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シル外伝 『金星の狂詩曲』  作者: みぞひろ
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第14章 《決戦》齧り屋たち

                               第14章

「人生は夢だよ」

「じゃあ、目が覚めたら?」

「忘れちまうがいいさ、夢の事はね」

黄蜘蛛ホァン・ズージーの人生哲学のインタビューより)


                               ※ 1 ※

ヘルベルト・カルペーは、一人、艦橋ブリッジの中で一際高い位置にある艦長席に座っていた。艦橋ブリッジのホストコンピューターに関しても、民間人によって電脳支配ハッキングされたらしく、もはや制御不能状態であった。艦船の支配権は完全に己の手から離れた事を、嫌でも思い知らされる。

目を瞑り、今回の失敗の原因に思いを巡らす。こちら側からではなく、民間人に先手を打たれたという事実から、疑われる何か・・が艦内にあったという事だろう。細心の注意を払って準備してきたとしても、本番で失敗してしまったは何の意味もない。まさにレイヴンが指摘したという懸念が的中してしまった訳だ。

言い訳はできない。

迂闊だったのだ、この艦に金星独立活動と関係のない民間人を乗せる事は。

この先の独立戦争を考えて、電子戦のプロフェッショナルを確保しておきたいと考えたヘルベルト・カルペーの考えは間違いではないと、それは揺ぎ無い確信として彼の中にあった。叛乱が起きたと知ったら、この艦に乗っている技術者の多くは、先の『金星軍残党の叛乱』の時と同様に雲隠れするだろう。好き好んで戦争をする人間は少ない。それに、戦争の大義名分である『金星の独立』とやらを金星人ヴェニウス全体が望んでいる訳ではない。むしろ、そういった人間は少数派だ。

己の才覚で生きていける連中が、何故、群れる必要があるというのだろうか?

確かに己の身に降りかかる火の粉に対しては、今現在、艦内の叛乱勢力である民間人のように武器を取って対峙する事に何ら躊躇もしない。自衛の為の戦いである。彼らは、自分以外の為に闘わない。それが金星人の特性であり、強さなのだ。それゆえに、否応なしに巻き込めば味方に引き込めると、ヘルベルト・カルペーは踏んだのである。

誰もいない艦橋を見渡し、ヘルベルト・カルペーは静かに、深く虚空に息をつく。

今回の独立戦争の狼煙を上げる、この艦が脱落する以上、クーデターの延期は間違いない。願わくば、多くの仲間が逃げ切れるように一切の情報を抹消し、首謀者が自分であるように思わせる必要がある。

そこへ艦橋に慌しく入り込む足音がした。

(お誂え向きだな……)

自嘲の笑みを浮かべ、招かざる来訪者達へと顔を向けるヘルベルト・カルペー。そこには見知った顔がいた。痩躯の中年――デューイ・ハミルスター。金星でも三指に数えられる機械技師にして、旧金星軍無人艦隊管理者コントロール・コマンドの一人《シュガー・シュガー》。

デューイは、ヘルベルト・カルペーの顔を見て僅かに目を細める。

「――ヘルベルト、君が『独立』を望んでいた事を知っていた。だが、これは幾らなんでも杜撰とは思わんか?」

「貴方を敵に回したくなかったので。無理にでも味方に引き込む必要があったのです、管理官」

「君の上官であったのは、昔の話だ……さて、終りにしようか」

「何を終らせるのです?」

「この馬鹿げた祭りを、だ」

「始まりかもしれませんよ」

「何?」

「管理官、《死告烏レイヴン》は生きてます・・・・・

ヘルベルト・カルペーの声が、艦橋に木霊する。それほど大きな声でなかったが、その声は確かな意思を以って聴衆の耳に入り込む。

「この計画も全て、奴が持ち込んだモノです。奴は戦乱を望んでいる。大きな火種を各地で振り撒いている」

「君がレイヴンに踊らされた・・・・・とでも云う気か?」

「このまま朽ちるくらいならば、私は踊る・・方を選びますよ。」

「――それが回答か、ヘルベルト? いいだろう、君の提案に乗ってやる」

デューイの言葉を噛み締めるように、聞き入ったカルペーはゆっくりと手にした銃をデューイへ向ける。それを、目を逸らす事無くデューイは見つめる。その背後にいるコロソフとハーヴェイの二人もまるで動こうとはしない。

