憂う騎士その3
「な、なんだ!いきなり叫んでどうなされたのだ!」
「ま、まさか拒絶反応!?でも初代王が書き上げた魔法陣に間違いなどあるはずなんかないわ!」
世界を呪うような叫び声をあげるクリアに二人は今までにない位に慌てふためいた。
何しろクリアは英雄で剣聖なのだ。召喚失敗して自我を失ったとくればこの国は瞬く間にパラドクス連邦に侵略されるだろう。
そういう最悪のシナリオだけは避けたかった。
故にクリアの一挙一動にマーガレットもアーシェも注意していた。
肩をがっくりと落としながら項垂れたまま押し黙るクリアにマーガレットは頬を掻いて手持ち無沙汰感を丸出しに、アーシェはどうすればいいかわからずにオロオロしていた。
やがてクリアから絞り出すような声がする。
「うぅ、俺の剣が...ないんだよ...。苦労して取った"神罰と原罪"が...」
「何と...アーシェ、この魔法陣に異常はなかったですよね?」
「はい!私では異常がないように見えました!とすれば初代王が故意的に武器を弾いたかもしれません...」
「そ、そうか。申し訳ないが...しばらくは私の剣で我慢してくれないか。この剣はレナー家に伝わる聖遺物ランクの聖剣"白銀"だ。そなたの"神罰と原罪"には恐らく劣るが...」
とマーガレットが腰に携えていた剣を鞘ごとに取り外す。そして名残惜しそうな顔で柄をクリアの方に向けて渡す。
純白に輝く鞘を見詰めて、マーガレットの顔を見詰めて、クリアは首を振った。
「心遣いに感謝するがレナー家の誇りである"白銀"は受け取れない。この俺如きが振っていいような剣ではない。"白銀"は主人に振ってもらった方が喜ぶ。それに俺は廃人なのだ。又作ればいいだけの話だ」
クリアは差し出された剣を優しく押し返し、マーガレットに軽く頭を下げる。
騎士にとって剣とは誇りである。民を守る為に国を守る為に剣を振るうのだ。
すなわち、騎士にとって剣とは正義である。
剣に生き、剣に死す。
そんな想いを込めた剣をクリアは受け取れなかった。マーガレットの誇りを奪い取りたくなかったからだ。そして誇りを差し出そうとしていたマーガレットに感激し、思わず頭を下げてしまった。
それにクリアは生粋の廃人である。レベルも装備品も極めた今、新たな目標を見出せたことに燻っていた火が再び大きく燃え盛っていた。神話クラスの剣を作ってやる!と。
「剣聖にそう言われると何だか照れるな...。しかし、それでは武器が...」
「ああ、その件は──」
言うが早いかクリアは足元に転がっていた棒切れを拾い上げる。恐らく魔法陣が爆ぜた際に天井から落ちてきたものだろう。
石の棒のようなもので先端に行くたびに鋭くなっておりサーベルのような外見をしている。
「しばらくの間はこの棒切れでいい」
「な、何を言っている!?そんなもので...!」
クリア──禍神はこの棒切れを剣へと思い通りの姿に書き換える。
それは世界の理から外れたモノしかできない芸当。世界の法則に当てはまらないものしかできない固有技。
まさに神の如き業。実際禍"神"なのだから。
棒切れがクリアが持った途端、見事に剣へと変貌を遂げたことにマーガレットは目を大きく見開き、信じられぬといった表情を浮かべていた。
アーシェも口に手を当てて一歩後退していた。
「たまたま転がってた棒切れがロンズデーライトでよかった。この剣は遺物ランクくらいはありそうだ」
と言ってクリアはブンブンと剣を振り回す。出鱈目な剣さばきだったが凶悪な風切音が荘厳な召喚の間を響き渡り、危機感を覚えたマーガレットとアーシェは以前に慌てて身を伏せていた。
「案外なかなか悪くないじゃないか」
もはや言葉が出ないマーガレットとアーシェ。英雄で剣聖でこの上わけ分からない技を使う膝まで髪を伸ばした男。その上その髪が生き物ようにくねくねと蠢いているのだから。
「私はとんでもない人を召喚してしまったのかもしれません...」
「あぁ、同意する...。"とんでもない人"で済めばいいが...」
くるりとクリアの顔がマーガレットに向く。
口角を上げて、笑っていた。剥き出しの犬歯がキラリと光る。
「そういえば断空斬を見たいんだよね?」
「いや、遠慮する。いまの太刀筋で十分に理解出来た!」
「右に同じくぅ!」
「そ、そうか。残念だ」
がっくりとするクリア。
もう使いこなせるとわかっていたからだ。不思議な事に剣を持った途端、技の繰り出し方が頭の中に雪崩れ込んだのだ。
まるで長年剣聖をやっていたように身体が剣に馴染んでいて無駄のない流れで技を出せると感覚でわかった。
そしてクリアは二人に向き合うように身を翻す。持っていた剣を地面に突き刺して腰を下ろした。
「さて、全て説明してもらおう」
禍神は動き出す。
そしてまたこの世界に住まう英雄らや魔王も禍神の存在に気付く。
大きな命のうねりを堰き止めるような異分子がこの世界に入り込んだ感覚。
そして──
「この感覚...八百年ぶりじゃのぅ...」
世界を統べる全ての祖、"終焉龍"も目覚ます。