7話
「なっ、なにぃぃぃい!!?」
豪炎に飲み込まれた魔物使いは驚愕の叫びを上げる。その光景を見ていたミソラはゆっくりと俺の方を振り返る。
「──ったく。最悪だ。服は血でべたべただし、奥の手まで使っちまうし。こりゃ、あいつらに絶対なんか言われるな……」
その俺はようやく立ち上がりながら、ぶつぶつと文句を垂れ流す。とはいえ、これらは全部自業自得なのだから、言っても詮無いことだと諦める。
「リ、リクさん……。無事だったんですね……」
そんな俺を見て、泣きそうな顔をしたミソラが近付いてきた。
「まあ、一応な。その分代償はでかかったが」
「代償……? 一体何ですかそれ?! もしかして何か後遺症とかが──」
「杖が壊れた」
「…………それ、だけですか?」
まるで拍子抜けだと言わんばかりの表情のミソラ。だが、こいつは事の重要性をまるで理解していない。まあ、今更驚きはしないが。
「あのなぁ、魔術師にとって己の杖とは一心同体といっても過言じゃないほど大切な物なんだ。加えて俺の杖はこの世に二つとない貴重な杖だったんだ。だからそれだけとか言うな」
「そ、そうなんですか……。それはすみませんでした」
なんだか妙に素直に謝るミソラを不思議に思ったが、原因はすぐに理解した。
そういえばさっきまで俺は死にかけていたのだから無理もない。しかもどうやらそれは自分のせいだと思っているらしい。俺は軽くミソラの頭を小突く。
「あぅっ!」
「アホ。なに落ち込んでやがる。今回の失態は全部俺の甘さが招いた結果だ。お前が責任を感じる必要はない。確かに杖は惜しかったが、命に代えられる物じゃねえ。だから気にするな」
「そ、そうは言っても──」
まだ何か納得できないのか、ミソラが口を開いた瞬間、燃える炎の中から影が飛び出してきた。
それは炎に焼かれて黒く焦げ、フードも燃えて顔が露になった魔物使いだった。
あの口調や声の高さからとは一致しないような、四~五十くらいの年齢の顔をしていた。
そしてその目は虚ろで、どこを見ているのかわからなかった。
「……一体、どうやって回復したんだい魔術師? それになんで魔法を使えるのかな……? 杖は、さっき壊れたはずだよね」
体は見るからにボロボロだというのにまるで平気なような明るい声色だった。勿論先程までと同じような高い声だ。
「さあな。教えてやる義理はないはずだが? お前は俺の友達か?」
本来、魔法とは何か媒介となる物を所持していなければ発動させることが出来ない。それこそ、杖や魔法の剣、刀、槍、鎧などだ。そしてそれらを全て『杖』と呼んでいる。
しかし、俺はその杖を持たずに魔法を行使することが出来る。
無論、それをわざわざ敵である相手に答えてやる必要などない。
「それ、私も気になります!」
「………空気を読め馬鹿。言うわけないだろ? あとで教えるから今は黙ってろ」
俺はまたミソラの頭を小突く。その様子を見た魔物使いはふっ、と息を吐き、何もかも諦めたかのようにこう言った。
「仕方ないな。と言うことは、この体は、もうここまでかな」
突如、魔物使いの体が青白く光り出し、その周囲には異常なまでの魔力が集まり始めた。その魔力の暴風とも呼べるような衝撃に耐えながら俺は魔物使いに向かって叫ぶ。
「てめえ! まさか、《命の灯》を使うつもりかっ! ふざけんじゃねえぞ!! その体、てめえのもんじゃねえだろうが!!」
「えっ!? どういうことですか、それっ!?」
「あのおっさん、いや、おっさんの体を乗っ取ってる黒幕がいるんだ。しかもそいつがおっさんの生命エネルギー、つまり寿命を全て魔力に変換しようとしてやがるんだ!」
「そんなっ! っていうことはあのおじさん。無理矢理操られて、その上、命まで!?」
「そういうことだ! しかも《命の灯》は強い魔法使いであればあるほど変換した時の魔力量が大きくなる。そしてあのおっさんは少なくとも上級魔法師くらいの実力がある! つまり──」
「そう。上級の上、超級魔法が一度だけ使えるようになる。ということだよ」
魔物使いはそう言って笑いながら空を見上げる。しかし何を思ったのか、ふとこちらを向いて尋ねてきた。
「君たちの名前、聞いていいかい? それくらいいいだろう?」
「……さっきからちょくちょく名前出てたと思うが?」
「本人の口から聞きたいんだよ。ほら」
「……リクだ」
「ミソラです」
「リクにミソラか。この借りはいつか必ず返すよ」
「待ちやがれクソ野郎! てめえも名乗りやがれ!」
「ん?そうだな……。とりあえず『アルマ』、って名乗っておくよ」
アルマと名乗った正体不明の奴に乗っ取られている男の体から通常以上の魔力が迸る。
「リクさん! あれ、止められないんですかっ!?」
