんとに便利な。」
「僕らにはそんな力ないから羨ましいよ。だけどちゃんと訓練には参加しなよ?」
「どうして?」
「訓練もしていないのになんでも出来るなんて人間ではありえないからだよ。」
「わかった。」
少し残念そうにマリが頷く。
こんな感じで第1回兄妹会議は終了し、各自の部屋へ戻って行った。
カズヤが部屋へ戻ると豪、なぎさ、四郎がそれぞれのベッドから顔を出して話していた。
「僕と同じ金髪のあの子はとてもキュートだったね✨」
「何言ってんだ王子。その横にいた大人な雰囲気を出した美女がみえなかったのか?」
2人は既に自らのアイドルを見つけていた。カズヤが出ていったあとアイドル探しをしていたのだろう。それより王子呼びが気になった。
「2人とも喧嘩はダメだよ。」
なぎさが止めているようだか2人の耳には届いていない。
「ほら、そろそろ夕飯だぞ。食堂に行こう。」
よっぽど腹が減っていたのかカズヤの言葉は2人の耳に届いた。
「飯か!」
「ディナーの時間だね?✨」
獣のように飯を求める2人を背になぎさが言った。
「ありがとう。」
「そんな感謝されるようなことでもないだろ。」
などと話しながらクスクスと笑った。
4人で食堂へ向かっていると同じく部屋から出てきた4人組を何組か見かけた。だが、それらはカズヤ達のように仲良く話すような仲ではなさそうだった。それも無理はない。命をかけて戦うための訓練をしに来た者達なのだからピリピリしているのも当然というものだ。
食堂についても話し声はほとんど聞こえない。話し合っているのは元から知り合いだった者達だけのようだ。
リョウとマリはお互い違う席に座っていたのでカズヤもルームメイトたちと食べることにした。
食堂は広い部屋にとても長い3つの机があるというものだった。テーブルの真ん中にはモッツァレラチーズピッツァ、カリカリのパン、ナポリタンなどが並べられている。決して豪華なものでは無いが美味しそうなものばかりだ。
4人で向き合って空いている席に座った。隣との間隔はそこそこ近かったがあまり気にしなかった。
「じゃ、みんなもう食べてるし俺らも頂くか。」
「そうだな。」
「いただきます。」
全員で声を揃えて食に感謝を述べる。
食べてみると案の定美味しい。軍のものとは思えない仕上がりだ。
隣の男ども4人ほどが話し始めた。カズヤたちほどではないとはいえ仲が良いようだった。会話を聞いていると
「お前ら結局3人の中で誰推しなんだ?俺は断然 山本 結菜ちゃんだがな。」
これは四郎が言っていた金髪の子のことである。
そしてこのマッチョの発言に緑髪のチビが答える。
「僕は 東雲 明莉 さんかなー。」
これは豪が推していると言っていた子のことだ。
「分かってねえなあガキは。結菜ちゃんこそ天使だ。」
「ただの筋肉にも言われたくないなー。」
豪と王子の喧嘩の再放送のとばっちりを受けたのは根暗イケメンだった。
「おいおまえはどーなんだ。」
根暗イケメンはそれを無視し、立ち上がり3つ左に座っていたカズヤの元へ歩いていった。そして、
「お前がそうなのか。俺をがっかりさせんじゃねーぞ。」
そう言いながら赤色の鋭い目でカズヤを睨み、自分の席に戻って行った。誰もその言葉の意味は分からなかったが最悪な空気になったことは間違いなかった。
そんな雰囲気の中、先程の会話を再開するほどのバカはいない。
「僕はきかれないんですかね、」
いた。ひょろひょろ猫背だ。こいつは空気が読めないらしい。
それを目線で殺したのは力斗だった。
「スミマセン」
ひょろひょろ猫背がただでさえ狭い肩幅をさらに縮めながら謝った。
カズヤが根暗イケメンの言葉の意味を探り始めたところで後ろから声が聞こえてきた。
「君たち、自分の噂話が聞こえてくるというのはとても気分が悪いのだけれど。やめて頂けないかしら。」
そう言ったのは東雲 明莉だった。そして、
「やめなよ。悪口を言ってたわけじゃないんだから。」
