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シル外伝 『金星の狂詩曲』  作者: みぞひろ
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第2章 《兆候》叛乱へ

                             第2章

やられたッ! 「齧り屋」連中に根こそぎ、齧り獲られちまったッ!!

                      (火星とある優良企業企画室の盗聴記録より)

                            ※ 1 ※

宇宙歴312年4月16日

条約機構軍准将アルド・ハリスより、条約機構軍情報部第一課へ緊急確認事項

反政府活動組織での金星内での活動が活性化しているとの報告あり。

また、金星駐留艦隊内部にも条約機構に対して、非協力的なグループが複数存在しており、調査状況が芳しくない様子。本来であれば、金星駐留艦隊司令官カトリーヌ・ルブタン少将より報告する事項ではありますが、金星人である点を考慮し、万が一の事態を回避する為に、小官よりの報告という形を採用。貴課の情報収集活動より、反政府組織の活動内容等が判明していれば、情報の提供を要請する。

昨今、金星駐留軍内部にて不審な行動を取る人物がいるとの噂が蔓延しており、軍務に支障が出る可能性もある。

憶測による報告であるが、よろしく御検討頂きたい。                                                           以上

                    

                               ※ 2 ※

精緻な彫刻を思わせる美貌の青年は、己に宛がわれた個室の情報端末を前に腕を組んでいた。そもそも今回、条約機構軍少尉として彼に極秘実験に参加して欲しいという経緯から不可解であった。確かに《車椅子の魔術師マジシャン・オブ・ホイールチェア》と云えば、金星でも十指に上げられる電脳技術者であり、合法非合法問わず、依頼を受ける事で有名ではあったが……それでも今回の依頼は全く理解できなかった。

依頼主クライアントは、条約機構軍金星駐留艦隊司令部。依頼内容は、艦橋任務の補助。一時的に軍属扱いで、新型CA実験機の機能テストに参加して欲しいとの事であった。

俗に「齧り屋」と称される情報媒体の売買を商っている自分に、現実アナログでの仕事の依頼そのものが極めて稀だという事があったが、内容も不可解。軍艦の電子戦訓練の為に雇われるのならば、理解もできようが、艦橋任務の補佐などに自分が必要だとは思えなかった。

それに、何よりもその報酬額が彼の疑念を大きくした。

前金として8万ドル、さらに成功報酬として20万ドルが提示されたのである。

極秘実験の口止め料を含めての金額であろうが、それだけの大金を支払うのならば、条約機構軍の腕利きの電脳技師を呼び寄せた方が経済的にも効率的にも良いのは明らかだ。

しかし、条約機構軍はそういったメリットをかなぐり捨て、己を選んだのである。

確かに「3日後に」という緊急性もあっただろうが、たかが補佐役などに、この莫大な報酬を支払うのは、吝嗇な軍にしては大判振る舞いである。裏があると考えていいだろう。

この《シフラン》に乗艦するまでの3日間、フルに情報収集に奔走したが得られた情報は少なく、僅かに金星が独自に新型CA開発した機体の実験であろうという事だけであった。

「重要は重要だろうが、それだけじゃまだ・・納得できんのだよな」

流石に極秘実験と銘を打ってるだけあり、艦内の情報管制は徹底しており、艦橋と艦長室以外の通信機器は、外部との接触を物理的に遮断されていた。乗艦してからの数日間で、外部に動きがあったかもしれないが、さしもの|《魔術師》(マジシャン)でも通信規制されては、お手上げであった。

「しかし、我ながら、よく引き受けたもんだ」

非合法な依頼の中には、己自身の命を危うくするような性質のものも少なくない。裏を取る必要のある仕事も少なくなく、こういった極秘やら機密やらの言葉がつく仕事には、自分を陥れるのが目的のものすらある。今回のように、依頼の裏をとっても詳細が判明しないような仕事は、常なら断るところなのだが「不可解な報酬額」という謎に、好奇心が押し切られ引き受けてしまったのだ。

青年の、こういった性格まで考えて、あの報酬額を設定したとあらば、その者の智謀は相当にキレるといえるだろう。

だが、青年――マリオ・ヘルカッセ自身は、この選択は当然の帰結だと受け止めていた。

なぜならば、マリオ・ヘルカッセの人生には『突然』何かが起きるように出来ているという信条があった。それは運命の『必然』であり、人生のスパイスとでも称すべき事象に過ぎないのだ。

