世界その2
「魔法騎士だと?」
「はい、シャンデラ王国の騎士のほとんどは下位魔法しか使えないのですが、騎士長は中位も使えますので!」
「なるほど。ぜひその人と会ってみたいがその前にそろそろ手を離してくれたら嬉しいが」
とクリアはいまだにアーシェの胸に置かれている片手を主張する。
ようやくこの事を気づいたアーシェは顔を真っ赤にさせて手を離す。そして勢い良く後退し、しきりに頭を下げていた。
ぴょこぴょことアホ毛も上下に振っていた。
「す、すみません!私ったら舞ってたみたいで...マーガレット、初めて異性に触られちゃいましたっ!」
「それはよかったですね」
素っ気ない返答で済ますマーガレット。
その内心を代弁するとしたら先に越された。というべきだろうか。
「マーガレット、そのことを兄様に報告すべきでしょうか!?」
「それは...やめといた方はいいかもしれません。何しろ王子様は妹であるアーシェ様を溺愛しておられますので。その、胸を触られたと知ったら何を仕出かすか予想出来ません」
「触られたなんて物騒な言い方はよせ!不可抗力だっ!」
慌ててクリアが二人を割り込む。
もしかしてこの二人、俺を嵌めようとしているんじゃね?と疑惑がちょっと芽生えたクリアである。
「そ、そうですね、クリア様。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「むしろ...いや、別に構わん。それ以上変な雰囲気になる前に騎士長と会いたいのだが」
「了解だ、剣聖殿。騎士長は詰所で休んでおられるはずだ。そこに向かおう」
そう言うとマーガレットは踵を返した。
後にアーシェも続く。
「クリア様、こちらです!」
と顔だけ振り向いてアーシェは微笑みそう言った。
その笑顔がひどく儚く、触れただけで壊れてしまうような気がして。
それもそのはず。15、6位の少女に国の命運がかかっているのだ。その重圧は計り知れないというのに健気に少女は明るく振舞っている。
"山本大和"なんか比べ物にならないくらいずっと大人だった。
いまいちなぜここに召喚されたのか飲み込めない。この世界に何が起こっているのかはわからない。
だけど、今はこの笑顔だけでも守れたら──とクリアはそう思った。
瞳が、赤く輝く。
魔力が身体中に漲る。
だが、悟られてはいけないのだ。
彼女らの前では英雄の剣聖を振舞わなければならない。
その道がどんなに茨の道であろうが、クリアはこの国を救う。そう決心した。
"禍神、後は任せたぜ"
そう聞こえたような気がしてクリアは振り返る。だがそこは静寂を取り戻した召喚の間で何もなかった。
「今のは...いや、気のせいか」
「クリア様、どうしましたか?」
「いや、なんでもない。さあ行こう」
再び身を翻して、クリアは歩み始める。
「もおおおおおお!」
「一体どうなってんのおお!」
「南のクソ英雄で手を焼いてんのにぃぃ!」
「これ以上増えたら世界の均衡バランスが崩れちゃうでしょ!」
「何考えてんの、人間共は!」
大地が抉られ、地盤が吹き飛ばされる。
馬車の程にもある岩石が物凄い勢いで弾き飛ばされ、その先に居た武装集団に直撃する。
何も出来ずに潰され、腸をぶちまけて一瞬で絶命する集団。臓物と脳漿と血がごっちゃ混ぜになって大地に彩りを与えていた。
「あーーーーー!!!もうイライラしちゃう!!!」
さらにもう一発地面を強打する。
魔力がスパークし、大地に焦げ目で魔法陣が描かれる。特大の魔法陣だ。
「もう!あんたらなんか死んじゃえ!」
"業火爆撃"
描かれた魔法陣が赤く燃え盛る物へと変貌する。それは溶岩。そして魔法陣から勢い良くマグマが飛び出す。
さながら小さな噴火口のようだった。
それを先ほど作った陥没した地面になだれ込ませる。
ドロドロと進ませるよりは決壊したダムにように一気に蹂躙した方がいいと。
「もう!あんたらみたいな奴がいるからクソ英雄が産まれるんだよ!」
両手を持ち上げるように天に翳した。
その動きに呼応するように陥没した大地が持ち上げられる。
溜まりに溜まった溶岩が我先と激しく吹き出す。その先は──。
「終わった。見よ。溶岩が大河のようになってここにやってくる。たかが少女と高を括ったのが我らの犯した過ちであろうな。やはり見た目は少女とはいえ、六大魔王序列四位の"夜輝悪姫"なだけにある」
溶岩の川が城壁を襲い掛かる。見張り台よりも高く、空をも覆い被せるほどの大河。
あっけなく城壁は溶岩に飲み込まれ──跡形もなく城下町諸共消滅した。
一瞬にして万を超える人が死んだのだ。
城壁も城下町も失った聳え立つ城ほど滑稽な物はないと少女は煮えたぎる溶岩を眺めてクスリと嗤う。
「ちょーーーーっとだけスッキリしたからキミは殺さないであげるよ。まぁ臣下も領民も財宝も何もかも失った哀れな王様にこれからってあるんだろうか?いやないか」
不意に興味を失った"夜輝悪姫"は翼を広げる。蝙蝠のように骨ばった黒い翼だ。
「さあて、どうしようかな。エルル・ナイトナイト・エルダーブラッドちゃんは遊んでくれるかな?」
勢い良く翼をはためかせ砂塵を舞い上がらせる。
「女狐め、待ってろよー!」
そういうと可愛らしい魔王は遥か上空まで羽ばたき、飛んだ。