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偶然出会った美少女が、自分は異世界人だとほざいてる  作者: いけがみいるか
一章 異世界召喚されました
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6話

 ──毎日がつまらなかった。退屈だった。高校生にもなれば何かが起こるのではないかという淡い期待はすぐに消え失せた。

 高校生活というのも、中学の時とほとんど変わらないくだらない毎日の連続だった。

 面白くもない授業。趣味の合わないクラスメイトとの無意味な会話。文芸部でも大した活動をすることはなく、本を読んで気をまぎらわす程度のことしか出来なかった。何か起こればいいのに、と毎日のように思ってた。

 無論、私は平和主義者で、戦争なんか無くなればいい、と思うくらいには平和を愛している。でも退屈なのは嫌だった。

 大好きな小説を読んだあとにふと我に返り、自分の世界がどれだけつまらないものかを思い出し絶望する。だからそんな世界を変えようと色々なことをやってみた。本当に色々なことを。

 でも結果は変わらずこの世は退屈な世界のままだった。

 それに比べて小説の中の物語はとても賑やかだ。波瀾万丈だ。豪華絢爛だ。日常系の物語だって、とてもとても充実しているように見える。

 たとえ、ボッチな主人公を題材としていようとも、廃人ゲーマーの主人公を題材としていようとも、どの物語も面白く、少なくとも私のいる世界よりは幸福と満足に満ちているように感じて仕方なかった。

 だから私は主人公達が羨ましくてたまらなかった。

 だから私は主人公になりたかった──。


★★★


「いたっ!」


 魔物使いの言葉に気を取られていた私は急に背中をリクさんに押され、地面にうつ伏せの状態で倒れてしまった。その私の上にリクさんが覆い被さるように倒れてきた。


「リ、リクさん、何を──っ!?」


 体をねじり、未だに私に覆い被さるリクさんを見て、私は言葉を失った。リクさんが羽織る黒いローブは無惨に裂け、そこから大量の血が溢れだしていた。

 私は慌ててリクさんの体の下から這い出て傷を見る。しかし、傷が深すぎるのか血が止まらない。幻覚じゃない。さっきの魔法とは違う。これは本当のことだ。

 そう気付いた時、頭の中がどんどんパニックになっていった。

 そんな私と倒れたまま動かないリクさんを見下ろしながらゼブは吐き捨てる。


「はっ! 呆気ねえな。こんな雑魚ならわざわざ逃げる必要もなかったか? こんなのに俺の盗賊団が潰されかけてたとはな」

「そうですね。まあ、この娘がいなかったら少々面倒だったとは思いますが。運が良かったです」


 そんな二人の言葉に私は反論しなかった。否、出来なかった。もちろん、私が原因でこうなったというのはその通りだ。何の言い訳も出来ないくらいに私の責任だ。

 しかし、それよりも目の前で倒れるリクさんが気になって仕方なかったのだ。


 尚も溢れだす真っ赤な血を私はただただ見てることしかできない。視界が赤く染まるに連れて頭の中は逆に真っ白になっていく。


「…………っ」

「えっ!?」


 微かに、ほんの微かにリクさんが何かを呟いた。小さすぎる声だったので聞き取れなかったが、確かにリクさんの声だった。

 その声に反応したのか、杖がいきなり内側から弾け飛んだ。


「んあ? なんだ? まだ生きてやがるのか? しぶてえ野郎だな」

「念には念を入れておきましょうか。死に際の魔術師は何を仕出かすかわかりませんから」


 私が不用意に反応を示してしまったせいで、こちらに気付かれてしまった。まずい。リクさんはまだ生きているのに、今襲われればひとたまりもない。


「そうだな。首を落とすか、心臓を抉るか」


 ゼブの言葉には隠しきれない、いや隠すつもりもないのか、吐き気をもよおすほどの残虐性が込められていた。私はその光景を想像してしまった。


 ゼブが高笑いを上げながらリクさんの首を持ち上げる、そんなシーンを思い浮かべてしまう。

 今でさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上の衝撃に私は耐えられる気がしなかった。


「…………せない」

「あ? なんか言ったか?能無し女。てめえは金になりそうだから黙ってりゃ死なずに済むぜ?」

「能無しなのは君もだろ、ゼブ」

「やかましいんだよっ!!」


 そんな二人の言葉を聞き流しながら、私はゆらりと立ち上がり思う。

 私は主人公じゃない。こんな情けない主人公がいるものか。

 ファンタジーや異世界に憧れを抱き過ぎていて、ここがお話の中だと錯覚してしまっていた。

 そしてあまつさえ人間は殺されれば死ぬという、どの世界でも共通の常識すら忘れて、その事に今の今まで気付かず、リクさんの言うことも聞かずに、不用意で不用心でこんな場所まで着いてきてしまった。

 それだけでなく、彼にこれほどまでの大きな傷まで負わせてしまった。

 こんな愚かな私は決して主人公なんかじゃない。


「させない……。そんなこと、絶対にさせない!」


 でも、今だけは。リクさんを助けるまでは私を主人公にしてください!

