第12章 《決着》それぞれの戦い
第12章
「眼を開けなければ、何も見えない」
(金星独立運動家 アイリーン・ウィルスキー)
※ 1 ※
「|《海の荒鷲》(ネイビー)、久しいな。さて、再会の殺戮劇と洒落込もうじゃないか。 殺し、殺され、殺しあう、そんな素敵な幕間劇の始まりだ!」
濃紺のジャケットを纏った褐色の美丈夫は、紫煙を吐き出し、哄った。
かつての上官を視界に収めた時、カルロ・ネルヴォの中で込み上げてきた感情は怒りであった。理由は彼自身も分からない。彼の怒りは沈黙を以って、その裡を吹き荒れた。何者にも止められ無い憤怒が、彼を支配したのである。
兵士から奪った腰に収めた自動小銃を抜き放ち、狙いも定めずに引き金を絞る。
秒間30発の銃弾が、ブルージャケットの男を襲う。
合成樹脂でコーティングされた地面に弾痕が穿たれる。倒れ伏せた重機甲兵の装甲に炸裂した弾丸が、火花をあげて弾け跳ぶ。
だが、カルロは止まらない。
|《海荒鷲》(ネイビー)の憤怒は、敵を殺し尽くすまで止まらない。
「クックックック、いいぞ。それこそ『ヴォルフ』だ。それこそ《海の荒鷲》だ!!」
飛び交う秒間30発の弾丸の嵐に全く動じる事無く、男は地を蹴り、カルロに躍り掛かる。人智を超えた速度で、カルロの眼前まで飛び込んだ男は、自動小銃を構えるカルロを一瞥する。
「もっと力を魅せてくれ、《海の荒鷲》」
声が掻き消えるよりも早く、カルロの顔面に拳を沈みこむ。足首の回転から始まる、膝、腰、肩、肘、手首への、螺旋の力の伝導。爆発したかと錯覚させる一撃が、カルロの体躯を吹き飛ばす。一瞬、意識が消し飛んだカルロであったが、地面に叩き付けられる前に空中で体勢を整え、右手を支点に綺麗に足から着地する。
だが既に、眼前に男の蹴り足が迫り来ていた。カルロは半身を捻るようにそれを避けつつ蹴り足を掴むと、壁に向かい叩きつける。
――轟音
常人であれば、その勢いで殺せただろうが、この男は、まだ死なない。考えるよりも迅く、後方に飛び退き、銃を抜き打ちで全弾打ち込む。硝煙の匂いが通路を埋め尽くす。立て続けて放たれた銃声の木霊が消えた時、カルロと男は当初とは立ち位置を代えて対峙している。
男の頬は銃弾が掠ったのか、鮮血が流れ出ていた。
一方、カルロは口元から赤い糸を垂らしている。
「レイヴン隊長……………………ッ!!」
「言葉で交し合う事などない、力を以って語ろうじゃないか」
言語化した殺意が大気を震わす。
次瞬、レイヴンが間を殺し、渾身の右拳を叩き込んでくるのを、左腕を強引にねじ込み受け流す。
交差する視線――
一人は牙を剥いて哄い、一人は真一文字に口を結ぶ。
――刹那の停止
磁石が反発するように、両者が離れる。
「かつての上官は手にかけられんか」
「貴方は死んだ」
レイヴンの漆黒の双眸が細められ、薄い微笑が僅かに深まる。
「《死告烏》である私が死んでいると? そりゃ傑作だな」
言葉を切り、レイヴンは腰元からコンバットナイフを抜き放つ。
「私がお前を殺せるか、お前が私を殺せるか……それ以外に、興味はない」
レイヴンの体躯より放たれる殺意の炎が大きく膨れ上がり、幾重にも帯状にその痩躯を取り巻く。薄い微笑を浮かべ、男は風を切ってナイフを一振りし、右半身に構えを取る。
男から放たれる炎と異なり、カルロの周囲に漂うそれは小揺るぎもせず、静かに―――だが、確実に力を増していっている。離れて相対する二人の戦士の間で、音ならぬ緊張が高まり、気迫が鬩ぎ合う。
そして、それが臨界に達し――二つの影が交差する。
※ 2 ※
《シフラン》艦内に自爆する旨の放送が入ってから、5分。
艦内の戦況は大きく叛乱した民間人へと傾いていた。無論、装備での優劣は依然として変わっていなかったが、司令部である艦橋との通信が不通となり、さらに時折揺れる震動と爆発音に、軍人らの士気は崩壊寸前まで進んでいたのだ。