そこで一旦、思考を眼前のディスプレイに浮かび上がった青白い字幕に移す。

「これが何を意味するのか。それが解答なんだろうがな」

外部への通信は不可能であったが、艦内の情報端末であれば支配下置く事は十分可能であった。|《ネズミの巡察官》(ラットパトロール)でしか巡回走査していないLANの最上位パスコードを入手する事など造作もない作業であり、事実、彼は乗艦して一番初めに、この艦のホストコンピューター情報を閲覧可能状態にしたのであった。

ハッキングと異なり、閲覧だけならば《足跡消しビッグフット》で痕跡を抹消できる為、彼は精力的に情報を収集し、いくつかの疑問点をこうしてディスプレイ上に並べて考えていたのである。

疑問は大きく分けて、2点あった。

一つは、この艦に乗船している人間の約4分の1が民間人だということである。

《シフラン》の総乗員数は201名。

その内、実に51名が民間人なのだ。

『軍の機密事項に関わる航海』と聞いていた手前、この民間人の人数の多さが不自然に際立っていた。彼らも実験内容について緘口令がひかれるだろうが、51人もの人間の全員が全員、機密を漏らさないと考えるのは、あまりにも楽観的な考え方であろう。秘密を保持する鉄則はより少ない人数の間で守らせるである。それならば、漏洩した場合の調査も容易であり、ある一定の範囲内で情報を規制することもできる。

だが、50名を超える人数ともあると、事実上、機密漏洩を防ぐのは不可能だといっていい。マリオに対する莫大な報酬額内に、口止めがを含まれないとしか、この杜撰な状況を見ると思えないのである。

そして、二つ目。残る150名が条約機構軍の金星駐留軍所属であるのは理解できるが、その全てが金星出身者で占められているという点であった。

近年まで、金星人にとって宇宙艦船は無人が基本であった為、条約機構軍規に於いては宇宙艦船運行スタッフには必ず地球か火星のスタッフを半数以上配置するように定められている。にも拘らず、この軍艦は金星人だけで運行されているのである。

(金星人だけで行うという事に意義があるのか……それとも、やらなければならない理由があるのか)

おそらく双方が正解であろう確信が、彼にはあった。

己を含め、乗艦員名簿を確認する限り、乗艦している民間人も全員「金星人」。それも、一流と呼ぶに相応しい数人の技師の名前に目が止まる。さらに、同業の「齧り屋」として名を馳せている腕利き………|《おさげ頭》(ドロップヘッド)、|《海の荒鷲》(ネイビー)、《シュガー・シュガー》、そして|《魔術師》(魔術師)。

科学先進国である金星にあって、尚、最先端の技師に数えられる異端の電脳技術者らを呼び集める理由――電子戦であらば一個艦隊と互角以上に張り合う事すら可能の『戦力』を呼び集めた理由、それは何か……

「叛乱でもするつもりかね、この艦は」



                            ※ 3 ※

その話を聞いたのは、全くの偶然であったことを明言しておく。

テストパイロットである、私、レイ=クロースは学科の悪友であるところのシュウ・カゲヤと同様、あちこちで昼寝をする趣味があった。

まぁ、カゲヤの阿呆は、実技だけはずば抜けていたが、試験は放棄する、喧嘩する、遅刻する、早退するという、サボタージュ常習犯で、放校処分までカウントダウンの輩であったから、代わって実技で次席、ついでに美人で気立ても良い私が、金星士官学校を代表して、この極秘作戦の(予備)テストパイロットとして選ばれたのは無理なからぬことであろう。(エッヘン)

とはいえ、こんな事に巻き込まれるなら、カゲヤの阿呆に譲れば良かったと思わなくもなかったけど。

まぁ、こうして無事に(?)回想できるのも、私の卓越した実力があればこそ!