 私に隠された能力も魔力もないというのなら、今ある力を使って戦うから。


 私は目を閉じ、集中し、瞬時に意識を切り替えた。


~~~


 ゼブに歯向かったミソラをゼブは少し笑い、そしてすぐに怒りの表情に変わる。


「死刑決定だ。この屑がぁぁあああっ!」


 ゼブはまた大きく斧を縦に振りかぶった。しかし、ミソラはわずかに体を右にずらし、必要最低限の動作でその攻撃を躱した。そして斧の柄を狙い渾身の右ストレートを打ち放つ。


 ゼブには理解出来なかった。いや、理解は出来たが納得出来なかったのだ。まさか自分の攻撃をこんな素人の少女がいとも容易く躱すなどと。そしてそんな少女に自慢の斧を容易くへし折られたなどと。


「はああっ!!」


 烈風と共に振り抜かれたミソラの回し蹴りはゼブの顔面にめり込み、一瞬で森の奥まで吹き飛ばした。そして大きな木に勢いよくぶつかり、そのまま気を失った。


「屑に屑呼ばわりされる筋合いはありませんよ」

「………な、なんだい今の……? というか君、戦えたの?」

「別に、戦えないといった覚えはありませんが。まぁ、確かに先程魔物に飛び掛かられて不覚にも怯んでしまいましたが、もう決して油断はしません」


 あまりに予想外の状況に魔物使いもそう返すのがやっとだった。その言葉にミソラは事も無げに言い返す。

 そう。ゼブも魔物使いも、そしてリクさえも知らなかった。しかし当然だ。ミソラは異世界から来たのだから。

 故に知るはずがなかった。ミソラはその世界では様々な分野で天才と呼ばれている存在だということを。そして、格闘技もその内の一つだった。


 彼女自身は、ただ単に異世界に行く時のための修行程度の感覚で始めた格闘技であり、周りからは痛々しい目で見られていた。

 しかし、見るものが見れば彼女の才能はズバ抜けており、各格闘技の事務所からスカウトがいくつもあった。

 だが、彼女は我流にこだわり、そして小説に時間の重きを置くため、結局どの格闘技にも染まらなかった。

 しかし、だからこそ、彼女の格闘技はより実戦的に近いものとなった。様々な小説から得た色々な武術や剣術、格闘技以外の技術や知識なども天性の感覚で磨き上げ、改良し、昇華していった。

 ミソラはそれらを総称して自分の名前を取り「美空流」と名付けた。


「ふっ!」


 ミソラは真っ直ぐ魔物使いに向かって駆け出した。足の速さも普通の少女のソレではなかった。


「くっ! ベルドッグ共、あいつを殺せ! さもないと僕が君達を殺すぞ!」


 先ほどまでの陽気な口調が止まり、ドスの効いた声になった魔物使いに恐怖を覚えたベルドッグは一斉にミソラに飛び掛かった。


 ──しかし、ものの数秒で三十近くいたベルドッグは全滅した。ベルドッグ達の骸の上に立っているのはミソラ一人だけだった。

 尋常ではない現実に、魔物使いは焦りを見せ始める。


「……出来れば使いたくはなかったが、仕方ないな。【原典(オリジン) 獣の章 上級編(サード)】大地より造り出されし岩壁の巨兵よ。眼前に見える小さき者を踏み潰し、完膚無きまで壊し尽くせ!《サモン・ゴーレム》!!」


 巨大な魔法陣の中から現れたのはこれまた巨大な大地の化身だった。体長は優に五メートルを超えており、横幅も三メートルほどある、巨大な土人形(ゴーレム)が魔物使いの命令を遂行すべく、その大木のような腕を振り下ろす。


「邪魔です」


 短くそれだけ言うとミソラも拳を握り、己に向かってくるゴーレムの腕に渾身の一撃を叩き込んだ。

 ゴーレムの大木のような腕は、ミソラの細い腕く小さな拳によるたった一撃の攻撃で粉々に砕け散った。

 さらに腕だけでなく体の方まで崩壊していき、そのままただの土塊(つちくれ)と化した。


「なっ……!? たった一撃で、あのゴーレムを……!?」


 魔物使いはこの時悟った。これはもうダメだ。と。

