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禍神の英雄伝  作者: わたあめ
一章
10/17

飛燕

「申し訳ありません、騎士長はこちらでベッドに寝かせて置きますので」


副長がクリアに歩み寄る。訓練で叩き込まれた規則正しい歩き方で。


「あぁ、そんなに強く押してないからじきに目を覚ますだろう、あ、重いから気をつけてな」


優しく騎士長を副長に預ける。かなり大柄だったが副長は慣れた様子で背負う。


「騎士長が酔いつぶれた時は毎回私がベッドまで運んでおりますのでもう慣れました。それにしても先程は見事でした。騎士として感服します」


軽く頭を下げて、騎士長と共に副長は詰所に入って行った。遅れてマーガレットとアーシェがクリアの側にやって来る。


「クリア様ってそんなに強かったんですね!予想以上でした!」


そう言うとアーシェは微笑みながら何やら剣を振るう真似を繰り出していた。

やあ!えい!という掛け声が似合う太刀筋でクリアもつられて微笑む。


「しっかりと柄を握らないと剣に身体が持って行かれてしまうぞ。まぁ、アーシェに剣は似合わないけどな、ハハ」


「むぅ、そんなこと無いですよー!これでも毎日素振りしてますからね!」


「えぇ!?」


頬を膨らんで抗議するアーシェにたじろぐクリアをマーガレットは救いの手を差し伸べた。


「十回位ですけど。しかも箒で。クラリスが困ってましたよ。毎回箒を奪われて仕事にならないと泣き言を」


「えぇ、てっきり私の...剣じゃなくて箒さばきに見惚れてるかと!」


「そんな訳ないでしょう。"神様はアーシェに剣を与えなかった"と周囲に言わしめているほどでしょうに」


「う、何も言えないです...」


しょんぼりするアーシェを脇目にマーガレットとクリアは向き合う。


「剣聖殿、本当に規格外だな。騎士長である祖父あっさりと倒した上、修行僧モンクまで使いこなせるとは。その高みにたどり着くまでに一体どれくらい犠牲を払ってきたのか、私には予想できないが...。剣聖殿は一体どれくらいを犠牲に?」


クリアの強さの根源は何なのかとマーガレットは知りたかった。知ることで視野が広くなるような気がしたからだ。


「あぁ、それは──」


クリアの顔がしんみりとしたものになり、マーガレットは一瞬踏み込んではならないところに踏み込んでしまったかと後悔する。


膨大プレイ時間タイム長年ヒキ孤独ニートが俺を強くしたのだ...」


「そ、そうか。いや、す、すまない。気軽に踏み込んでいいような事じゃないな...。剣聖殿、私の無礼をどうかお許しください」


最大限の敬意払うようにマーガレットは右拳を胸にあてがって深く頭を下げた。重力に従って髪が垂れる。アーシェほどじゃ無いにしろ女性らしい艶のある髪質だ。


改めてマーガレットも女性だよな、とクリアは再認識して気にしてないさと言って、頭を上がらせる。


「それで一つお願いがあるのですが...剣聖殿、私も立ち会って頂きたい。一人の武人として剣聖の領域を味わいたいのです」


顔を上げたマーガレットは固く決心したような表情でクリアの顔を見据える。クリアも真剣な顔になり、そうかと答えた。


「マ、マーガレット!正直なの!?騎士長でさえ手も足も出ないまま敗北したのよ!」


アーシェはマーガレットの手を引っ張り、何とか阻止しようとするがもはやマーガレットの眼中にはなかった。


「マーガレット、最初から剣で行くからな」


「無論、そのつもりで来てください」


腰を落として構えるマーガレット。背中に差しているクレイモアの柄と腰に携えている"白銀しろがね"の柄を両手で添えたままだ。

恐らくはマーガレットの戦法は抜刀術といってスピードを重視したものだろう。


ジリジリと距離を詰め寄るマーガレットに対しクリアは虚空を掴み取る動作行う。

まるで見えない剣を握るような動きだ。


マーガレットの心中には焦り。剣聖という領域に立つ者の一つ一つの動きは全て意味があると思っているのだ。何も起こらないわけはないと。


「剣聖に辿り着いたものだけが開眼するスキルだ。身体に漲る闘気を操って掌から放出し、それを押し固める。そうすると──」


虚空を掴んでいた拳にはいつの間にか青白く輝く剣が添えられていた。


"幻影剣ファントムブレイバー"


「決して尽きることのない剣の世界。その片鱗を味わうがよい」


風が止む。鳥の囀る声が聞こえなくなる。騎士ら声援も何も聞こえなくなった。だがマーガレットはあくまでも冷静に振る舞う。聞こえるのは己の鼓動を打つ心臓音だけだ。それがマーガレットを奮い立たせる。生きているという実感は命を懸けて戦うものにとってこの上にない幸福に感じるものだ。