そこに艦を放棄しての自爆するとの放送である。艦橋が叛乱した民間人の手に落ちたのか、それとも、艦の航行に重大な障害が発生したのか……ともかく、彼らは恐慌の一歩手前での撤退をしていた。そこに、叛乱発生宣言後の横暴な軍人連中への意趣返しと、あちこちに悪辣なトラップを仕掛けていた。一つ、一つは、致死的なものではなく、通路に電流を流したり、隔壁を下ろし、中に閉じ込めたりと、嫌がらせのレベルであったが、正しい情報が無い状況の彼らは、混乱し、対応に右往左往するのだった。
そんな中、ノヴ・ノリスらハミルスター・インダストリー社の社員3名は、第2艦橋を押さえるべく、移動をしていた。爆発物などの撹乱はデューイらが、「キメラくん」での戦闘行為はラモン・イバレスらが担当しており、ほとんど巡回兵らと会う事無く移動することができた。ただ、艦橋付近については、民間人非公開地区となっており、正確な場所を知らない為に、あちこちを徘徊するはめに陥っていたのではあるが――
「ユニークだねぇ、条約機構軍の艦船は。おじさんには理解に苦しむデコレーションだ」
「こりゃ、確か『漢字』って奴だろ? なぁ、読めるか?」
「……読めるが、半人前には教えん」
「ホントに読めんのかよ?」
「それも半人前には教えん」
『天上天下唯我独尊』とケバケバしく赤いペンキで殴りかかれた扉を前に、彼らは率直な感想を述べあった。その赤字を前に腕組み、しきりに唸る李文を適当にあしらいつつ、ハミルスター・インダストリー社の古参社員であるランダルが扉横のIDチェックに携帯端末を繋ぎ、ハッキングを試みる。ここまでは閉鎖された隔壁も、10秒足らずで解除していったランダルであったが、今回は苦戦しているらしく、年齢の割りに後退してしまっている頭に、汗が浮かび上がっている。
「どうだい、開きそうか?」
「《ルーセル》系統の暗号だからな。ちょいと、俺の端末だと厳しいな」
「《ルーセル》系統?」
「半人前は知らんでいい」
8桁の数字パターンの解析を行うも、乱数により中々、パスコードが定まらない。なかでも《ルーセル》系統の暗号式は、非合法ツールによる解析妨害を目的としたものであり、乱数パターンが標準暗号式の《タワー》系統や、銀行などで使われる《スタック》系統とは桁違いなのであった。
「よし……開くぞ」
ピーーーーー
甲高い電子音と共に、扉の電子施錠が解除される。
同時に、甘ったるい匂いが回廊へ流れ出す。一種独特の酩酊感が彼らを襲う。
「樹脂麻薬……か?」
「違うな、こりゃ。お香……たぶん「宿木」か「蛍」だな」
「なんだそりゃ?」
「ま、知らんだろうね。地球でも廃れた遊びで、匂いを当てる遊びがあったのさ」
「そりゃ随分、典雅な遊びだね。おじさんにもできるかい?」
「時にして、遊びが人を選ぶこともある」
おやおや、とゴツイ肩を軽く竦め、ノリスが視線で入室を二人に促す。武器として、三人が手にしてるのは、作業用のレンチやらハンマーの工具である。もし、相手が武装していれば、機先を制しての奇襲以外に勝機はない。
薄暗く、狭い第二艦橋を三人が素早く入り込み、そして、その異様な風景に立ち止まる。
「こりゃまた、最近の軍艦はすげぇ装飾するんだな」
青年が呆れたように口を開く。
それもそのはず、臨時の艦長席になるだろう場所に『上海ハニー』と掛け軸が掛けてあり、所狭しと妖しげな植物の鉢が置いてある。言葉を発しない二人の中年の反応も、唖然としている。
そこへ、皺枯れた声が掛かる。
「なんだい、ランダル坊やじゃないか。珍しいところで会うもんだね」
青白く光るディスプレイの前に陣取る人影が、ゆっくりと振り返る。これまでの苦労か、それともただの年齢のためか、深く刻まれた皺に、もはやどこが目だか、分からないくらい皺々の婆さまだ。
「黄蜘蛛!! アンタか、婆さん」
