憂う騎士その2
「ステータスは出ましたか、英雄様?」
顎に手を当てて首を傾げるアーシェ。大和もといクリアを我らを護る英雄と信じているようだ。警戒する気配が微塵もないのだ。
鋭い眼光でクリアを睨みつけているマーガレットとは違う。
クリアはしばし思考する。
おそらく彼女らは職業英雄を期待しているはずだ。だが実際クリアの職業は魔剣聖という魔が付いている時点で英雄とは程遠い。英雄と言えば聖なる存在と相場が決まっている。
魔剣聖でーすとか言ったらその瞬間マーガレットの剣が飛んでくる。おそらく。
ならば──と
「剣聖だ」
そうクリアは答えた。苦肉の策だが嘘も方便である。だが、その時点でクリアは己に制約をかけた。剣聖を演じるには魔力を一切断たないといけないのだ。
剣聖とは魔力を犠牲にして極限までに剣を極めた職業という。人ならざる領域。化け物の領域。その領域に踏み込んだ者は剣聖と名乗る。
クリアがやっているゲームにも剣聖に辿り着けたプレイヤーはわずかしかいない。
まぁそれがライトプレイヤーの限界だなとクリアは心の中で鼻で笑った。
「剣聖だと...!?」
反応したのはマーガレットだった。大きく目を見開いてクリアを凝視していた。先ほどとは違い半信半疑といった顔色だ。
「わぁ、あの剣聖ですか!さっすが英雄様です!」
さらに表情を綻ばせながらアーシェはクリアに近づく。とてとてという擬音が似合う可愛らしい小走りで。
マーガレットはそれを止めなかった。それところじゃなかったのだ。
マーガレットは先ほど聞かされた言葉が頭の中にぐるぐる回って、理解するのに時間がかかっていた。
「それで、英雄様のお名前を教えて下さいませんか!」
両手を差し出すアーシェ。
どうやら握手を求めているようだ。
可愛らしい女の子に求められて邪険にするような人は居ないだろう。
差し出された手を優しく握り、クリアは名を告げる。
「クリアだ。とりあえず、状況を教えてくれ。いきなりここに来たからもう全く訳が分からない。まぁこの身体でリアルプレイ出来るとは思わなかったからイーブンってとこかな」
「リア...ルプレイ?」
再び首を傾げるアーシェ。いちいち仕草が可愛らしかった。
「あー、こっちの話だ。気にしないでくれ」
「?」
「それでここはどこだ?なぜ俺をここに呼んだ?」
話題をすり替えるようにクリアはそう問いた。
「あ、はい。説明しますね!」
ゴホンと咳払いしてからアーシェは説明を開始する。金髪のアホ毛がぴょこんと動く。
さっきから気になっていたが生きているのだろうか、あの毛。さすが異世界。
クリアはそう思った。
「ま、待ってくれ!アーシェ、済まないがその前に一つ確認させてくれないか」
マーガレットが割り込む。甲冑のぶつかる音がやたらとうるさく、どうやら動揺しているようだ。
「もう!マーガレット!まだ疑っているの!?」
説明しようとしていた矢先邪魔が入られたことで頬を膨らませながら怒るアーシェ。
「いや疑っている訳じゃない。アーシェ、すまない!クリア殿...剣聖といったな?...無礼を承知に私と立ち合って頂きたい!」
そういうとマーガレットは勢い良く頭を下げる。何が彼女をそこまでそうさせているのか。騎士としての誇りがそうさせているのだろうか。
だが快諾というわけにはいかない。
オンラインゲームとは違い、ここは現実の世界なのだ。いくらステータス上では禍神で魔剣聖かもしれないがあくまでも意識は大和なのだ。いくらチートキャラを使用しようが格ゲーで上級者には敵わないようにマーガレットに惨敗する可能性もある。
そうすればアーシェもマーガレットにも見限られるだろう。
「うーん」
「だ、駄目か...?な、ならば技を見せて頂きたい!」
妥協してまでもどうしてもクリアの技を見たいようだ。剣聖という領域に立つ者の力を一目でも拝みたいと。
「技か...それならいけるかも」
「おぉ、誠であるか!」
身を乗り出して激しくマーガレットは興奮する。
なんかキャラが変わっているぞと思ったが口にしないクリア。
魔剣聖の技は却下。大魔法師の技は論外。
剣聖の技で見栄えがいいのは最終奥義である"究極剣世界"や"幻影乱舞だ。
だが下手すればこの部屋が崩れる可能性があった。故にクリアは剣聖の初歩的な技である断空斬を選んだ。
だがどうやったら使えるかわからなかった。断空斬!と叫べば出るのか、剣を適当に振るえば出るのか。
戦闘においてはど素人である。
剣を持ってから考えてみようとして大和は重大な事に気づく。
ないのだ。
武器が。
苦労して取った神話クラスの武器が。
ないのだ!
ぎゃああああああああああ嘘と言ってくれえええええええ
クリアは心からそう叫んだ。