第13章 《共闘》齧り屋たち
第13章
「そんなに世界が嫌いだったら、自殺すりゃ良いんじゃないか?」
(厭世家の多い金星社会についてのマリオ・ヘルカッセのコメント)
※ 1 ※
クックック……――
男が嗤う。
血を騒がすような、狂おしいような、官能の極みのような、そんな感覚に――狂喜する。
「天賦の武威か……この俺をここまで追い詰めるなんて、やるじゃないか|《海の荒鷲》(ネイビー)」
奇妙に捻れた左腕を押えながら、レイヴンが振り向く。
その先には、赤毛の青年が驚愕の表情を浮かべ、その口の端から一筋の鮮血を垂らし、呻いていた。
―――数瞬前―――
刹那の交差、虚空に刻まれる銀の軌跡を、赤毛の青年は全て捌き打ち落とした。その技量は既に入神の域へと達しており、常人では目で追うことすらできなかっただろう。左手首を掴み、相手の足を払った青年は突進した勢いを利用し、レイヴンの左腕を捻り折った。地球の戦技で「四方投げ」と呼称される技である。
レイヴン自身の突進の勢いもあり、数メートルほど転がったところで、青年は胸元に突き刺さった刃に気が付く。
(スペツナグナイフ……?)
旧世紀の特殊部隊で開発された、強力なバネによってナイフの刃を打ち出す武器は、この宇宙世紀になっても現役であった。デザイン的に、レイヴンが所持していたナイフが違ったこともあり、カルロ自身が油断していた。もっとも危険なのは、先入観。プロになればなるほど、捉われてしまう思い込み、そこをレイヴンは付込んだのである。
「ネイビー、今回のレクチャーはここまでだ。この艦は自爆するだろうよ、近々な。もし、貴様が生き残れれば、また遊ぶ機会もあるだろう」
その言葉と共に、踵を返すレイヴン。
そして、その背を睨むカルロ。
「這い上がってこい、カルロ」
それが現実か幻であったか、青年には分からない。
ゆっくりと前のめりに倒れ、意識を手放す寸前、かつての上官に何かを伝えたいと思った。だが、痛みと出血で混濁した意識は、それを明確な言葉とする前に霧散させてしまった。
そこに、艦の自爆を通達する放送が入るのだった。
※ 2 ※
「で、何の用だい。 話によっちゃ聞いてやらんでもないよ」
圧力さえ伴う声音に、一番初めに応じたのは、ノヴ・ノリスであった。
「刀自、『貴女は、今の自分の置かれている状況をご存知ですか』」
独特のイントネーションを付けた質問であった。その口調にランダルと李文の二人は、ノリスに全てを任せたように目配せをする。
「意味が見えんね。どういう事だい?」
「『この艦がクーデターを企てている事を知っていらっしゃるか』と聞いているのです」
その台詞に、婆さんの皺が僅かに深くなったように思える。笑ったかとも思えるが、皺々の顔から表情を読み取る事はできない。
「なんだって、そりゃあ初耳だよ。確かなんだろうね、その話は?」
声音から表情が抜け落ち、棒読みの台詞が紡がれる。婆さんの対応に、ノリスの目が笑う。
「間違いありゃせんね、『AAA』。この艦に協力するとなると、内惑星条約機構とやらの仮初の平和の終止符を打つ事になります。もし、この事を知らなかったのなら、今からでも遅くないですから、我々に協力しちゃくれませんか?」
「そうだね。そんな話を知らずに協力させられた被害者としては、そっちに協力するのが筋だね」
「そうそう、被害者なんですから、罪に問われる事はないでしょうから。我々と同じ、たまたま、クーデターに巻き込まれただけなんですからね」
「シャシャシャシャ、ちぃ〜と辛いが、及第点だよ。坊や、名前は?」
