第7章 《起》 小さき戦争
第7章
「あんな阿呆どもと心中するつもりはありませんよ」
「同感だね、我々、善意の一市民としては狂人の戯言に付き合って死んでやる、いわれはない」
(「ハイヴィスカス戦役」、金星軍基地司令部の終戦間際の会話記録)
※ 1 ※
「機関部のハッキング成功、さすがは|《魔術師》(マリオ)。玩具みたいな情報端末で、軍のプロテクトを破るとはねぇ」
「そりゃ、このノヴ・ノリス製作のハード使ってるんだ。そんぐらいやってくれなきゃ困るぜ」
《シフラン》の機材倉庫で、装甲服を装着したハミルスター・インダストリー社の社員9名は、寄って集って1体の哀れなドロイドを改造していた。この艦の叛乱を察知したデューイ・ハミルスターらは、叛乱軍と戦うべく戦力の増強に努めているのだ。軍艦とあり、乗艦する際に武器は取り上げられており、武器になりそうな工具では少々心許ないと、彼らはドロイドを一体、戦闘用人造人間に改造するという暴挙に出たのである。
「コロソフ、装甲皮膚の強度を上げられんか?」
「銃弾程度なら至近距離でもない限り、十分な強度だぞ。あっちだって艦内じゃ、そう無茶はしねぇだろ」
「いや、だってよ。壁を鉄拳で粉砕しようと思ったら強度がもう少し必要かと思ってな」
「必要ねぇ」
「それよか、武器はどうする? よもや、本当に鉄拳というんじゃないだろうな」
「昔からロボットの武器はロケットパンチと相場が決まってるんだ、当然、鉄拳だ」
「死んでいいぞ、アレクセイ・タマモフ。ッて云うか、死んでくれ」
「ノヴ、38式コードねぇか?」
「サンパチ? 60式あったろ」
「異種混合機だからな、姿勢制御にアイラ・CPを使ってるからロクマルと相性が悪いんだよ。親元が対立してっからな。旧式でもサンパチの方が安定する」
「おじさんには分からんねぇ」
「社長、四足にしちゃダメですか? どうせなら、強襲仕様した方がラクなんですけど」
「部品が足りんだろ、ついでにお前のオツムも」
「ツァイ、黙りな。お前は口だけじゃなくて、頭も悪いんだ。云われた事だけやっときゃいいんだよ」
「テメェこそ、顔だけじゃなくて頭も悪くなったか、ハーヴェイ。テメェの意見なんざ聞いちゃいねぇんだよ」
「なんだとっ!」
「ツァイ、ハーヴェイ、喧嘩なら外でやれ。時間がないんだ。それと四足は不可だな、ハードの容量が足らない。在り合わせの材料なんだ、できるだけ時間稼ぎすることだけを考えろ」
鉄火場のように罵詈雑言が飛び交う作業場に、一人コンピューターに向き合っていた痩身の中年男性が大声でいう。 ハミルスター・インダストリー社の社長にして、『シュガー・シュガー』と渾名される「齧り屋」にして「天才エンジニア」と呼ばれる金星でも屈指に数えられる超一流の技術者である。
独自の機械工学理論によって、様々な特許を有する科学者にして、科学先進国「金星」の最先端を担う機械工学者。それがデューイ・ハミルスターという男であった。
「ノヴ、|《魔術師》(マリオ)に30分後に機関を停止させろ。こっちも30分後に行動を開始する」
「了解」
「ドロイドも調整に入るぞ、遊びじゃないんだからな」
※ 2 ※
『こちらアラベルト。 艦橋へ緊急報告』
艦橋の通信席に、けたたましく緊急報告音が鳴り響く。それに艦橋は色めき立つ。
「こちら艦橋です。どうしたましたか、曹長?」
『ガーネット軍曹らが殺害されています。それと銃器も奪われた模様。いづれも格闘戦にての殺害』
「了解……艦長、ご指示を」
震える声で、こちらに指示を仰ぐ通信兵に、ヘルベルト・カルペーは剛毅に笑ってみせた。ヒゲ面の熊のような男は、己の裡で込み上げる歓喜に震える。何の抵抗もしない民間人を殺害し、この軍艦を所定の基地まで航行させる任務を受けていながら、納得していなかったのだ。
