Intoro 明日に向かって走れ
土砂降りの雨であった。
場所は街から馬車で半日ほどの距離にある木々が生い茂る街道であり、一台の幌のない鉄馬車がかなり飛ばしていた。鉄馬車とは鉄馬に引かせる馬車であり、その鉄馬とは馬を模した馬の人形であるが、魔石の力で疲れを知ることなく走り続けることが出来る魔道具の一種で、この世界では一般的に普及している。
鉄馬車に乗っているのは、一人の男だった。その名は、ジョージ・斉藤。密貿易を専門に行う違法商人である。
彼は今、追われていた。追ってきているのは冒険者のパーティーである。
空を切る音が一瞬聞こえ、進行方向の岩が砕ける。
「おおっと!? 」
思わず驚いて、手綱を操り落ちてくる岩を回避した。追っ手の中には対物ライフルで武装したエルフがいる。恐らく、その狙撃手だろう。しかし、今のは牽制であり、当てる気は無いに違いない。あちらの目的はあくまでも生け捕りである。生け捕りにして密輸ルートの解明のために、洗いざらい吐かされるだろう。そう、どんな手段を使ってでも。
それが判っているからこそ、彼は絶対に捕まるわけには行かなかった。冒険者がするわけではないが、冒険者が突き出す先の聖教会、その聖教会がどんな手段でも使ってくるはずだ。犯罪者や異端者を人扱いすらしない悪名高い教会なのだ。
「聖教会がどんなことしてくるか、本当に判っているんだろうな……」
このままでは追いつかれるのは、明白だろう。次の街まで、鉄馬に使っている魔石の魔力残量がギリギリといったところ。いや、僅かに足りないだろう。何度も何度も、牽制の射撃を繰り返してきて、その度に鉄馬車を左右に振っている。その緊急回避で相応に消耗されているのだ。
冒険者達は、殺そうと思えば殺せるが、殺さないために力をセーブしているのだ。
「なめんなよ。クソッが」
切り札はあることはある。だが、それは本当に切り札と言えるかわからないものだ。
召喚術。
この世界において、超のつく高等魔術として存在し、裏社会では関連する魔道具が高値で取引されている。その中の一つとして、出所が不明な怪しげな紙にサインをした。なんでもそれだけで、願いを叶えるために異世界の使者が召喚されてくると言う。
だが、未だに現れないことを考えると、詐欺に引っかかったのではないかと疑いもある。高値で取引される故に、偽物やでたらめな品も珍しくないのだ。彼としては最も信用できる筋ではあったのだが。
「ご機嫌は如何か? 私だ」
不意に奇妙な言葉が背後から聞こえてきた。思わず振り返ると、そこには真っ赤なコートに、真っ赤なハット、真っ赤な手袋、真っ赤なブーツを身にまとい、全身真っ赤な背の高い男が立っていた。
「お。おまえ!? 」
「サインしたのだっ」
男の言葉は遮られ、ジョージ・斉藤の視界から消える。だが、見えていた。街道側に伸びてきている太い枝に激突したのを。それも、顔面にだ。男は、馬車の荷台の上で伸びている……かに思えたが、シュッと起き上がった。
「サインをしただろう? 依頼主殿」
パンティ・スーは、サングラスがぶち壊れ、鼻血を出しながらも、何事もなかったかのように言った。
「あ、ああ! したさ、だから助けてくれ。依頼内容は伝わっているだろ! 」
「お任せを」