 そう。彼らは鞘を破壊してしまったのだ。今のミソラは狂暴な刃そのもの。

 《ウォール・ド・バリア》という鞘で守られていたのは自分達だったのだ。解き放たれた刃の力は絶大で、もうどうにもならない。


 そして同時にミソラも気付く。これが、自分に与えられた能力(ちから)なのだと。

 いくらミソラが強いとはいえ、ただの人間がゴーレムを一撃で破壊出来るわけがない。恐らく身体能力が桁違いに上がっているのだと推測できる。

 思い返せば、ここまでひたすら歩いてきて、戦闘もしているが、息一つ乱さず、汗一滴すら流していなかった。

 そう気付いたミソラだが、全く喜ばしくなかった。むしろ、後悔していた。

 もっと早く、もっと早くこの力に気付いていれば。馬鹿すぎる愚かすぎる救いが無さすぎる。ミソラは自分を責め立てる。


 しかし、今悔やんでいる場合ではない。一刻も早くリクを何処か安全な場所、町に連れて行き治療してもらわなければならない。

 その為にも目の前の魔物使いが邪魔だった。


「これで終わらせます!」


 ミソラは再び拳を握り、魔物使いに向かって突進する。すると、魔物使いは即座にある魔法を詠唱する。

 その詠唱は、ミソラが初めて聞いた詠唱と同じものだった。その時は何が起きたのかもわからなかったから、それが魔法だと理解していなかった。


「【原典(オリジン) (まもり)の章 上級編(サード)】あらゆる物理法則を防ぎ()き止め弾き飛ばせ。我が身を守る盾となれ《ウォール・ド・バリア》!」

「なっ!?」


 魔物使いの放った《ウォール・ド・バリア》にミソラの渾身の一撃はあえなく弾き飛ばされた。

 しかし魔物使いも今の一撃を防ぐのにかなりの魔力を使ってしまった。が、これで魔物使いはハッキリと確信した。


「危ない危ない。よかったよ。やっぱり君の攻撃は魔力を帯びていない。信じがたいけど、すべて君の腕力や脚力の賜物ということだ。でも、だからこそ君の攻撃は僕には届かない。君もよく知るこの障壁は魔力がある限り物理攻撃を完全に弾く」


 ミソラは歯噛みした。こちらの攻撃が一切通じないとなると一体どうすればいいのか。しかし、長く時間を取られればそれだけリクの身が危うくなる。考えている時間はない。

 ミソラは《ウォール・ド・バリア》に向かって連続攻撃を繰り出す。


「なるほど。魔力切れを狙ってるな? そこの魔術師と同じように。でも──《サモン・ビースト》!」


 召喚魔法を詠唱破棄で発動させた魔物使いは新たに召喚したベルドッグを倒れているリクの元にやった。

 ミソラは魔物使いの狙いに即座に気付き、リクに接近するベルドッグを片っ端からなぎ倒す。その隙に魔物使いがミソラから距離を取った。


「ふふ。これでいい。この距離なら君の足の速さがあっても攻撃を加えていられるほどの余裕は無くなるだろ。君が僕を狙えばその隙に魔術師が食い散らかされることになるよ。さあどうする?」


 陽気な、ふざけたような口調に戻った魔物使いを睨み付けながら、ミソラは考える。が、全く打開策が見付からなかった。どうしようもない。詰んでしまっている。

 しかもこんな魔物達の中、リクを抱えて逃げることも出来ない。


「はははっ。残念だったね。君の攻撃は僕には届かない。例え届いたとしても、この障壁は君には破壊出来ない」


 魔物使いの高笑いが響く中、私は悔しさを噛み締めていた。でも、その時確かに聞こえた。

 ついさっきまでずっと聞いていた声を。なのにとても懐かしく感じる彼の声を。


「でも、知っているか魔物使い? その障壁は魔法攻撃には滅法弱いってことを──」


 ──直後、魔物使いは荒々しく燃え盛る紅蓮の炎に飲み込まれた。


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