と、近くで見ていた山本 結菜が止めに入る。
男どもはそんな状況に喜びすらしていた。
「カズヤは女に興味が無い。ので、カズヤは噂話などしていない。」
そう言ったのはカズヤをかばうために来たマリだった。
「そ、それはどういう、、」
明莉の質問にマリが応える。悪い予感しかしない。
「そういうことよ。」
悪い予感は的中した。
「おい!そんなわけねえだろ!」
そんな弁解は誰の耳にも届かなかったことはカズヤに向けられているたくさんの白い目から判断出来る。
その場は明莉と結菜は自分の席に戻り男達は救われた。カズヤの犠牲と引き換えに。
その後、根暗イケメン以外の3人とは部屋で話すほど仲良くなった。彼ら3人も根暗イケメンとはルームメイトなだけでそこまで話せないらしい。
「まあ、根暗イケメンのことは時間が経てば仲良くなれるだろうということで。」
カズヤがまとめる形となったがみんな納得した。
わざとらしく話題を変えたのは豪だった。
「お互いもう普通に話せるようになってきたんだし自己紹介でもしたらどうだ。」
特に反対する者もいなかったので豪から始まった。
「じゃ、俺からだな。永瀬豪だ。南エリアの港町から来た。推しは明莉さんだ。」
あそこまで悲惨に嫌われたにも関わらず推しだの言えるのは尊敬すべきことだろう。そして、彼の色黒筋肉の謎が解けた。次は王子だ。
「次は僕だね。早乙女 王子です。見ての通りイケメンです✨推しは結菜ちゃんです。よろしくー。」
こいつは誰にも本名は呼ばせないつもりなのだろう。そして、イケメンだというのは本気で思っていることだ。誰も口には出さないが全員がそれを思っていた。
「は、はい。次は僕ですね。」
場をグチャグチャに荒らされたあとの自己紹介はなぎさだった。
「長谷川 なぎさです。豪君と同じところから来ました。よろしくお願いします。」
今のところ唯一のまともな自己紹介にカズヤは拍手を送る。
次はマッチョだ。
「野村力斗だ。中部エリアから来た。親がジムをやってるもんで俺もこんな感じだ。推しは結菜ちゃんだ。」
「乙女筋肉が結奈ちゃんかたるんじゃねえぞごらぁ。」
「これだから色黒野生筋肉は困る。結奈ちゃんの良さを分かってないのは君の方法じゃないのか?」
不毛な筋肉同士のぶつかり合いが始まった。
「筋肉はトレーニングルームで語り合ってください。」
筋肉たちにきつい言葉を浴びせたのは緑髪チビだった。
筋肉たちはその言葉に納得しトレーニングルームへと帰って行った。
「じゃーこのまま僕の自己紹介に移るね。僕の名前は峰山 颯太。身長はちっちゃいけど君たちと同い年だよ。出身は都心エリアで、お父さんの殺し屋の仕事を手伝ってました。よろしくお願いしまーす。」
ケロッと殺し屋カミングアウトしやがった。これからどう接するのか困りながらも何とか次に移った。
「木田 みのるです。北エリアです。よろしくお願いします。」
「アッハッハッハ それでおわりー?」
颯太が大きな声でみのるの自己紹介を笑う。おそらくそちらの部屋ではみのるが王子のような立ち位置なのだろう。
「最後は俺か。カズヤだ。中部エリアから兄妹3人で来た。これから訓練きついと思うけど全員で乗り越えたいと思ってる。よろしく。」
パチパチパチ
こうしてカズヤの自己紹介が終わったところで消灯時間のチャイムが鳴った。
「今日はここで終わりみたいだな。」
「そうだね。」
「じゃーみんなばいばーい。」
「お、お邪魔しました。」
16歳にもなったのに11時は少し早い気がするがルールはルールだ。連れてきていた3人は部屋へ返り。自分たちもベッドにつき、電気を消す。
「おやすみ。」
疲れが溜まっていることと安心しきっていることから全員すぐに寝息を立てていた。
次の日からどのような生活が待っているかも知らずに。
--------------軍隊生活初日終了---------------