今回は特別に私の輝しき武勇談を語りましょう。

そう、それは、ある晴れた昼下がりの事――(注:彼女を主体した昼下がりであり、また晴れているかどうかも不明)

「手筈どおり、すべては順調に進んでるそうだ。例の実験機のデータを基に無人機OSへのダウンロードも開始されて、実戦配備も可能だって話と聞いたぞ。順調に行けば、正統なる金星政府を樹立させる事も半年以内に可能だな」

「おい、こんな所で迂闊な事を云うな。 どこで聞き耳を立てられているか、分からんのだぞ」

「心配性だな、貴官は。この艦のどこに逃げ場あるというんだ。聞かれれば、そいつを真空へ投棄するだけだろ?」

「この艦の半分はコト・・を知らんのだぞ? 迂闊に外に漏れてみろ、下手をしたら計画が延期、その半年後の正統なる金星政府とやらの実現も遠退くだろうよ」

「ああ、分かったよ。 これからは気をつける。 それでいいだろ?」

「……頼むぞ、ナージ少尉」

あのぅ、聞いちゃったんですけど。

何の因果か、予備部品をしまってある倉庫で午睡を愉しんでいた私は、とんでもない話を耳にしてしまったのだ。聡明な頭脳の持ち主である私であるからこそ、今の会話がなんとなくヤバイ事ッポイのは理解できただろうが、流石に咄嗟に対応策までは思いつかない。

っていうか、ナージ少尉って整備班の班長じゃん?

どうするよ、私。毎日、顔会わしてるよ、あのオッサンと。云われてみりゃ、悪そうな顔してたし、何か余計な事しそうな顔をしてたよ、確か。

こういった場合、平和と安寧を愛する市民としては官憲に駆け込みたいんだけど、さっきの話を冷静かつ合理的に分析すると、この艦の半分の人がヤバ事に参加するって聞こえたような気がする。

下手に騒いだら、人知れず、命綱なしでの真空遊泳とか洒落にならない事態も十分考えられる。ならば、条約機構軍に連絡して助けを呼ぶという考えも浮かぶが、この外部との接触が不可能の環境にある私に、どうする事もできないのが実情である。 つうか、こういった切羽詰った状況の対応方法とか士官学校じゃ教えてもらってないって!

うぬぬっ! どうしたもんか!

二人が倉庫から出て行くのを確認してから、周囲を確認した上で脱出する。腕組をしつつ、難しそうな顔をしながら通路を歩く。

とりあえず、味方になりそうな奴に相談しよう。(いつでも前向きなのが、私の長所なのだ)

パッと思いつくに、マフティア・シャルフとアレッサンドロ・ルカレッリの二人のパイロット仲間がいるが、即座に二人とも却下する。

シャルフ中尉の実力はともかく、脊髄反射で生きてる人なので相談相手としては問題外。

ルカレッリ少尉は、去年まで士官学校の先輩として、色々と世話になった頼りになる兄貴分だが、正義感が強すぎて暴走しかねないって言うか、一人で叛乱を止めてやるとか、云う人だ。

あとは父の会社で働いているカルロ・ネルヴォか……

この艦に乗るまでは一緒の艦に乗るとは知らなかったが、先日、食堂でバッタリ出くわしたのだ。なんで乗艦していることを教えなかったのかと詰め寄るも、極秘任務って聞いたので、教えられなかったと、至極真っ当な解答をしやがった。

ほんわかしたカルロがどこまで頼りになるか分からなかったが、乗艦してる知り合いの中では一番マシかなぁ〜と結論つける。

でも、カルロの居場所は分からないんだよね。

(ああ〜、どうするよ、まぢで)

ウンウン唸りながら頭を抱え、自室に向かう。

その途中の廊下で、車椅子の美形の兄ちゃんにすれ違った。

確か、この美形の兄ちゃんは|《魔術師》(マジシャン)とか呼ばれてる電脳技師だったような。

カルロから、超絶美形のハッカー野郎がいると聞いた事があるけど、きっとこの人だ。「超絶美形」などという単語に似つかわしい人物など、そういるとは思えないし。

餅は餅屋という言葉があるだし、ひょっとしたら、この兄さんならカルロの居場所を知ってるかもしれないと声を掛けることにした。

「あのぅ、失礼ですけど……|《魔術師》(マジシャン)さんですか?」

上目遣いで相手を見やり、胸元では手をモジモジと動かす。完璧な恋する乙女への擬態だと、我ながら褒めたくなる演技だ。

「君は……レイ=クロース候補生だね。何かボクに用かい?」

気さくな笑顔で応じる青年に、真面目に赤面してしまう私。や、やるな、この人。

「な、なんで私の名前をご存知なんですか?」

「美人の名前は一度聞いたら忘れない主義でね……って、セクハラかな、これは?」

薄い微笑を浮かべる美形の兄さんに、本来の趣旨を忘れそうになる。

「まぁ、それは冗談だが、クロース候補生。何かな?」

じょ、冗談なんだ。 ケッ

それでも内心毒づくも、顔には微塵も出さない。士官学校の小うるさい教官殿の訓練の賜物だろう(注:しょっちゅう、講義中に昼寝する彼女は、内心毒づきながら、神妙な顔をする特技を身に着けている)

