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王子様は恋慕に落ちて  作者: 桂木イオ
2/6

DAY 2


早朝、海沿いを自転車で駆けた。ここには、俺の秘密基地がある。


 テトラポッドの林を抜けた先にある、浜辺の小さな洞窟。丁度大人3人が寝れる程度の空間だ。


「姫、お許しください。 私が真に愛しているのは、嵐の夜、この手を取ってくれた魚の姫なのです」


 台本を読みながら洞窟に向かう。この台本では、人魚姫は泡にならない。王子が命の恩人が人魚姫であることに気づき、姫との結婚を取りやめるのだ。


 王子が声の出ない少女が人魚姫だと気づくのは月の夜。眠れぬ夜に、人魚姫に嵐の日の出来事を話している場面だ。月明かりで光る人魚姫の瞳を見つめ、王子は岸辺の彼女をフラッシュバックする。


 それほど、魅力的な女性だったのだろう。


 俺は、俺なりに精一杯「王子」をやった。


「恋って・・・落ちたことねーもん知らんわ」


 そう言ってしまえば、元も子もないのは自分でもわかってはいた。


 殺人事件の犯人を演じる者が殺人を犯したことが無いように、俺はIFを想像して演じるしかない。


 だが俺には、その「もしも」すら描けなかった。


 波が途方も無く長い年月を経て削った崖の下。海水に濡れないよう注意して洞窟を覗くと、いつもは誰もいない暗闇の中で、何かが動いた。


「・・・」


 言葉で表すなら、驚愕。だが、眼前にいる「何か」を俺の乏しい語彙力で形容するのは、無粋なことだと一目見て思ってしまった。


 淡い水色の髪が、洞窟の暗がりでうっすらと白く光っている。


 蝋を造形して作ったのかと錯覚するほどの白い肌が、ゆるやかに曲線を描きながら、下半身の水色の魚の身体へと続いていた。


 俺に気づいていないのだろう。碧いビー玉のような色をした両眼は、ただ虚ろに水面を見つめている。


「・・・人、魚?」


 乾いた口から吐いた声は随分と間が抜けていた。いやいや、冷静になれよ的羽唐都木。人魚なんて本当にいるわけないだろう。


「・・・!」


 立ち尽くす俺に気づいたのだろう。青い彼女は俺の顔を見るや否や、怯えたように両手で身体を隠し、震えていた。


 その姿が、昨日の相川と重なった。


 怯える人を見るのは、やはり気分のいいものではない。


 だが、震える彼女に、どんな言葉をかけてればいいのだろう。


 悩みに悩んで、俺は結局自分の服をそっと彼女の肩にかけた。


「・・・」


「何もしねえよ。そんな顔すんな」


「・・・」


 白いシャツから僅かに見える乳房を見ないよう、目線をずらしながら、俺は彼女に尋ねた。


「お前、それ本物?」


「?」


 魚の鱗を指さすと、彼女は水面に浸していた尻尾をゆっくりとあげた。


 はっきりとした青の鱗達の先に、鱗と同じ青と、夕焼けはじまりのようなピンク色で彩られた大きな尻尾があった。


 熱帯魚を彷彿とさせる、美しい尻尾だが、その尻尾には所々に細かい穴が開いていた。


「怪我、してるのか」


 尻尾を水面に戻しながら、少女は頷く。


「俺を見て逃げられなかったのも、そのせいか」


「・・・」


 突然、少女は俺の手を取った。ひやりとした感触の白い指が、掌をなぞる。指は「クレア」と掌に文字を書いた。


「クレア?」


 白い指が、俺の掌で言葉を紡いでいる。


「なまえ。わたしたちは、ひととはなすと、あわになってしまうから」


 クレアは白い指を俺の掌で踊らせ、事情を説明してくれた。


 クレアは3人姉妹の末っ子で、姉妹と口喧嘩になり家出したところ、強い波に攫われ、鮫に襲われここまで命からがら逃げてきたという。


 どうして姉妹と喧嘩してしまったのか、なぜ人と話すと泡になってしまうのか。もっと詳しい話を聞きたかったが、時計は無慈悲に授業開始時間を告げていた。


「・・・やっべ。クレア、俺学校行ってくるから。またな」


 クレアの返事も聞かずに、俺は洞窟を飛び出すと、防波堤のすぐ横に止めておいた自転車に飛び乗り、学校へ急いだ。




「は~。それでそれで? 台本忘れてタンクトップ登校した変態さん。遅刻の理由が体調不良?」


「なんだよ藤崎。台本忘れたことは謝ったろ」


 時刻は放課後。部活を終えて帰ろうとした所を、後輩の藤崎千尋に捕まった。


「ノン。私は台本の事でわざわざ嫌味言ってる訳じゃないでーす」


 無視して自転車置き場へ向かう速度をあげると、同じペースで藤崎はついてくる。


「昼休みの練習もぼんやりしてたし、ねえ何かあったでしょ? 体調不良者はあんなに必死に自転車漕げないと思うんですよ。ねえねえ」


 うっぜえ。振り切ろうと全速力で走ると、隣を同じペースで、しかもこっちをみながら走ってくる。何者だよこの女。


