第9章 《転》 小さき戦争
第9章
「昔『天才』って言葉を定義した偉人がいるのよ。『天才とは99%の努力と、1%の霊感である』ってね。知ってた? つまりね、霊感のない人間はいくら頑張っても「天才」には追いつけないってことよ」
(宇宙暦308年、クレア・ラージの月面からの帰国に際しての言葉)
※ 1 ※
地下組織に軍事力は存在しない。彼らが引き起こせるとしたら、精々単独テロくらいのものである。だが、それらが軍部と繋がりを持つことで状況が一変する。 地下組織の持つ思想と、軍部の持つ暴力が醜悪な化学変化を起こすことによって、思想的に統制された優秀な軍隊が生まれる。
《シフラン》に搭乗した軍人の約8割が、今回の決起を知っており、残りの2割にしても周囲に現状の金星の置かれている状況に不満を漏らしていた連中で構成されていた。
閉鎖された艦内にて、高らかに正統政府樹立を宣言し、艦を掌握。一気に金星の臨時政府とやらを打倒する手筈であった。その準備はできており。完遂できる筈であった。
だが、彼らが布告を出す前に《シフラン》内部で民間人の叛乱が勃発した。当初、彼らは叛乱の兆しを察知した条約機構軍なり地球連合軍なりが諜報員を潜めていたのかと驚愕したが、すぐさまヘルベルト・カルペー中佐により状況がクリーンにされ、たった13名の叛乱だと知らされると、あっという間に士気を回復させた。
むしろ、その直前の驚愕に赤面し、それを怒りへと変換させた《シフラン》の乗員は猛る軍隊として艦内を巡回していた。
そして、その中には不幸な出来事も少なからず起きていた。
血気盛んな乗員に、抗議する民間人が数名撃たれるという事件が、艦内の各地で起きたのだ。これはヘルベルト・カルペーに報告される事はなかった。撃った乗員も興奮していたし、彼らは抵抗する民間人を鎮圧しただけ――任務の一環だと考えていたのだ。
しかし、それは誤りであった。この艦船に乗っている民間人は須らく一流の技師であり、反社会的分子とされる資質を持つ輩であったからだ。叛乱が起きたと詳しい説明もせず、しかも説明を求めたら暴力を以って返答をされたのである。
彼らの結論は至って、簡単であった。
「敵の敵は味方」という論理にのっとり、叛乱者へ加担するという結論に辿り着いたのである。
※ 2 ※
「艦長、連絡艇より入電。着艦の許可を求めております」
重機甲服を纏った陸戦兵が、艦内を徘徊する敵を殺戮すべく出撃した艦橋では、一種の安息感が漂っていた。常識で考えて、人が装備できる武装で重機甲服を破壊することはできない。叛乱の鎮圧も時間の問題だと、艦橋要員の多くが考えたのである。
「連絡艇だと? 所属は?」
「所属不明です。ただ……コード《レイヴン》と名乗っています」
「レイヴンだと!?」
「は、はい!」
この叛乱騒ぎの最中に現れた連絡艇からの入電に色めき立つ艦長に、通信兵が驚く。レイヴンというコードがどのような意味を持つのか、クーデターの事を知らなかった、その通信兵は知る立場にはなかった。それが殺戮の代名詞とまで呼ばれた兵士のコードであり、クーデター勢力の幹部の一人であることも。
「通信を繋いでくれ」
了解と通信回線を繋ぐと、ブリッジスクリーンに褐色肌の美丈夫が映る。
『カルペー中佐、貴艦の状況を説明せよ。コールダー少佐の説明から不安に思って、宇宙に上がってきたが、先ほどスライダル基地から貴艦の連絡が途絶えたと入電があった。 非常事態か?』
敬礼もせず、その男はスクリーンに映るなり、言葉を紡ぐ。その声音は何の感情も含んでおらず、まるで犯罪者を裁く冷徹な裁判官のような印象を与えた。通常であれば、反感を抱いてもおかしくない話し方であったが、その男はそんな反抗心さえ認めない雰囲気を纏っている。スクリーン越しでありながら、艦橋にいる連中は例外なく、喉下に冷たい刃を突き立てられたような錯覚に陥る。