「この艦の自爆のことは?」

「知っている。だが、君は止めんのだろう?」

「証拠を残す訳にはいきませんので」

「残念だな」

「管理官、天上でお会いしましょう」

カルペーは銃を己の眼窩に当てると、その引き金を引いた。

轟音が艦橋に響く。

脳漿と肉片をぶちまけ、ヘルベルト・カルペーは死んだ。

「コロソフ、ハーヴェイ」

その様子を瞬きする事無く見続けたデューイは、小さく後ろの二人に作業を促す。迅速に艦橋の制御卓コンソールに取り付いた二人は、通信の回復を試みる。デューイ自身も感傷に浸っている余裕はない。カルペーの死骸を艦長席から除けると、自爆解除を試みる。

「……ばかやろう」

一瞬だけ、カルペーに視線を向けると、そんな言葉が口をついた。デューイにとっての、それは偽ざる本音であった。

自爆まで、残り時間132秒。


                                ※ 2 ※

瞳の奥に反射して映るモニターには、圧倒的な情報の洪水が流れ、明滅し続けている。そのどれもが意味を持つデータであったが、あまりにも速く流れては消えていくデータ量に、通常の認識力ではついていけない。常人にとっては、意味の理解ができないデータの奔流でしかない。だが、そこには一種独特の美しさも存在した。無意味とも思えるデータの奔流が重なり出来上がる偶然の映像――マリオ・ヘルカッセにとって、この時こそが至福の時であった。

無論、この莫大な情報の洪水を眺めて楽しむのが本業ではないマリオは、この情報の本流の中から自分に必要なデータだけを抽出するプログラムを作成し、抽出されたデータを加工し、それに価値を付与していく。前世紀から連綿と続く、キーボードやマウス、モニターを使用してデータに接触する手法である。この手法で、ここまでのレベルに至った人間は、金星広しと云えどもマリオ・ヘルカッセ一人であり、それゆえに彼は《魔術師》という異名で呼ばれているのだ。

だが、一方で彼が金星で随一の「齧り屋」かと問われれば、それは否である。彼に匹敵する、あるいはそれ以上の「齧り屋」も数多く存在した。では、それはどうやってか?

それは「ダイヴ」と呼称される方法である。

彼らは己の生脳を電脳と直接的に接続する事によって、旧来の方法とは全く異なる方法で情報の海へ飛び込むのである。『イコノグラフィック・タイプライター』と呼称される生脳のイメージを象徴化する機械を通して、電脳世界に介入する手法が確立されたのは300年ほど前、つまり宇宙世紀の新技術の一つとも云える。

生脳の中に浮かんだイメージを『色』『形』『質感』『音』『匂い』『味』……そういった抽象的な情報に転換し、複雑で重層的なデータ構造を無視した、己だけの道を作り出すのである。文字によるデータでは難しい、点と点を繋ぐ事ができる「ダイヴ」は多くのハッカーに受け入れられ、発展してきた。

当初は、大掛かりな機械が必要であったが(それこそ会議室並の大きさが必要であった)ナノマシンの発展とともに『埋め込み』インプラントと呼ばれる技術が発展し、現在では手術こそ必要だが、頚椎に埋め込んだ端子とコンピュータを有線接続するだけで電脳へダイヴできるほどになっている。

そして、その『埋め込み』のハッカーの多くは、イメージを言葉に置き換える能力を環境から学ぶ前に、イメージをそのまま映像化できる感覚のある子供の内に端子埋め込みの施術を行うのである。

よって地球圏、金星圏、問わず優秀なハッカーの多くは年端もいかない子供であった。彼らのイメージによるデータ集積・管理は、マリオ・ヘルカッセをしても及ばない高みなのである。一方で、この『埋め込み』にも欠点は存在する。成長と共にイメージは無意識の内に言葉に変換されるように脳は変化する。脳の構造が変化してしまうのである。

この失っていく能力は、もはや一度失ったら二度と取り戻す事のできない類の能力であり、幼少の時の天才ハッカーの多くは引退するか、僅かに残る能力の残滓にしがみつくかの二択しか残されてはいなかった。それでも、昨今は0と1の情報化された記録化された電脳世界と、有機的な音と光の世界である記憶の世界の変換式――変圧素子トランスと呼称される技術の発展により、第一線級で活躍する者も少なくはないが、長時間の電脳ダイブは生脳へ損傷が大きく、最終的には『電脳麻薬デジタル』などへ傾き、廃人となるケースが多いのだ。


そういった意味では『埋め込み』インプラントによるハッキングを行う《お下げ頭》セヴン・フォレストにとって、この統合本部へのダイヴは己の生命を賭けた危険な挑戦であると云えた。黄蜘蛛ノーネームとの攻防で、既に危険域までの脳へ負担を掛けている。これ以上の酷使は、廃人になる可能性すら秘めているのだ。そして、そういった恐怖や焦りはノイズとして、ダイヴの障害となる。

