4話
「こいつで、最後か……?」
「はい。中にはもう誰もいませんでした。それにしても、呆気無さすぎて萎えますね。まさか音だけでやられるなんて。というか盗賊以外の人がいたらどうするつもりだったんですか」
「それを配慮しての音響魔法だろ。この魔法には殺傷能力はないし鼓膜も破れない。気絶させるだけで後遺症もない、中々優秀な魔法なんだよ」
「ほほぅ。結構考えているんですね」
俺達は気絶した盗賊達を洞窟から引っ張り出し魔法の蔓で縛りつけていた。
ミソラには洞窟の中にまだ敵がいないか先程まで捜索してもらっていた。念のため、自動防衛魔法を上掛けしておいて。そして帰ってきたミソラの情報を聞いて俺は首を傾げる。
「ん~、おかしいな」
「何がですか?」
「数が足りないんだ」
俺はそこら辺に放り出している盗賊達を見渡す。さっき倒した三人と合わせると二十三人の盗賊を捕縛したわけだが、情報では三十人はいるという話だった。つまり全体の三分の二の人数しかいない。と、いうことは。
「あっ、わかりました。待ち伏せチームと逃亡チームにわけたんですね。ということは恐らくボスはそっちでしょう」
理解が早くて助かる。俺も同意見だった。だが、やはり気付かれていたか。それに情報で、この洞窟の出入り口は一ヶ所と聞いていたので油断した。
出入り口なんか自分達で勝手に作ればいいし、魔法道具を盗み持っているなら、転移だって可能だ。
「最悪だな……」
「まだまだイベントは──じゃなくて依頼は終わらないようですね」
そう。俺の今回の依頼は盗賊の討伐だ。ボスと例の魔物使いをどうにかしなければ依頼を達成したことにならない。
俺達は何かボス達の足取りを追えるような痕跡がないかを探しにもう一度洞窟へ入る。すると、上手く岩で隠してあった隠し通路を発見した。
「こんなところに道があったんですね」
「岩を動かした跡があるな。それにこれは、金だな。盗んだものを運んでいるときに落としたんだろう。残りの盗賊はこの先にいるはずだ」
俺達はそのまま隠し通路を進んでいく。通路はあまり長くはなく、すぐに外の光が見えた。
「外に繋がってるみたいですね。早く行きましょう。逃げられちゃいます」
「あぁ、そうだな。でもその前に──」
一応、保険を掛けておくか。
~~~
「早く! 早く走って! あの盗賊達、ここにも金貨を落としてますよ。たぶん袋に穴とか空いてて、等間隔で落ちてるんですよ!、気付かれる前に追い付きましょう!」
情報にあった黒い髪の女がアジトの隠し通路から出てきた。情報通り確かに何も装備していない。
それに、器量が良さそうな顔をしている。胸の方は残念だが、充分高く売れそうだ。出来れば殺さず、生け捕りにしたいところだ。欲望の捌け口にでもしてやるのもいい。
その女が洞窟内にいる魔術師を呼んでいる。まだ姿は見えないが、出口に近付いてきているようだ。
「先々行くんじゃねえ。罠でもあったらどうする?」
「蹴散らします」
「うわーたのもしー」
「もっと頼っていいんですよ?」
「今のは馬鹿にしただけなんだが?」
洞窟から出てきた魔術師は呆れたような顔をしていた。いちゃいちゃしやがってこの屑がッ!!
この場にいた五人は全員同じことを心の中で叫ぶ。殺すッ!!と。
魔術師が完全に外に出た瞬間を狙い、二人の盗賊が洞窟出口の上にある木の陰からサーベルで斬りかかり、残りの三人が遠距離からそれぞれ弓や銃を魔術師目掛けて放った。
「なっ?!」
「き、きゃああああっ!!?」
魔術師は何が起きたかも理解していないような顔をしながら地面に倒れた。女もその光景を見て気が動転したのか腰を抜かして座り込んだ。これなら無傷で捕まえられる。先の想像していたことを思いだし、思わず舌なめずりをする。
五人は魔術師、というより女が目当てで二人の側に近付いてきた。
「案外楽勝だったな。こんなのに二十人も殺られたってのか?」
「はっ。あんな奴等、所詮頭数を揃えるために集めただけのゴミなんだから仕方ねえって」
「それよりよ。この女どうする? 頭んとこ連れてく前に味見でもするか?」
「がっつきすぎだろキメエな。でも、いいかもな」
「お前もかよ。ま、俺もだけど」
五人の下卑た笑いが森に木霊する。が、次の瞬間、それは悲鳴に変わる。
「《リーフ・カッター》。《プラント・ウィップ》」
「「なにぃ!?」」
「「「ぎゃああぁっ!?」」」
舞い散る木の葉に切り裂かれ、蔓に縛られる。な、何が起こった!?