「民間人が叛乱を起こした。目下、鎮圧中だ」
『叛乱? 民間人がか?』
「そうだ、13名の民間人が叛乱を起こし、現在、鎮圧に回っている」
『………了解だ。貴艦への着艦を要望する』
「許可をする。曹長、ハンガーに誘導してやってくれ」
「了解」
ブゥンとスクリーンから、男の姿が消えると、どっと一気に汗が吹き出る。知らず知らずの間に力んでいた全身の力が抜ける。ヘルベルト・カルペーにしても、レイヴンという男は未知の存在であった。彼がクーデター組織に誘われた時、既にレイヴンは幹部として、そこにあった。
名前は知っていた。
金星軍にとって、彼の名前は一種のブランドであった。血河屍山を大量生産する殺戮機械。どこに隠れようが、どこに逃げようが、必ず狙った標的を殺し遂せる死神。30名の重機甲服兵を率いて、戦場という戦場を蹂躙せしめた最強にして最凶の部隊『群狼』の唯一の生存者。
彼がこの時期に、この艦にやってきた事にヘルベルト・カルペーは緊張を強いられていた。同志という立場でありながらも、レイヴンだけは何を考えているのか、彼には不明であった。今回の決起に関しても、レイヴンの仕事だけは不透明なままであるのも一因であろうが。
「大鴉め、何をしにやってきたんだ」
そう口の中で呟くヘルベルト・カルペーであった。
※ 3 ※
「ブリッジ、こちらカーペンター軍曹! 現在、第五船区にて叛乱民間人と交戦!! 付近に、誰かいれば救援をお願いします!!」
軽快な機銃の音が木霊する通路で、カーペンターが通信機に向かって叫ぶ。付近を調査中、不意に部品倉庫からの銃撃に、エディンとキダが軽傷を負ったが、戦闘に支障はなく、機銃掃射をしつつ、敵勢力の動きを封じている。
当初に散発的な銃撃こそあったが、現在は部品倉庫の影に隠れて、出てくる様子はない。そこでカーペンターは、一気に部品倉庫に突撃する方策をとることにした。そもそも、民間人がそれほど強力な武装をしているとは思えなかった。民間人とはいえ叛乱は叛乱である。これを鎮圧した功労者となれば、クーデター成功の暁には彼の待遇も大きく変わるだろうと、色気を出しのもあったが。
「エディン二等兵、キダ二等兵はその場で援護、残りは私と共に、倉庫に突入。叛乱勢力を殲滅する」
低い体勢ですばやく行動しつつ、カーペンターは部品倉庫に取り付く。視線で後ろの2名の兵に合図し、同時に部品倉庫へ飛び込む。
そこで、ピン、と何かが切れる音がした。
すぐさま、四方八方に銃を向けるカーペンターらであったが、そこには誰もいない。
逃げたか、そう彼が思考した瞬間、部品倉庫を含む第五船区のあちこちで爆発が起きた。
船全体がミキサーにかけられたような激震が、《シフラン》全体を襲う。
部品倉庫の壁や天井に亀裂が入り、破片が飛び交う。震動が収まり、破片の落下が終わるまで、伏せてやり過ごす。実際には1〜2分の出来事であったろうが、カーペンターには1時間にも等しい時間であった。
「無事か!?」
ようやく揺れが収まり、カーペンターは膝立ちになりながら、周囲の部下に声を掛ける。額に汗が浮かび、体には焦りが渦巻いている。おそらく、この倉庫入り口にトラップを仕掛けていたのだろう。無論、この船を爆破してしまうようなトラップでは自分も巻き添えになるので、いわば霍乱を目的にした爆破だと考えていい。
「軍曹、カイト二等兵が破片で頭を強打しております。作戦行動はできそうにありません」
こめかみから赤い液体を流し、ぐったりしている金髪の青年を見やる。その横にはこぶし大の破片が転がっており、これが当たったのであろう。そこへ、艦橋からの通信が入る。
『こちら艦橋。第五船区にて火災発生箇所多数、減圧発生箇所も多数。至急、作業服を装着し、鎮火、及び、減圧処置を行ってください』
「こちら、カーペンター軍曹。カイト二等兵が負傷しました、収容箇所はありますか?」
