世界
りんと風鈴が鳴く。
「...あーあ、めんどくさいねぇ...」
みたらし団子らしきものを片手に隻眼の男はそう独白する。
「しかも...俺以上か...?本当にどうなっているのやら...」
違和感というより直感で男は強者の出現を読み取っていた。遥か北のどこかに大きな力を持つ者が突如として現れたのだ。
「...かわいい魔王ちゃんが黙っちゃいないだろうな」
と、男は八つ当たりするようにみたらし団子を一口で完食する。
うん、美味。と漏らしていた。
「さっきから何独り言言ってんの?」
縁側で転がっている男の顔を覗き込むようにボーイッシュな女性が座り込む。
色々と見えるが日常茶飯事だった為いちいち指摘するのもめんどくさい男は風鈴を眺める事で視線を逸らした。
風鈴は何事もなかったように微動せずにしていた。
「あー、エンヴィ。緊急事態発生だ。北にバケモンが現れた」
ちっとも緊急事態には見えない態度で男は言い放った。相変わらず床に横たわったままだ。完食したみたらし団子の串をぐるぐると回しながら。
「ふーん。怠け者のあんたよりも?」
興味無さげにエンヴィは目の前の男をバカにしたような台詞を吐く。
「恐らくな。いや、確実に俺以上だな」
「へー、スレイより強いんだ。んじゃあ、女子力をアップするにはどうすればいいのか考えよう会の会議の続きあるから行ってくるね!」
そういってエンヴィは姿を掻き消した。掻き消したというよりも消失したといった方が正しいのかもしれない。スレイの目を持ってしても捉えることができないからだ。
「下手すれば団長のエンヴィよりも強いかもしれんぞ?...って聞いてないか。あーぁ、ここのメンバーにろくな奴はいねえな。ったく!」
愚痴を言ってもそれを拾う人はいなかった。エンヴィが怪しい会議に戻った今、縁側にいるのはスレイ一人だけだった。
「とりあえず...一働きしますか」
大儀そうに上半身を起き上がるとスレイは肩を回す。その顔は先ほどとは打って変わって真剣味に満ちた顔になっていた。
「まずは──パラドクス連邦辺りか...」
りんと再び風鈴が鳴った。
「ふむふむ...要はかなりヤバい状況にあるんだろ、この国」
「は、はい...。パラドクス連邦に宣戦布告されたいま、もはや英雄様だけが頼りなのです」
「この国の兵士は?」
「北のドラゴンの猛襲によりかなり消耗しまして...全体で一万人いくかどうかです...」
「パラドクス連邦は?」
「あくまでも予想に過ぎませんが...恐らく五万人。但しその人数は我が国、シャンデラ王国を侵略するための騎士に過ぎません。ですので...パラドクス連邦全体で数えたら...二十五万人は下らないかと」
思わずの戦力の差にクリアは耳を疑った。よほどの奇跡と神懸かりな作戦が無い限り勝ち目は皆無。一万人対五万人。負け戦にもほどがある。
だからこそ、アーシェはクリアを呼び出したのだ。一縷の望みをかけて。
そしてクリアはここにいる。
「圧倒的な戦力の差だな...。それでシャンデラ王国の王様は?俺が召喚されたことは知っているのか?」
「全てはアーシェ様の独断だ。故に王や王子はその事を知らぬ」
「...気に入ってもらえなければ俺はどうなるんだ?」
「確かに兄様は頑固で気が難しいところはありますが...根は優しい人ですので!父は...長いこと病で床に臥せておられます」
じゃあダメじゃん!とクリアは内心冷や汗をダラダラと流していた。
「英雄様、そんな顔をしないでください!大丈夫です!私がきっとなんとかしますので!」
とアーシェはクリアの手を取り胸の方に持っていく。
たわわな感触が手に。
「お、おう...その時はよろしくな。それで俺のことは呼び捨てでいいよ。その方が俺も気が楽になれる」
「え、と、殿方を呼び捨てするのは...えっと...婚約を交わした者でなければ...えっと...」
はわわと慌てふためくとアーシェはさらにクリアの手を胸に押し込む。
ほんのりと頬が赤みを帯びていた。
そんなアーシェを直視し難いクリアは視線をマーガレットに持っていく。するとマーガレットから鬼気迫る気配がクリアを貫く。
そしてわかっているよな?とでも言いたげな目色。
OK、わかっているさ。とクリアも無言で見詰め返す。
「そ、そうか。それならクリアさんとかクリア様とかで全然いいと思うよ、うむ。...それで、俺はどうすればいい?」
片手が使えない状況にあるため、残った手で頬を掻くクリア。
「まずは...シャンデラ王国の騎士長と会ってもらいます。兄様は遠征中ですので...」
「騎士長?」
「はい、闘いが好きな老騎士で兄様の剣さばきの指南役でもあります!」
アーシェの狙いは恐らくクリアを老騎士と戦わせてそして騎士長に認められ、パラドクス連邦との戦争の中枢に充てるつもりだろう。
騎士長のお墨付きであればパラドクス連邦の息のかかった反体制派の貴族らも何も言えない。
「ちなみに剣聖殿。その老騎士は私の祖父に当たる人物だ」
「マーガレットと同様かそれ以上の強さを誇っております。何しろこの国唯一の魔法騎士ですので!」
「ほう?」
と、そこでクリアはようやく反応する。
魔法騎士の職業はクリアが初心者だった頃長い間やってたからだ。どうしても親近感を覚えざるを得ない。