「そうだよ、小僧。6年ぶりだったかい、元気そうで何よりだ」
「黄って……真逆――」
「『AAA』さ。この婆さんが死んだら、金星住民の8割が泣くだろうってほどの人徳の刀自だよ、李文」
「もっとも、歓喜の涙だがね」
ランダルの言葉に、ノリスが突っ込みを入れる。
「相変わらず、年寄りに対する畏敬の念がない連中だね。少しは敬いな、小僧ども」
皺枯れているくせに、やけに張りのある響きであった。しかも、耳朶に蛇がまとわりついたような薄ら寒い感覚に襲われる。
「で、何の用だい。話によっちゃ聞いてやらんでもないよ」
齢百を超えるだろう、老婆に気圧される3名であった。
※ 3 ※
クレア・ラージは、銃撃と喧騒の格納庫を、兵士に案内され駆けていた。このような叛乱があるとも思っていなかったし、こうやって艦から退避するのも、まさに青天の霹靂であった。
レイヴンと名乗った褐色の美丈夫と出会ったのは、2年前の事だ。当時、月面で研究員をしていたクレアの前に、彼は突然、現れた。何の前触れも無く、彼は騒乱を彼女に持ちかけた。無論、彼女は拒んだ。「ハイヴィスカス戦役」にて金星人も少なからず、戦死者を出している。妥協の産物とはいえ、平和を享受できる現在を彼女は否定していなかった。かつてのように研究開発を強要されること無く、己の望む研究ができる今に少なくとも不満はなかった。
だが、レイヴンは、尚も囁く。
「カーテローゼ・G・ウィザードを超えたくはないか? あの天才を?」
どこで、レイヴンがその名を知ったか、クレアに知る術はなかった。
――だが、その名は誘蛾灯のように、彼女を危険な道へ誘い込む。月面の研究施設で出逢った、小さな少女。そして、大きな才を秘めた天才に――
発想が違った。
着眼が違った。
応用が違った。
何もかも、違った。
金星で才媛や閨秀などと呼ばれていた己が、なんと矮小な存在であったか、彼女は無言の圧力を以って主張してきた。
初めて、挫折を味わった。
何かを彼女と競い合った訳ではない。彼女はクレアの技術を次々に自分のモノへとしていった。そこから応用し、新たな発見をした。先刻までの自分の技術が、己の知らない何かに変容していく感覚……それは彼女でしか分からない恐怖であった。まるで、自分は彼女の糧となるべく生きてきたような錯覚。
必死であった。
置いて行かれないように、彼女に追いつく為に、彼女と常に一緒に、常に共に行動するようになった。己より10歳も年少の少女の才能に、クレアは嫉妬し、憎悪した。そして、それと同時に尊敬し、師事をした。クレアのカリンに対する感情は複雑であった。
もし彼女が年配で、もっと名前の知られた存在であれば、その想いは純粋な崇拝へとなっただろう。だが、年少であり、学者としても、技術者としての名声は、それほどのものでもなかった。彼女ほどの才覚があれば、もっと名が知られていてもおかしくはなかったのだが、ごく一部の人間の中でのみ知られていた。
一度だけ、クレアはカリンに質問した事があった。貴女ほどの才覚があって、なぜ表舞台に立たないのか、と。
普段はつっけんどんで大人ぶった態度の彼女が、その時は年相応の小さな少女のように弱々しく微笑したのを覚えている。理由があるのだろうけど、クレアには聞けなかった。
当初は、迷惑そうにクレアに相手をしていたカリンであったが、1ヶ月が過ぎる頃には彼女からクレアに話しかけるようになった。一緒に食事をし、雑談をし、笑えるようになったのは、3ヶ月が過ぎた頃であった。
クレアは、己の狭量を恥じた。カーテローゼ・G・ウィザードは気高く、誇りを持って生きていた。輝かんばかりの才覚は、彼女の勤勉がなせるものであった。だが、それでもクレア・ラージは彼女の才能を嫉む。
クレアには、彼女の直感がなかった。
凡人と天才。
勤勉な天才に、勤勉な凡才はどう追いつけというのだろうか?