『こちら、艦橋。了解、第三船区の医務室に向かって下さい。なお、第二、第四船区は……つう……で……ま………………ザ――――』
「こちら、カーペンター軍曹。応答願います!」
不意に、通信機に雑音が入る。艦内通信である以上、異音が入ることなど考えられないのだが、先ほどの爆発の影響でどこかしらが故障した可能性もある。
そこへ、再び軽快な機銃音が鳴り響く。
咄嗟に頭を下げるカーペンターらであったが、それがエディンとキダであると気づく。
「どうしたっ!?」
大声で問うカーペンター。
「戦闘用人造人間です!!!」
「なッ!?」
彼らは通路に向かい、機銃を掃射していたが、そこへ白銀のボディの人の形をした機械がゆっくりと二人に近づいている。戦闘用人造人間とは、簡単に云えば、戦闘に特化したドロイドである。とはいえ、それほど量産されているタイプではなく、ニンゲンを信用しない金持ちの要人たちが、専ら護衛として使っているような類のものである。とはいえ、殲滅戦闘に特化したタイプなどの性能は、装甲車と随行歩兵小隊程度なら全滅せしめるほどの火力と頑丈さを持ち合わせている。この艦に戦闘用人造人間など搭乗していなかった筈だ。
だが、現に彼らに近寄ってくるのは、紛れもなく戦闘用人造人間である。
機銃の弾倉が尽きたエディンとキダが逃走し、同じく一緒にカイトを手当てしていたトランブル兵長も走り出す。
「ま、まて、逃げるな!! 戦え!!」
銃を戦闘用人造人間に向け放ちながら叫ぶが、彼らは戻ってこない。
そしてカーペンターが持てる銃弾をすべて、白銀の機械人形に撃ちつくした時、それは彼の目の前にまで来ていた。ここにきて、それが継ぎ接ぎだらけの急造品だと気づくが、ゆっくりと眼前に迫り来る鋼の拳に視線が縫い付けられる。
頭部を破砕させれたカーペンターの思考は止まった。
脳漿がぶちまけられ、噴水のように鮮血を噴出す体が、ゆっくりとその血溜まりにうつ伏す。
これより第五船区は、地獄と化す。
この物言わぬ、殺戮機械の手によって…………
※ 4 ※
「『キメラくん』は上手くやってるな」
「しかし、あの短時間でECM内臓させるなんざ、よくできたな、コロソフ」
「混乱を起こすのが目的なら、通信も封鎖させんと拙いだろう。だが、動力の問題で20分しか動かんぞ、あれは」
「十分だ、コロソフ。その時間をフルに使って、我々は艦内に爆発物を仕掛け、その隙にノリスが条約機構軍に連絡する。相手を全滅させる必要はない。時間を味方につければ、我々の勝利だ」
痩身の中年男性の声に、二人の男がうなずく。中年男性の名は、デューイ・ハミルスター。彼らの雇用主にして、現在《シフラン》で叛乱を起こしている民間人の最大勢力の指揮官である。
淡い金髪を短く切りそろえ、そして深い彫りの容貌は、一種の精悍さがあった。海千山千の「齧り屋」どもと対等に渡り合ってきた彼の自負といっても良い。弾薬庫からくすねてきたCA用の弾薬を加工し爆発物にした彼らは、あちこちに爆発物を仕掛けて回っていた。
現在、ノヴ・ノリスらは第二艦橋の通信機器を奪取すべく移動しており、ラモン・イバレスらは『キメラくん』と命名された戦闘用人造人間とともに、小競り合いを勃発させる囮役に徹している。
どうやら、彼らの他にも艦内で暴れ回っている奴がいるらしく、クーデター側は相当に混乱していた。
「前方より、複数の熱源反応。おそらく巡回部隊です、社長」
メガネのような熱源センサーを装備した若い方の男がいう。
「ハーヴェイ、人数は?」
「4人です」
ハーヴェイの言葉に、デューイはもう一人の同行者である中年男に頷いてみせる。男の持つリモコンのボタンを押すと同時に、4人組の部隊が歩いてくるという通路が爆発する。
「コロソフ、ここに一つ、設置して退くぞ」
「了解」
数瞬後、回廊に響き渡る震動と爆音のさなか、三人は素早く身を翻し、その場を去るのであった。