「……無理だな。あの精神支配魔法、ありゃかなり時間が経ちすぎている。あれじゃもう本来の人格は消えているかもしれねえ。それに《命の灯》は本人以外に止める手段がない。こうなったらせめて魔法を使われる前に倒す!」
腕を前に突き出し魔力を練る。そして俺の周囲に炎の塊を出現させる。
「食らえ!《クリムゾン・ブレッド》!!」
約十数個の炎の塊は一斉にアルマに向かって放たれた。しかし、わずかに残っていたベルドッグが盾となって、一撃も当てることができなかった。
「落ちろ!《エレキテル・ボルト》!」
すかさず雷魔法を唱えたが、時既に遅かった。雷は圧倒的な魔力によってかき消された。
「【原典 獣の章 超級編】無限の魔物よ、この地に来たれ。その牙、その爪、その角で、全てを破壊し、食らい、蹂躙し尽くせ。魔物共よ、その力でこちらへの門を抉じ開けろ《ヘルズ・ゲート》」
アルマから、正確には乗っ取られた男の体から光が立ち上ぼり、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
先程、ゴーレムを喚び出した時とは比べ物にならないほどの大きな魔法陣だった。その魔法陣の下部分からは多種多様の魔物が雨のように降ってきて、上部分からは──
「じょ、冗談だろ……?」
「ど、どどどど、ドラゴンだあぁぁああああ!?」
第一級危険生物ドラゴン、『ギゴーラ』が大きな翼を広げて飛び立ち、雷鳴のような咆哮を上げた。
~~~
──ここは、セビラの森から一番近くに存在する町、フレール。
その町に、いきなり雷鳴のような轟音が鳴り響いた。住民達は一斉に耳を塞ぎ、また身を屈めた。
全員、何が起きたのか理解出来ずにいると、ある一人が空を見上げて絶叫する。
「な、なんだよあれぇ!? も、もしかして、ド、ドラゴンかぁぁ!?」
その言葉を聞いた者達は彼が指差す方向を見上げる。するとそこには確かにドラゴンの姿が確認された。
そしてその付近では火柱まで上がっていた。しかもドラゴンはこちらに向かって飛んできていたのだ。
フレールは小さな町だ。ドラゴンと戦える魔法使いはいない。全員がパニックに陥るのは火を見るよりも明らかだった。
「いやあああっ!!」
「だあっ!くそぉ! 早く逃げるんだぁ!」
「まま~! どこぉ~!?」
「邪魔だ退きやがれぇ!」
「急げ!こっちだ! 走れええ!!」
町は悲鳴と叫びで溢れ、住民が慌てふためきながら走り回る。そんな中、ドラゴンは刻一刻と迫ってきていた。
もう駄目だ。死ぬ。誰もがそう諦めかけていたその時。
「ゴァアアアァァアッ!?」
突然、ドラゴンが悲鳴のようなものを上げた。そしてそのまま、町の手前の平原へと落下していった。
そして、少し時を遡る──。
☆☆☆
「じょ、冗談だろ……?」
「ど、どどどど、ドラゴンだあぁぁああああ!!?」
俺とミソラはドラゴンを真下から見上げていた。すると、ドラゴン、ギゴーラが息を吸い込んだ。まずい!
「《サイレント・クローズ》!」
「ゴワアアアァァァアアアアア!!!!」
魔法を発動した直後、ギゴーラが咆哮を上げた。俺はギリギリ音響遮断魔法を使い、鼓膜を守った。が、衝撃波までは対処出来ず、その場から吹き飛ばされてしまった。
俺は風魔法で体制を整えて、すぐに同じく吹き飛ばされたミソラを抱き抱えながら宙を舞う。
大地の方を見ると、アルマに魔力を使い果たされたのか、髪が白く染まり、そのまま倒れていく名も知らぬ魔法使いの最期の光景が捉えられていた。
そして、その魔法使いから抜け出た、黒い影のようなものも同時に捉えていたが、それはそのままどこかへ飛んでいってしまった。
「くそっ! 逃がした!」
「───────っ」
俺が悔しさで歯噛みしていると、腕の中でミソラが暴れ始めた。しかし何を言っているのかわからない。
そういえばまだ魔法を使ったままだったと思い出し、すぐに解く。
「ドラゴンですよドラゴンっ! 本物ですよ!? って、それどころじゃないですよね!? あれ、どうすればいいんですかっ!? 勝てるんですかあんなのにっ!?」
どうやら興奮やら、恐怖やらでいっぱいいっぱいになっているようで、辺りをキョロキョロとするばかりだ。
俺はどうにか地面に着地し、ミソラを腕から下ろした。
「少し落ち着け。というか、驚異は何もドラゴンだけじゃねえ。あの雨のように降ってくる魔物達も危険なんだよ」
そう言うとミソラは空を再び見上げ絶望する。
「あっ、これ死にましたね。今度こそ」
「諦め早すぎだろ。でも、雑魚はどうにでもなる。問題はドラゴンだ」
どうする? ドラゴンは知能の高い生物。そして、その中でもギゴーラは最悪だ。なんせ、ドラゴンの中でも狂暴な方でしかも人が好物だというのだから。