「マーガレット!何をしているんですか!」


「え?」


気が付けば眼前にクリアが立っていたのだ。

理解が追いつかなかった。一瞬たりともクリアを視界から外したつもりはなかったからだ。それでもマーガレットはクリアの接近を許してしまった。


「うわあああああああ!」


恐怖に煽られて、マーガレットは思わず背中に携えていたクレイモアを抜刀し、クリアを斬り付けた。

だが豪快に虚空を空振るだけだった。

またもや見失ってしまい、マーガレットは腰に携えていた"白銀しろがね"を抜刀しながらその動きの勢いを利用して身を回転する。

全回転する勢いで前から後ろへと一閃と剣を走らせる。

風切音が"白銀しろがね"から発せられる。

と、途中で何かに弾かれて、思わずマーガレットはたたらを踏み、後退する。


マーガレットが弾かれた場には空中に固定した"幻影剣ファントムブレイバー"。

マーガレットは思わず舌打ちをしてしまう。

どこまで規格外だ!と。


右から気配を感じ、マーガレットは身を逸らしながら左足を軸に身体を右に向ける。やはりそこは空中に固定された"幻影剣ファントムブレイバー"が輝いていた。

身を逸らしてなければ首を裂かれていたに違いない。

振り向いたそこには一際強く輝く"幻影剣ファントムブレイバー"を持つクリアの姿があった。


「剣聖殿!これを使わせてもらう!」


出し惜しみしてる場合じゃないとマーガレットは手に持っていた"白銀しろがね"に魔力を込めた。

すると──刀身が純白に輝きを放ち始める。


そして、何故かマーガレットはその剣を鞘に仕舞う。


だがクリアはわかっていた。マーガレットの戦法は抜刀術。故に繰り出されて来るのはこれしかないと。


「あれはマーガレットの"飛燕ひえん"!」


電光石火の速度で、マーガレットは剣を抜き出す。そして次の瞬間には鞘に収められていた。と思ったら剣を抜いている。


それがマーガレットの最高火力である連続高速居合切りだった。


そしてマーガレットの持つ聖剣"白銀しろがね"の能力は平たく言えば飛ぶ斬撃。

マーガレットとの相性はこれ以上はない位に抜群だった。

居合切りをする度に軌跡を帯びた斬撃を飛ばすのだから。


「ほう、これは美しい」


そう言うとクリアは"幻影剣ファントムブレイバー"を上に放り投げる。ぐるぐると回転しながら、それは分裂し始めた。

やがて扇状に落下した"幻影剣ファントムブレイバー"は実に五十を超えていた。


「行くぞ、マーガレット」


そう言うとクリアは両手左右に"幻影剣ファントムブレイバー"を形成する。


大地を踏み砕き、圧倒的な速度でクリアはマーガレットに一直線に向かっていく。肉薄してくる白く輝く斬撃に"幻影剣ファントムブレイバー"をぶつける。するとマーガレットの斬撃と共に霧散した。


やはりかとクリアは確信する。

聖剣"白銀しろがね"とマーガレットは言ったのだ。

魔を打ち砕く聖剣。存在しないものを浄化する聖剣。故に存在しない"幻想剣ファントムブレイバー"を浄化したのだ。


だが、だからこそクリアは"幻想剣ファントムブレイバー"を多く形成し、それに対抗できるようにしていた。

形成が間に合わない斬撃は地面に突き刺さっていた"幻影剣ファントムブレイバー"を抜き出してそれとぶつけ合う。


「うああああああああああああああああ!」


持てる限りの力を全て出し切って高速抜刀を繰り返すマーガレット。その表情は鬼気迫るものがあった。


「マーガレット...!」


いつにないマーガレットの必死な姿にアーシェは両手を胸に持って行って心配そうに抱え込む。



形成。形成。形成。形成。形成。形成。形成。

そういう戦いを待っていたとクリアは嗤う。廃人の血が騒ぐ。制限があるとはいえ、全力じゃないとはいえ、心の底からそういうのを待っていた。

形成。形成。形成。形成。形成。形成。形成。

そして目の前のマーガレットに興味が湧き始めるクリア。本格的に鍛えたら強くなれる素質を持っているのだ。彼女ならば剣聖に辿り着き、さらなる上の剣神になり得るではないかと。

形成。形成。形成。形成。形成。形成。形成。


「マーガレット、お前のことを気に入ったぞ」


クリアの身体に青白く輝く幻影が連なる。

そう、クリアは剣聖の奥義である"幻影乱舞ファントムソードラッシュ"を繰り出したのだ。

単純に火力が二倍になったクリアの猛攻を防ぐ術もなくマーガレットは押され始めていた。

さらに、マーガレットが信じられないものを見たように目を見開かれていく。


またもやクリアから青白く輝く幻影が──。




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