「魔法名がほぼ完全に某モンスターの技名と一緒です。本当にありがとうございます」
「はっ? ええと、どういたしまして?」
「そんな返しが来るとは思ってもみませんでしたっ」
そんな呑気な会話が、洞窟の中から聞こえてきた。そして、洞窟から確かに殺したはずの魔術師と、五人の側で茫然自失となっていたはずの女が姿を現した。
「な、んで……?!」
視線をさっき死んだはずの魔術師の方に向けると、そこにあったはずの魔術師の死体がなくなっていた。
「それにしても、保険かけててよかったですね」
「あぁ、見事に作戦に嵌まってくれたから楽だったな」
作戦だと……。まさか最初からこいつらの手の平の上だったというのか……。
☆☆☆
「一応保険に別の魔法を掛けておく」
俺の言葉に首を傾げるミソラ
「理由はこの出口の先に待ち伏せしてる奴等がいるかもしれないからだ」
「またですか? いるんですかね?」
「……と、お前みたいに思う奴を後ろから切りつけるなり狙撃するなりしたら簡単に殺せるな。ま、いないならいないでいいが」
「なるほど。それで保険……」
納得したように頷くミソラ。でも、と言葉を続ける。
「なんでそんなめんどくさいことを?《ウォール・ド・バリア》があれば対処出来るのでは?」
「確かに魔力を宿してない攻撃ならそれで充分だが、もし待ち伏せてるのが魔物使いなら、別の魔法も使える可能性があるからな。それに他の理由もある。これは、まあ、結果を見てから教えてやるよ」
そういって俺は杖を握り魔法を紡ぐ。
「【原典 幻の章 中級】騙し惑わせ造り出せ。幻影たる分身よ《シャドー・ドール・ミラージュ》」
魔力の光が俺とミソラの周りを漂い、その光が二つの人影を表し始めた。そして、瓜二つの姿をした俺の分身とミソラの分身が出現した。
「分身の術!! 忍法ですね!」
「魔法だよ。あと静かにしろ。バレるだろ」
ミソラは両手で口を押さえる。別にそこまでしろとは言ってない。
「それじゃ、先にこいつらを行かせる」
ミソラはブンブンと首を縦に振る。喋らないと行動が大きくなるのか?
俺は分身を洞窟の外へと向かわせた。
☆☆☆
そして見事、五人同時に倒すことが出来た。
「で、結局この面倒な作戦の理由はなんだったんですか?」
「面倒とか言うな。適切、とまでは言わないがちゃんとした理由があるんだよ」
俺は五人の盗賊を完全に気絶させてから作戦の事後説明をしていた。
「まず第一に、待ち伏せしている奴等が魔法使いだった場合の保険。これは説明したな。あとは、待ち伏せしている奴等を油断させるためだ」
もし、待ち伏せが多人数、多方向、遠距離にあった場合、《ウォール・ド・バリア》で攻撃は防いだとしても、全員を捕縛することが困難になる。特に遠距離にいられると厄介だ。
だが、相手が死んだ思わせられれば相手は油断して全員側に近付いてくるだろうと踏んだ。それにミソラは喋らなければ中々の美少女だ。
浅ましい盗賊にとってそんなミソラを放っておかないだろう、という理由だ。
「……リクさん、地味に頭良いんですね」
「地味ってなんだ、地味って」
「あと喋らなければ、ってなんですか」
「言葉のままの意味だけども?」
「あと、なんかあの盗賊達、私の分身をいやらしい目で見てて気持ち悪かったです。ぶっ殺しちゃってください」
「何でだよ。容赦なく人を殺す奴と一緒にいたくないとかなんとか言ってたろ」
「時と場合に依ります」
「……むしろ俺の方がお前と一緒にいたくねえよ。こええよ。お前という人物がわからねえよ」
「それはそうですよ。出会って一日二日しか経ってないんですから」
「問題はそこじゃねえと思うよ俺は」
俺達は軽く冗談を交わしつつ、残りの盗賊探しを再開することにした。…………軽い冗談、だよな……。
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「こんの屑野郎共がッッ!! たった一人の魔術師をどうして殺せねえ!?」
洞窟を出て少し歩いた場所で盗賊達は仲間の報告を待っていた。だが、いくら待っても報告がない。ということは全員殺られたということを意味していた。
ゼブは怒りで狂いそうになる頭をどうにか近くにある岩を破壊することで落ち着ける。
落ち着け。こんな場所でトチ狂って殺されるなんざそれこそ屑だ。
ゼブはいくらか冷静さを取り戻し現在の状況を確認する。今ゼブ達はゼブを含め七人で移動している。
内三人は盗んだ財宝や金を積んでいる荷車を押している。残り三人はゼブの次に強い奴等だ。そいつらに周りを警戒させている。
次に被害状況。最初に偵察三人、待ち伏せさせた下っ端二十人、中堅の部下五人。計二十八人が一人の魔術師により倒された。
総勢三十五人であるこの盗賊団は、ほぼ壊滅されたといっていい。つまり、相手の魔術師は相当の手練れであると判断出来る。
「くそっ! まさかあの野郎より強いんじゃねえだろうな」
「あの野郎、とは、僕のことかい?」
いつの間にそこにいたのか、ゼブに話しかけてきたフードを被った男は、荷車に積まれた財宝の上に立っていた。
「てめえ……どこ行ってやがった!?」
「いや。ちょっと野暮用がね……。で、これはどういうことだい?」
ゼブは何を聞かれているのかはっきり理解していた。何故少人数で財宝を持ってこんなところを歩いているのか、と聞かれているのだと。
「一人、厄介な魔術師に追われてるんだよ。てめえにゃあ高い報酬払ってんだ! こういう時に役に立ちやがれッ!」
「やれやれ。その報酬というのも僕がいたから盗めた宝だというのに偉そうな人だ」
神経を逆撫でするような態度を取るフードの男。今すぐここで殺してやりたい衝動に駆られたが、己の身を守るためにぐっと抑えた。
「いいからさっさと始末してこい魔物使い!」
「一人じゃ面倒だ。君も手伝いなよ」
「つくづくお前はムカつく野郎だな!」
「それはどうも」
フードの男、魔物使いは指揮棒のような杖を取りだし、ゼブは荷車に乗せていた大斧を肩に担いだ。
周りにいた盗賊の仲間達はこの光景を見るだけで戦慄を覚える。正直、この二人さえいれば自分達の力など必要ない。
圧倒的な力で敵を捩じ伏せるゼブと、多種の魔物を操れる魔物使い。この二人の敵でなくて良かったと思わない日はないというほどに、彼らはずば抜けた強さを持っているのだから。
これからこの二人に殺される敵であるはずの魔術師達に彼らは同情した。