故にギゴーラが狙うとしたら、まずここから一番近い町、フレールだろう。あの町は魔法使いなんてほとんどいない、ただの田舎町だ。
少なくとも、ギゴーラを打ち倒すことの出来る魔法使いはいないだろう。だとすれば、俺達だけでなんとかしなければならない。
あまり長い時間考えていられる程余裕もない。苦渋の選択だが、これ以外に道はない。
「ミソラ。お前、あの力はなんだったんだ?」
藁にもすがる気持ちでミソラに尋ねる。
「あの力? ……あぁ、いや。よくわからないんですが、恐らく私の力が元いた世界の時の何十倍かになってるんだと思います」
こんな時にまで元いた世界だとか、よくわからないことを言い出すミソラだが、この際、異世界だろうが異次元だろうがどうでもいい。用は戦えるのかどうかだ。
「その力でドラゴンを足止めしておいてくれないか?、俺はさっさと雑魚を倒して、盗賊共をどこか安全な場所に置いてくるから」
「えっ!? そ、そんな無茶な?! 私は主人公じゃな──」
「情けねえこと言ってんな。お前は、いずれ魔王を倒すんじゃなかったのか? ならドラゴンくらい軽く倒してみせろ! それともなにか? お前は口だけの小者だったってことか?」
ミソラはその言葉に一瞬戸惑い、そして、大きく頷いた。
「それじゃあ頼む! あと言っておくが、お前に補助魔法を使ってやっていられるほどの余裕もない。それでもいけるか?」
「やってやりますよ! 美空流の名にかけて! でもさっさと追い付いてくださいよ。じゃないと、私が一人でドラゴン倒しちゃいますよ?」
「はっ! そりゃいいが、たぶん無理だろうな。だから絶対すぐに駆け付ける。だから、頼むぞ!」
「はいっ!」
そういってミソラはギゴーラの飛んでいった方角へ走り去っていった。
それはとても人のものとは思えないスピードだった。あれで補助魔法は付けていないのだから驚きを通り越して笑ってしまいそうになる。なんと規格外の身体能力なのか。
「さてと。おい! 隠れて矢を放ってきた盗賊共! 死にたくなけりゃてめえらの仲間を運ぶの手伝いやがれ! いるのはわかってるんだ早くしろ!」
俺は森に向かって叫ぶ。先程から一切反応を示してこなかったが、確かにこの付近にはまだ盗賊が潜んでいる。
そいつらのせいで俺は肩に風穴を空けられたわけだが、今はその傷も塞がっているし、それを理由にボコボコにしている場合でもない。
すると、ようやく六人の盗賊が姿を現した。
「ほれ。お前らの大将は向こうで伸びてるはずだ。さっさと連れて逃げろ。あ、言っておくが、あくまで安全な場所まで逃げろ、ってことだからな。後で自首しろよ? もし、しないならドラゴンに食われるよりも恐ろしい最期を迎えることになるぞ?」
俺の言葉に首が取れるのではないかという勢いで頷き、六人中二人はゼブの元に、残りはアジトの方へ駆けていった。
「よし! 早速やるか」
俺はそれを見届けてから再び魔力を練り上げ、通常より多くの魔力を注ぎ、俺の一番得意な火炎魔法を放つ。
「《フレア・タワー》!!」
天へと立ち昇る魔法の炎は、降り注いでくる魔物達を容赦なく焼き尽くしていった。
★★★
「ど、どうしよう……参ったな」
リクさんに頼まれ、ドラゴンを追っていた私は根本的な問題にぶち当たっていた。
気が動転していたのだろうか、それとも期待されていて浮かれてしまっていたのだろうか、普通ならこれくらいすぐに思い付いていたはずなのに、と激しく後悔する。
今更リクさんの元に戻っていられるほど時間はない。なんせ、ここからすぐ近くには町があるはずだからだ。今戻ってしまうとその間に町が襲われてしまうかもしれない。でも──
「空を飛んでるドラゴンにどうやって攻撃すればいいんですかぁぁあああ!」
叫んでもリクさんの声が返ってくるはずもなく、自身の頭をフル回転させるしかなかった。
「くっ。とりあえず、投石!」
私は走りながら見つけた大きめの石をドラゴンに向かって思いきり投げ付けた。
しかし、全く効いている様子はなく、悠々と飛び続けている。でも諦めるわけにはいかない。私はもう一度、さっきより大きめの石を持ってドラゴンの真下まで来て、意識をより研ぎ澄まし、さっきよりも強い力で投げ付けた。
「美空流投擲術《昇龍隕石》!!」
その時投げた石は、なんの比喩でもなく、光の速度で空を駆け、ドラゴンの腹部に直撃した。
「ゴァアアアァァアッ!?」
「や、やったぁ! ……って、うわわわわっ! こっちに落ちてくるぅ~!?」
攻撃が効いたことに喜んでいる間もなく、ドラゴンがこちらに向かって落ちてきた。私は全力で走り、ギリギリ押し潰されずに済んだ。
ドラゴンが地面に落下し、大地は大きく揺れた。