「ノヴ・ノリス。ハミルスター・インダストリー社で機械技師ですよ」
「デューイ坊やも、なかなか面白い子を飼っている。あれで中々、人を見る目があるねぇ。 《魔術師》らも、お仲間だろう? あっちのハードのフリーズを解除するから、お宅らから連絡をおし」
婆さんが、怪しさ大爆発の植物の鉢が並べられた通信ブースを指差す。
「それと、艦の自爆についてはこっちで止められない?」
「ムリだね。自爆コードは艦長しか止められないよ。外部からの接触は物理的に不可能になっている」
「だが、艦長ならば止められる?」とランダル。
「その切り替えの早さは、合格点だよ。そう、止められる」
「どうやって? おじさんにゃ、ちょいと想像できんのだがね」
自分の役目は終わったとばかりにゾンザイな口調に戻ったノリスが、問いを投げかける。
「刀自、自爆コード停止に必要なのは?」
「指紋、網膜パターン、自爆コードの三種を10秒以内に入力する、だよ。条約機構軍の艦がベースならね」
「ハードルが高いね、そりゃ」
「そうだ、アドミラルコードは?」
「上位コードによる自爆の停止は……分からんね。こりゃ、ちょっとやってみる価値あるね」
「真逆……今から条約機構軍のホストにハッキングして、アドミラルコードを奪取してくる気か、婆さん?」
「難攻不落の軍機を齧り取ってくる。なんとも『齧り屋』冥利に尽きるじゃないか」
ニマァと笑みを浮かべる黄蜘蛛に、三名は苦笑で応じる。
「残り時間は8〜9分、タイムアタックだよ。《魔術師》と《おさげ頭》にも手伝うよう連絡しな」
「了解」
「賭けるは、テメェの命。信ずるは己が技量! 魅せるは我が人生!! ビビるんじゃないよ、ヒヨッコども。この『AAA』の本気の喧嘩だ。目ん玉ひん剥いて、見物してな」
黄蜘蛛が愉悦の笑みを浮かべる。
残り472秒、カウントは進む。
※ 3 ※
艦の自爆の放送が入ってから、およそ10分ほどが過ぎた時、不意に室内に備え付けの通信機にコールが鳴り響く。その受話器を取ろうか迷う、レイ・クロースにマリオが頷いてみせる。レイが受話器を取り、もしもし、と出ると、慌てた様子でマリオに渡す。
『おい、マリオかい? オレだよ、李! 分かる?』
「音声は良好だ。で、半人前。何か用か?」
『詳しい事はコンピュータを見ろ、だってさ』
「コンピュータ?」
すると、今まで完全にフリーズしていた画面に、無数のメッセージが浮かび上がる。それに対し、セヴンが素早く、首筋のコネクトにコードをつなぐ。
「マリオ、黄蜘蛛の婆さんが共闘を申し込んできてるにゃ!!」
「おやまぁ、状況が飲み込めんが、頷くしかないだろうね」
受話器を放り出し、コンソールを叩き始めるマリオ。
「セヴン、状況説明は後でいい。オレの仕事を指示してくれ」
「了解、私がクラックを掛けて壁を壊すから、壁の再構築までに今日の条約機構軍宇宙軍司令官閣下のアドミラルコードを齧り取ってきて欲しいにゃ、できるかにゃ?」
「日に負けるには、二度は多すぎる」
「上等! その大口、忘れるにゃよ|《魔術師》(マリオ・ヘルカッセ)」
道案内役はどうやら、黄蜘蛛本人らしい。そこに、受話器を取ったレイが状況をマリオらに掻い摘んで説明をする。
「現在、この艦は自爆コードが入力されており、それを止めるために、アドミラルコードを入力する必要があるそうです。ただ、時間がもうないんで、力技で一気に電子防御壁を突破して、根こそぎ情報を齧り取るっていうのが作戦の概要で、あとは皆さんに任せるだそうです」
「あの婆さんらしい」