「大事を成すには、相応の試練があって然るべき」それがヘルベルト・カルペーの人生哲学であり、彼は今こそがそれだと感じたのだ。瞬時に、頭の中でシナリオを作り出し、勢い良く立ち上がる。
「艦内に第二種戦闘配備を発令。艦内にて叛乱が発生、民間人は個室にて待機。 《シフラン》乗員は、第一種兵装。艦内で不審人物を発見した場合、抵抗の可能性があらば射殺を許可する!!」
「了解、艦内に第二種戦闘配備を発令致します!!」
すぐさま、通信兵が艦内に非常事態を発令する。本来のシナリオとは異なる状況であったが、ヘルベルトは問題ないと判断した。彼らが叛乱を宣言する前に、こちらに牙を剥いた輩がいる。おそらく、その人物は条約機構軍か地球連合情報部の狗であろう。
彼らの叛乱を察知し、行動に移ったと考えれば、納得できる。
「隊伍を組ませ、艦内を巡回警備せよ。それと第二艦橋の婆さんに、ホストコンピューターへの侵入がないか確認させろ」
的確な指示を出しつつも、ヘルベルト自身も己の所持する銃を確認する。
「艦長、整備担当の民間人より、現状の説明をして欲しいとあります」
「艦内で叛乱が起きた。鎮圧のため、本艦は戦闘状態に突入。危険が予想されるため、速やかに自室で丸まってろ、と伝えておけ!」
「了解」
「民間人からの通信は、全部、今の返事でかまわん。それと《エレクトラ》のハンガーに回せ。カスヤ中尉、貴官に10名の兵を預けるので、死守せよ。おそらくガーネット軍曹らを殺害した連中は、少数だ。CAの奪取の可能性もある、急げよ」
「了解!」
ヘルベルトの副官は、返事とともに艦橋から駆け足でハンガーに向かう。元々、陸戦隊の小隊長だった男だ。副官などより、よほどいい働きをするだろう。
「艦長、ホァン・ズージーより通信です」
「繋げ」
艦橋に声音だけでも皺枯れているのが分かる、婆さまの声が木霊する。
『ホストに侵入を試みてる阿呆がいるね、場所は……特定できんな。《KATANA》じゃな、コイツは……クラックで追跡を防ぐだなんて、やるじゃないさ』
「どういうことだ、ホァン・ズージー?」
『この手口は、《おさげ頭》か、《回遊魚》だよ。セヴン・フォレストか、リオ・ノーフェイスは乗船しとるか?』
その問いに、ヘルベルトが視線で通信兵に確認を促す。
「セヴン・フォレスト、民間協力者として乗艦しております!」
『決まりだね、あの小娘が艦橋に仕掛けてきてる。ついでに付け加えるなら、機関部は陥落しちまってるね』
「機関部が!?」
『驚くこともないだろうに、叛乱なんだろう? だったら、奴らが押えようとするのは、ホストさ。とりあえず、私は小娘を叩くから、あんたらは自分の仕事しな』
そう皺枯れた声は伝えると、通信が切れた。
「艦長、信用できるのでしょうか?」
「あの老人は、口にした事は必ずやり遂げる。ハッキングについては懸念がなくなったな。それとセヴン・フォレストの現在位置は分かるか?」
「ロスト! ICを何らかの方法で無効化したと思われます」
「なら、フォレストの個室、および、ハンガーにある解析室に人を回せ。本人を捕らえろ」
「了解」
慌しく艦内が騒ぎ始めた。その様子にどうしようもなく血が騒ぐ。現状、分かっているのは、セヴン・フォレストが叛乱に参加している事と、ガーネット軍曹らを格闘戦で殺害した人物が、銃火器を所持して艦内を徘徊していること。
「それとセヴン・フォレストの艦内での交友関係を調査しろ。誰かと頻繁に接触しているようなら、そいつも叛乱に加担している」
「了解、セヴン・フォレストの艦内位置情報と、他の乗艦員との位置情報とリンク、調査開始致します。………………ほとんど動きありませんが、マリオ・ヘルカッセが現在位置ロストの直前に会っております」