「謎なんですよね。だって、的羽先輩は今まで遅刻も忘れ物もありませんでしたし、あんなギャグ仕様な感じで学校登校なんて今の今までなかったじゃないですか」


 全力疾走だというのに、藤崎は息を1つも乱すことなくつらつらと喋り、にこやかに笑いかけてくる。


 誰でもいい。誰か、この図に乗った後輩に天誅をかましてくれ。


「はぁ、お前、いい加減どっかいけ」


「やでーす。相川先輩だって、心配していましたよ? 的羽先輩が強姦されちゃったんじゃないかって」


「なんでだよ!?」


「真に受けないでください。心配はしていましたけど、強姦は冗談です☆」


 振り切れず、駐輪場に到着する。どうやら藤崎は俺が正直に話すまでついてくるつもりらしい。


「・・・おーけーおーけー。つまりお前は、俺の裁きの雷に打たれたいんだな」


「む。急に中二病臭くなりましたね。いいですよ」


 藤崎の笑顔の質が、変わる。瞳に帯びた、邪悪な色、さながら深海に沈んだ人間の白い骨を眺めては悦に入る「海の魔女」のようだ。


「さあ、可愛いおひいさん。その舌をお出し」


 こんな海の魔女の所へ行く人魚姫も怖かっただろう。俺なら絶対海で暮らす。


 俺はノリノリな後輩に、もしくはやる気満々な海の魔女に、そっと一冊の本を晒した。


「なっ・・・! 先輩、これをどこで・・・!?」


「ヒント。俺の妹」


「答えじゃないですか!! なんで! 松里ちゃんなんで!」


「机に置いてあった」


「あああああ!」


 魔女が頭を抱える。よほど俺にばれたことがショックだったのだろう。勢いを失った藤崎は、すっかり萎れてしまった。


「俺も読んでみたんだけど」


「読んだの!?」


「俺、受けなのな」


「うっ・・・」


「妹は逆がいいって・・・」


「私は的羽先輩総受けなんです! 相手が長谷先輩でも! 屋代先輩でも!」


「みんな男じゃねーか!」


「男だからいいんじゃないですか!!」


 藤崎は顔を覆うと「先輩の変態!」と叫びながらグランドの方へ駆けていった。数人の生徒がなんだなんだと俺の方に視線を向けているが、俺は何も悪くない。


 そりゃあ、人の趣味に土足で入ったのはいけないとは思うが、勝手に部員をモデルにして、あらぬ妄想をしている藤崎も藤崎だ。





 自転車を漕ぎ、通学路の坂道をブレーキを踏まずに駆け下りると、俺は一陣の風になった。


 汗で濡れた体操着が身体に張り付く。蜩の鳴き声を聞きながら、俺はクレアのいる海へ足を運んだ。


 思えば、夢のような出来事だ。もしかしたら、本当に夢だったのかもしれない。クレアは役になりきれない俺が見た幻だった。そんな可能性だって、あるんじゃないだろうか。


 だが、クレアは幻なんかじゃなく、ちゃん洞窟にいた。ほの暗い洞窟で、俺が朝置いていった台本を広げている。


「クレア」


 人魚は俺を見つけると、微かに笑った。青い髪に、整った白い顔があまりに綺麗で、見つめ返せば自分の中の何かが変わってしまいそうで、俺はなるべく目を合わせないようにしながら、クレアの隣に腰を降ろした。


 クレアは話したいことが山ほどあるようで、さっそく俺の手を取ると文字を書き始めた。


「このお話は?」


「人魚姫を書き換えたんだよ。学校の文化祭で発表するの」


「素敵。人魚姫は、泡にならないのね」


「そう。2人は結婚して、幸せになるんだ」


 よほど台本が気に入ったのか、クレアは上機嫌だ。こうして見ると、人魚であることを忘れてしまうが、時折見える魚の鱗が、彼女が人魚であることを何よりも証明していた。


「なあ、どうしてお前は、人と話すと泡になるんだ?」


 お伽話では、たしか薬の副作用のようなものだったはずだ。王子との結婚が成功できなければ、心臓がはじけて泡になってしまう。だとしたら、薬を飲んでいなければ、死ぬことはないだろう。


「それはね、人魚姫が泡になったことを人魚のお父様が悲しんで、魔女に全ての人魚に呪いをかけるよう命令したの。泡になってしまうのは、その呪いが私達に残っているから」


「つまり、クレアに関わらず、人魚は人間と話ができないのか」


 こくこくとクレアは頷くと、俺の名前が書かれてい箇所を白く細い指でなぞった。


「気になるのか?」


「これが書かれている場所だけ、とても汚れているから」


「俺が読む場所だからな」


「あなたの名前?」


「そう。的羽。まとば、からつぐ」


「まとば? からつぐ?」


「うん」


 クレアは俺の手を握ったまま、眉間に皺を寄せている。彼女はしばらく考えたあと、掌の上に言葉を書いた。


「2つあるのね。どちらで呼べばいいの?」


「どっちでもいいよ」


「じゃあ、からつぐがいいわ。響きがいいもの」


 穏やかな。


 まるで灯台の下でゆったりと揺れる波のような笑顔で、人魚は俺の掌にそんな言葉を残した。


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