1.はじまり
別の世界。
異なる理と秩序を宿したもう一つの世界で、その老人は天文学者として過ごしていた。来る日も来る日も遠い彼方の夜空を眺めては、星の軌跡を辿るのが、彼に託された使命の一つであり、唯一の癒しでもあった。人間嫌いの彼にとって、星は唯一の信頼足り得る友人であり、彼が住む世界における永遠の真実であった。
ある日、何時ものように夜空を眺めていた時、奇妙な星々が天に瞬いているのを発見した。それまでの長い人生の中で見てきたどの星々とも異なる夜光を放つそれを、彼は不思議な心持ちで観測し続けた。
そのうち老天文学者は、偶然発見したこの奇妙な星たちに名前を付けることにした。
一番強い白光を放つ星には『自在』。七色に輝く光を放つ星には『工量』。淡い紫色を放つ星には『霊顕』。重々しい鈍色の光を放つ星には『偽獣』と名付けた。
暫くして、彼はある事に気がついた。名前を付けた先の四つの星々。その周辺に、いくつもの小さな輝きを放つ星が無数に現れたのだ。老天文学者はそれら小さな星々の運行を観測し、詳細な記録をつけ始めた。体調が思わしくない時でも決して休まず、飽くることなく星の動きを注意深く観察し続けた。
やがて、彼はおもむろに羊紙とペンを取った。古の人々が天体に連なる星々に神話性を見出して物語を紡いだように、彼もまた、それに習おうとしたのだ。
そこから何が見えてくるのかは分からない。だが、彼は突き動かされるままに星の軌跡を、神話の記録を書き記していく。まるで、己が歩むべき宿命を自覚したかのように。
命尽き果てるまで『それ』を紡ぐ事を、老天文学者は己に誓った。
即ち、異界の都市の物語を――その一端を、ここに記す。