「あの車椅子か! 奴の居場所は?」
「ロスト! こちらもICが無効化されてます!」
「奴の接触状況もチェックしろ」
「了解……………………特段、変わった行動をしてませんが、ロスト直前に、ノヴ・ノリス、レイ・クロース、クレア・ラージと会っております」
「三名の現在位置情報は?」
「ラージ技官以外はロスト! 現在位置不明です!」
「畜生!! 切りがない、民間人の現在位置情報を走査! ロストしている連中をピックアップしろ!」
「了解………………民間人計13名、現在位置ロスト!」
「13だと! どこのどいつだ!」
「ハミルスター・インダストリー社の9名、フォレスト、クロース、ヘルカッセ、それにカルロ・ネルヴォの13名です」
「各員に13名の個人情報を添付した上で通達! 見つけ次第、連中を射殺しろ!」
「了解!」
13名と、思っていた以上に多い人数であったが、規模が判明した以上、鎮圧も時間の問題である。己の手腕に満足しつつ、艦長席にドカリと巨躯と称しても支障のない体を納める。だが、そこで空寒い感覚に襲われた。
マリオ・ヘルカッセ……艦橋で通信・観測をする為に雇われた民間人。慣例で、艦橋要員は軍属である必要があるため、便宜的に少尉待遇であった男だ。精緻な彫刻を思わせる美貌の持ち主であり、その優男のような雰囲気がヘルベルトは嫌いだった。だが、あの男が只の優男でないことは知っていた。
《魔術師》ヘルカッセ…………327名が死亡した金星史上最悪のテロ事件の唯一の生存者。表向きは事故として処理されたが、当時の軍部に所属していた連中は彼を良く知っていた。死屍累々と横たわる屍の山の頂で、ありあわせの材料で救難信号機を造り出し、騒ぎも泣きもせず、冷静に救出を待っていた子供であり…………その『事故』を引き起こした連中を一人残らず、殺害して遂せた復讐者であることを――
「大丈夫だ、我々が敗北などしやしない」
そう自分に言い聞かせるように呟くヘルベルトであった。
※ 3 ※
初めに、少し前を歩いていたハンセン軍曹が弾かれた様に、横の壁に体をぶつけ、通路の床に倒れた。立て続け、木霊する銃声。次々に倒れる同僚たち。そこで初めて、ロバート・テリル二等兵は、敵と接触した事に気がつく。
焦げたような匂いとともに、黒い液体が床に広がっていく。
それは血であった。
ほんの数瞬で、彼らの部隊はロバートを残し、全員が頭を打ち抜かれて殺された。 その事実を否定する己が、辛うじて恐慌への歯止めとなっていた。
悪い夢を見ているのだ、彼は思った。カタカタと震える腕で、辛うじて安全装置を外し、銃を構える。
カツーン、カツーンと通路を歩く足音が聞こえる。ゆっくりと歩み寄ってくるのは、銃口をロバートに向けた赤い髪が印象的な長身の青年であった。
「き、貴様っ!!」
「扉の暗証番号を教えてもらおうか」
現在発令されている第二種戦闘配備は軍艦内での戦闘を想定した配置である。発令と同時に、区間内移動する際に使用する扉は、数分毎に暗証番号が変化する仕様だ。つまり、彼の要求は、この赤毛の男がこの区画から移動できないことを示していた。
「教えないというのなら、爆破する。だが、それは貴様らにとっても都合が悪いのではないか?」
「ふざけるな!」
ドゥン、鈍い銃声が鳴り響き、ロバートの銃が弾き飛ばされる。その際に右人差指がへし折れる。苦痛にうずくまるロバートの額に、銃口がつけられる。ジュっと肉が焼け、短い苦痛のうめきが漏れる。
「話すか?」
「地獄で悪魔にケツを掘られな、クソ野郎!」
ドゥン
銃声が響き、人が倒れる鈍い音。
赤毛の青年――カルロ・ネルヴォは、己の生み出した五つの死体を無感動に一瞥し、装備を剥がす作業に取り掛かるのであった。