「で、残り時間は分かるか、聞いて欲しいにゃ」
セヴンの要望にレイが、受話器の向こうと話す。
「残り……7分、いえ、6分だそうです!」
「おいおい、アドミラルコードを手にするまでに壁がいくつあるか、あの婆さんは知ってるのか?」
「さぁ、耄碌してるんじゃないかにゃ。皺々だし。でも、やるっきゃないんだじょ」
「艦のホスト使用許可が出てるか……性能は問題ない。ギリギリいけるか」
「性能の次は、時間。『AAA』の次は、条約機構軍司令部ホスト。大物続きで、モテモテだじょ」
「モテるのには、慣れている」
「うわぁ〜、けっこう嫌味だじょ♪」
そんな軽口を叩き合っている二人に、レイが声を荒げる。
「む、ムリです! こんな短時間で、情報を盗むなんて!」
「でも、やらなければ先がない。 そうでしょう、レイ・クロース?」
手を休めず、マリオが優しく語り掛ける。その言葉に、レイ・クロースが泣き笑いの表情を浮かべる。
「マリオ、こんなこと……誰にもできない。できなくて、当然だわ。だから失敗しても、誰も責めない。私が責めさせたりしないから――」
だから、頑張って……その言葉小さすぎて、マリオの耳に届かなかった。だが――
「――有難う、お嬢さん」
マリオ・ヘルカッセにしては珍しい、本心からの言葉であった。
「私は失敗したら、責められるのかにゃ?」
ちなみに、セヴン・フォレストの呟きが、レイとマリオの耳に届く事はなかった……
自爆まで、残り時間363秒。
※ 4 ※
ハンガーから次々に兵士たちの乗り込んだ艦艇が発射していく。その一隻に、レイヴンとクレアの乗った、高速連絡艇も含まれていた。そして、その傍らには《エレクトラ》が随伴している。
その様子を、民間人たちは指を咥えて見ているしかできなかった。恐慌状態で艦艇に乗り込む兵士らであったが、やはり冷静な士官はいるもので、勢いに乗って突撃してきた民間人相手に掃射をして、足を止める。
このままで死ぬと分かっていても、さすがに銃弾の雨に身を晒すようなバカはいなく、物陰に隠れ、歯軋りをするしかなかったのである。頼みの「キメラくん弐号」も外付け動力炉が破壊され、放置されていた。
「さて、どうしたものかね」
「まぁ、脱出は難しそうだ。せめて安らかに死ねるように、生前に悔い改めておくのがいいんじゃないか?」
「生憎と聖人君子でこれまでの人生を過ごしてきたので、懺悔する必要はない」
「今の虚偽罪で懺悔が必要になったと思わんか?」
「侮辱罪の適用を法廷に告訴するぞ」
「裁判ごっこして死ぬのも、カッコウつかんな」
「いっそ、突撃でもするか?」
「趣味じゃないね」
物陰のタマロフとラモンは、飛び交う銃弾に閉口することなく、事態を打開する方策に思いを巡らせていた。決して、アホ話をしていたのではない、と本人が自己申告している以上、それが事実なのであろう。
『あ、あ、あ〜〜〜。マイテス、マイテス。 艦内に居残っている人たちに通達します。 只今、『AAA』、『魔術師』、『おさげ頭』の三名が自爆を防ぐべく、行動を開始しております。自棄を起こさず、彼らの成功を神様に祈っていてください。それと社長、艦橋に行って通信を押えてくれ、だそうです。こっちも艦橋に向かいますんで、よろしく頼みます』
その放送を聞いて、二人は目配せをする。
「「半人前だったな、今の」」
彼らと同じ、ハミルスター・インダストリー社の社員の李文の声を聞き、第二艦橋の制圧が成功したことを知る。機関部は《魔術師》が制圧した以上、残るは艦橋のみである。 ならば、己らの行うべき仕事は見えてくる。
そう、祈る事だ。