だが、やらなければ艦の自爆に巻き込まれ、死ぬのだ。

ならば、座して死ぬより、闘って死ぬ。

マリオ・ヘルカッセではないが、一日に二度も負けるのは多すぎる。

不敵、そして、不遜。

銀河最強のクラッククィーンは、この程度の危機に尻込みはしないのだ。

必要な情報は統合本部アドミラルコード。

これを発見するのが、セヴン・フォレストの役目。

天才マリオ・ヘルカッセをして、この膨大な情報の中から的確に欲しい情報だけを抽出するには、相応の時間が必要である。

奇才黄蜘蛛の資質は、創作にあって検索には向かない。

彼女が見つけなければ、いけないのだ。

マリオと黄蜘蛛が、セヴンに纏わりつく保安プログラムを片っ端から破壊し、防御壁ファイヤ・ウォールを消し去っている。だが、セヴンは困っていた。

『アドミラルコードって云われてもにゃ〜〜、何なんだろうにゃ、コレって』

電脳世界で胡坐をかきながら、セヴン・フォレストは考え込んでいた。『絵』や『色』や『形』で連想する「ダイヴ」にとって、『アドミラルコード』は具現化し難い課題であった。イメージしようにも、ボンヤリとしており、はっきりとしない。

これはダイバーの唯一の欠点とも云える事であった。

名前が分かっていても、それがどんなモノ・・なのか、連想できなければ辿り着けないのである。そして、悩む事2分。セヴンはとある事に気がついた。

言葉で情報が視えているのが問題なのだ

素早く、己の検索プログラムを視覚的なモノから聴覚的なモノへと変化させる。

『アドミラルコードって知ってるかにゃ?』

単語を口にした時点で『音』をプログラム的に無理やり映像化させ、その反響からイメージが明確化される。次々に現れては消えていく情報映像。そして、その映像の奥が聴こえた・・・・。満足げな笑みを浮かべたセヴンは、目的のデータに触れ、情報を己の生脳へダウンロードする。

パチリと目を開け、首筋の端子からコードを引き抜いたセヴンは、二人の異才を前にニマァと笑みを浮かべ、Vサインをしてみせる。

「ビクトリィ〜だじょ♪」

自爆まで、残り時間52秒。


                              ※ 3 ※

「通信回復!! 付近で訓練中の練習艦『ゴリアテ』です、社長」

コロソフの声に、デューイは逡巡を見せる。目の前の自爆までのカウントは60秒を切っているのだ。今更、助けを呼んだ所で逃げるには間に合わない。逆に、その練習艦の乗員も爆発に巻き込む可能性もある。

「この艦が爆発する可能性があることを通達、緊急退避を勧告しろ」

了解アイアイ

制御卓を叩きながら、デューイはあらゆる中止コードの入力を試みたが、全て拒否されている。これはノリスらの云っていた『AAA』らの成果待ちしかなさそうであった。既に、艦内に存在した正規兵らは脱出艇で退艦している。残っているのは民間人だけだろう。

「社長、ゴリアテから事態の説明を求められてます」

「あと1分足らずで、盛大に爆発するから逃げろといっておけ」

了解アイアイ

「社長、マリオ・ヘルカッセから通信!!」

ハーヴェイの声に、デューイがすかさず応じる。

「繋げ!!!」

了解アイアイ!!」

映像なしの音のみが、艦橋に響く。

『時間がない、中止コード入力の準備はできてるか?』

「問題ない」

『第一コード、260721BA9710WR021199345−34852088』

「コード入力OK」

機関銃のように紡がれる数字の羅列を、淀む事無くデューイが打ち込む

『第二コード、8AV4626565−28−2FW1199GD3452932256』

「コード入力OK」

残り時間が14秒となっている。

『最終コード、69547x544−55845md2022』

「入力終了」

ピーーー

電子音が響き渡る。

艦橋内の人間が、制御卓に表示された文字に注視する。

『アドミラルコード確認、自爆命令を追加命令が確認されるまで停止します』

自爆まで残り7秒で止まっている。

「……助かったのか?」

「なんとかな」

『3、2、1、ドッカ〜〜〜ン  とならん所を見ると自爆は解除されたか、デューイ?』

「おかげさんでね、とりあえず付近に練習艦がいるから救助を求めるよ」

『そりゃ助かる。こっちもダウンをしている奴がいるしな』

「了解、艦内の負傷者収容を含め、迅速に対応しよう」

『頼む、通信以上』

あちらも相当疲れているのか、最後は呟くように言葉を絞るような声で通信が終った。

「ありゃ、ひょっとして終ってしまいましたかい、社長ボス?」

それと入れ替わりに走り込んできたノリス一行。

それを見て、デューイらは腹の底から笑うのだった。

笑わなければ、この仕事は終えられない。

笑って仕事を終らせるのが、ハミルスター社の社訓なのだから。



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