「ちょっとお聞きした事がありまして」

「私に? ああ、それとここではボクはマリオ・ヘルカッセ少尉だ。まぁ、階級なんて便宜上のものだからマリオと呼んでくれて構わないよ」

「じゃぁ、マリオ。あのカルロ・ネルヴォって人をご存知ですか?」

同業・・だからね、彼の名前はよく知っているよ」

「じゃあ、この艦に乗っていることも?」

その質問に、僅かにマリオの形の良い眉が僅かに動く。だけど、それも一瞬のことで、すぐに微笑を浮かべ応えてくれた。

「乗っているみたいだね。それがどうしたの?」

「あ、実は私、彼と知り合いで、ちょっと連絡取りたいんですが居場所とかご存知ないですか?」

「居場所? ああ、それならホールにいるんじゃないかな? 何度か、あそこでアスレチックトレーニングしてる彼を見たよ」

「有難うございます!」

笑顔でお礼をいうと、一気にホール目掛け走り出す。マリオともう少し話をしたい気もするが、それはそれ。せっかく、士官学校まで入ったのにクーデター軍のパイロットで初陣というのは、あまり楽しい未来予想図じゃない。

とりあえず、カルロと今後の相談してからだ。

こうして、私はホール目指して駆けるのだった。



                              ※ 4 ※

美貌の青年は絹糸を思わせる黒髪を掻き揚げながら、廊下を走っていくスレンダーな女性兵を見やる。

彼女の名は、レイ=クロース。

この艦に乗っている3名の実験機のテストパイロットの一人。確か彼女は士官学校をまだ卒業をしていなかったと記憶している。残る男性パイロットにしても、去年、士官学校を卒業した新米で、唯一現役のパイロットと称することができるのは、少女のような外見のシャルフ中尉だけである。

ただし、残る二人も模擬戦闘訓練に於いて教官機すら撃墜する腕利きだと聞き及んでいる。新顔ニューフェイスではあるが、その実力は侮れない。もっとも、実戦は模擬戦闘のようなお行儀の良い戦場だけでない。重要なのは、どれだけ実力発揮をできるか、である。

思索にふける彼に、金星人らしくない骨太骨格の野性味溢れる大男が背後から声を掛ける。

「よう、色男ロメオ。熱烈な姉さん女房至上主義者だと思っていたが、宗旨替えか? かつての同志として、君が可愛らしいお嬢さんのプリプリしたお尻にゾッコンたぁ、おじさんは哀しいぞ」

「ノヴ・ノリス……誤解を招くような言動は止めてもらいたいな」

「ガハハハハ、相変わらずクールだな。俺が乗艦してるのを驚かん所を見ると、乗艦員名簿でチェック済みか?」

「想像にお任せするよ」

肩を竦め応じる青年。

ノヴ・ノリス、35歳。 

むさ苦しい外見とは裏腹に、機械工学の権威として知られるメカニックだ。

これまでに何度か、彼と一緒に仕事・・をした事がある有能なビジネスパートナーであり、歳は離れていたが気の合う友人としてプライヴェートでも多少の付き合いのある人物である。

「ところで色男ロメオ、|《おさげ頭》(ドロップヘッド)と会ったか?」

「いや、会ってないな。 俺は艦橋での観測と通信がお仕事でね。彼女は実験プログラムのデバッカーだろ? 職場が遠いよ」

「ああ、そういやそうだな。まぁ、おじさんは、|《おさげ頭》(ドロップヘッド)と職場が近いんで割りと会う機会が多いんだが……ちょいと面白い話題を振られてね」

意味ありげに首を傾ぐノリスが、親指で近く一室を指さす。

「盗聴なんぞ、野暮はされんと思うが、どうせなら検査済みのお部屋がいいだろう?」




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