クレアは、カリンを愛し、そして憎悪した。
これほどまで、人は人に感情を注ぎ込むことができるのか。そう驚く一方で、彼女自身、その莫大な質量の想いを持て余していた。二つの相反する想いは、ゆっくりと水が真綿に染込むように彼女の心を浸食していった。常軌を逸していた、その言葉が一番正しいのかもしれない。彼女の心の容量が、その想いの自重に潰れた時、彼女もまた天才の領域へと、足を踏み込む事ができた。それは狂気と人は呼ぶのかもしれない。だが、彼女の妄執は形となって具現化することとなった。
クレア・ラージの得た魔法は、「慣性制御」。カリンから教わった「GR機関」の基礎理論をヒントにクレアは、人類未踏の領域に足跡を残す事に成功した。だが、それは理論だけであり、現実問題としていくつもの実験や過程を得なければ、空想の産物でしかない。
「天才を超える……カーテローゼ・G・ウィザードを超える」その想いは、レイヴンの誘いを呼び水に、一気に爆発した。
その先に何があるか、分からない。だが、科学者として、技術者として、カリンを超えねば、クレア自身の未来がないように錯覚したのだ。
そして――クレア・ラージは月面を去る。愛すべき天才を残して、愛すべき天才を超える為に。どうしようもなく、カリンを愛していたクレアにとって、その才能の差は苦痛であった。もはや嫉妬ではなく、カリンの横に立ちたいが為の決断だったのかもしれない。カリンの横に立つ為に、その為だけにクレアはクーデター勢力に協力をする。カリンに匹敵する発明を――「慣性制御」を完成させるために。
連絡艇の横には《エレクトラ》が立っていた。まだ、完成には程遠いが「慣性制御」を搭載したCA。人類未踏の超技術の産物。創造主であるクレア・ラージは連絡艇に滑り込むと、兵士にここで待機するように言われる。どうやら、レイヴンが彼女を救助に来たらしい。もっともクレア自身ではなく、彼女の脳みそを守りに来たんだろうが。
「ねぇ、カリン? 私は貴女に追いつけたかな? 貴女は、今の私を見て、軽蔑するかな?」
彼女の中の、一回り大きな白衣を着たカーテローゼ・G・ウィザードは、微笑むだけで何も答えを返してくれない。
喧騒と銃撃の最中、クレア・ラージは膝を抱えて、顔をうつ伏す。
「遠くにきちゃったよ、カリン」
その呟きは、誰の耳にも届く事はなかった。
※ 4 ※
ハンガー付近の通路は、硝煙の匂いが充満する空間となっていた。光線銃なるものも開発はされていたが、威力はともかく継戦能力に著しく欠陥がある為、未だに人類は火薬を用いた銃器を手放させずにいた。
32名もの兵士が通路に殺到する民間人に対して、銃撃をしている。民間人は、作業用のドロイドに、部品庫からかっぱらってきた鉄板などを溶接させ、遮蔽物として接近を試みていたが、怒涛の銃撃の前に足止めをさせられていた。思い切って、一気に距離を詰めようとした二人の民間人は、装甲弾によって上半身を消し飛ばされ、通路の中ほどに赤い血溜まりを作っている。
全艦内への自爆放送から10分を経過し、残りは10分ほどである。ここに残っている兵士たちの顔にも焦りが浮かんでおり、双方が一種の我慢比べの状態となっていた。もし、兵士が先に退けば、それに乗じて一気に民間人が攻め込むだろう。武装をしている兵士らが負ける事はないだろうが、確実に数名は脱出の機会を永遠に失う事になろうことは、想像に難くない。
民間人らは、先に激発しては、蜂の巣にされるだけで、その先がないのである。だが、そこに救世主が現れたのである。「キメラくん」とラモン・イバレス一行である。動力切れで動かなくなった「キメラくん」を数分前から、通路近くに結集していた技術者たちが、必死に改造をしていた。もはや、長時間の活動は必要ない。 短時間で、兵士たちを蹴散らせれば、それで事は足りるのである。
その場にいる民間人全てが、金星を代表するその道のプロフェッショナルであり、その持てる技術を「キメラくん」に叩き込んだのだった。
そして、完成したのが「キメラくん弐号」であった。
