序章 金星の海
序章
戦争マニアがいくら死のうが、私の知ったことじゃないわ
(金星独立運動家 アイリーン・ウィルスキー)
――金星衛星軌道上、第4演習宙域――
全高8mを有するチタン合金とセラミックをその主成分とする人型兵器――それが金星の赤く輝く大気層を背景に、白い軌跡が複雑な曲線を描いていた。
その数は、3つ。
それらは、殺戮と破壊のみをその目的とした、戦闘兵器であった。
《戦闘鎧》――そう名付けられた巨人は、唯の数機で小規模の都市を制圧する事すら可能とする火力を有する、宇宙世紀を代表する兵器。
例えば、右腕に装備された125ミリメートル機関砲は、毎分400発連射を可能とする強力な重火器であり、肩口に装着された四連式ミサイルポットは、貨物船程度なら一発で撃沈させるだけの威力を持っていた。
そして、現在。
その戦闘兵器が漆黒の海原で、互いに己の牙を敵に突きたてようと三つ巴の様相を呈していた。無数に放たれた誘導弾頭のミサイルが次々に高熱源弾に打ち抜かれ、真紅の波紋を虚空に創り出す。
その真紅の閃光の中より突き抜ける褐色の機体が一つ。
そして、それを追う2つの黒い機影が加速し迫る。
追撃する2つの機影が、腕を伸ばし次々に機関砲を放つ。二本の火線が一直線に、先頭を飛翔する褐色の巨人へ降り注ぐが、褐色の機体は弧を描くように鮮やかに避ける。幾度も断続的に繰り返し放たれる火線――だが、やはり先頭を飛ぶ機影に掠りもせず虚空に吸い込まれていく。
不意に、漆黒を縦横無尽に飛び交う先頭の褐色の機体が、機雷を射出する。それは追尾する2機の黒いCAの軌道上に絶妙のタイミングでばら撒かれた。瞬時に危険を察知し急制動を掛け、機雷域を回避する行動に移ろうとする2機であったが、その間隙を追尾されていた褐色の機体は待っていたかのように、牙を剥く。
芸術的なまでの最短軌道――直線軌道は取らずに急反転を繰り返しながら、一体の背後に取り付く。すぐさま、迎撃体勢を取らんと振り向こうとする黒い機体であったが、それよりも早く褐色の機体の持つ真紅に輝くナイフが激しい火花と散らしながら、後頭部へ突き立てられる。まるで本物の人間が殺されたかのように、四肢が痙攣し震えて沈黙する機体。
刹那の空白。
そしてナイフを突き刺した褐色の巨人が、その場からバーニアを吹かせ離脱と同時に機関砲を放ち――閃光の波紋が虚空に広がる。
閃光に照らされる巨人の姿は、神々しくさえ見えた。まるで神話に語られる巨人族――殺伐とした戦闘兵器でありながら、四肢を持つ人型の巨大兵器は、己の生み出した紅蓮の華に照らされた一瞬だけ見る者を魅了する。
……CA、宇宙世紀の人類の新たな玩具。
褐色の機体――CAは、素人でも理解できるほど無駄のない洗練した動きで、残る一機を追い詰めていく。僚機を失ったもう1機が沈黙したのは、それから30秒後のことであった。
宇宙歴312年4月――世にいう「ハイヴィスカス戦役」が集結し、約9年……内惑星条約機構という新たな秩序が成立しながらも、人類は未だ戦火という火遊びを止められずにいた。
そして、この物語は歴史という大河の奔流に投げ込まれた、小石の波紋というべき物語である。