全長180cm、総重量300kg、動力を外付のジェネレーターとし、有線で稼動する仕様に改造されていた。さらに、非常用の戦斧を両手に装備させた戦闘用人造人間は、溶接痕だらけの不細工な造りとなっていたが、それがまた一種独特の凄みを醸し出しており、それを生み出した技術者は満足そうな笑みを浮かべるのだった。
残り10分で爆発する艦船の中で、こういった機械イジリに熱中できる彼ら自身の図太さは目を見張るべきものであり、実際問題、「キメラくん弐号」の完成で彼らは本来の目的を忘れかけていたという。得てして、技術者とは己の楽しみだけに集中してしまい、大局を見失ってしまう事があるが、今回の彼らはまさにソレであった。
いち早く、本分を全うさせる為に、ラモン・イバレスが「キメラくん弐号」を引き連れて銃撃が続く通路へとやってくる。10分を切った今、脱出は非常に難しいのも事実であろうが、諦めて死ぬというのは、彼らの矜持が許さなかった。
軽快な銃撃音が鳴り響く中、硝煙のもやの中から、両手に戦斧を構えた溶接だらけのドロイドが姿を現す。地球流に云えば、フランケンシュタインの怪物、といったところだろうか。その化け物染みた姿のドロイドは無人の荒野を歩くが如く、軽快なフットワークで通路を進撃する。
「う、撃てぇぇぇ!!!」
号令の下、一斉に兵たちが射撃を始める。通路全体が弾丸で埋め尽くされたかと錯覚されるほどの、超過密射撃に加え、どこから持ってきたか、簡易ロケットランチャーまでがぶっ放される。ある意味、自爆する艦だからこその武装であったとも言える。
「や……やったか?」
密閉空間での轟音により、耳が聞かなくなった彼らは一旦、射撃を止め、もやが晴れるのを待つ。そして、息を呑んだ。
「キメラくん弐号」は生きていた。左腕が吹っ飛び火花が散っていたし、わき腹部分が抉れ、頭部に破片が突き刺さっていたが、歩みを止めていなかった。
ガシュ……ガシュ……ガシュ……ガシュ……ガシュ……ガシュ……ガシュ……
やけに大きく木霊する足音に、一人の兵士が悲鳴を上げて逃亡を始めた。それにつられるように、次々に兵士たちが脱出艇へ逃走を始める。そこへ追い討ちを掛けるように、「キメラくん弐号」が咆哮を上げた。
パォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
決定的であった。その咆哮によって、兵士らの士気は完全に崩壊し、恐慌状態に陥った。そして、その通路の奥では切り札が上手く機能したことに、「キメラくん弐号」の生みの親たちは手を叩いて喜んでいた。本来であれば、完全に自律制御されている「キメラくん」であったが、弐号へとバージョンアップをする際の外付け動力炉のケーブルを利用して簡易的遠隔操作機能も取り付けていたのだ。そして、その中の機能の一つに、低血圧で有名なカッセル博士愛用の目覚まし時計『パウワ』を組み込んだという訳である。これは、地球の白象の鳴き声で起こすという画期的な目覚まし時計であって、象の咆哮を上げさせれば奴らは震え上がって逃げるだろう、というカッセル博士の発案のほど組み込まれた機能であった。(時計ごと内蔵されており、後背部にスピーカーを外付けされていたのである)
パォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
パォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
パォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
パォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
「は、博士。あの音はどうやって止めるんですか?」
兵士たちが逃走していったのを確認した彼らは、鳴き止まない「キメラくん弐号」の咆哮を止める方法をカッセル博士に問いかけた。
「あの時計を止めるにゃ、ランダムに出題される10問の数式の解答をせにゃ、ならん。寝起きの頭の体操の一環じゃな」
「……時計をぶっ壊せ」
「こ、こりゃ、待て! あの時計は高いんじゃぞ」
「……やれ」
「ギャ〜〜〜〜〜〜、なんばしよっとね」
かくして、通路の戦闘は民間人側の勝利に終わるのだった。