3話
──アイ ラブ ファンタジー!!中学生の時はそんなことばかり考えていて、同志と呼べるような人や、小説の感想を言い合えるような人は、誰一人いなかった。自分がそういうことを全面にしていなかった、という理由もあるだろうが。
高校に入ってもそれは変わらず、たった一人の文芸部の先輩も、あまり喋らない人だったので、私はいつも同じ教室にいるだけで、たった一人の空間にいるのと大して変わらなかった。だから私は──
☆☆☆
「あのリクさん。お願いがあるんですが……」
前を歩いていたミソラがふと立ち止まり、妙にそわそわしながら話し掛けてきた。
「何だ? やっぱり帰りたくなったか? それともトイレか?」
「いえ全く。あとその発言、セクハラ裁判で有罪判決食らいますよ。そうではなくてですね。その~。ちょっとでいいので、魔法を見せてほしいなぁ~、なんて」
「却下だ」
「えぇ~。何でですか?」
やっぱりくだらないことだった。ミソラはぶーぶー言うが、別にこれはめんどくさいからという理由だけで却下したわけではない。
「気付かれたらどうするんだ」
「……誰にですか?」
「魔物やら盗賊に、だ」
「あぁ~なるほど。……盗賊?」
そういえば結局俺が盗賊狩りのためにこの森に来ているということを説明していなかったんだったな。もしかするとこの話を聞けば町に帰ってくれるんじゃ──
「わかりましたっ! 私の最初のイベントは盗賊退治なんですね! オーソドックスですが、逆にそこがいい!」
むしろ燃えていらっしゃる。っと、そんなことより、そろそろ盗賊達がアジトが存在していると思われるポイントだ。俺は一人でズンズン進んでいくミソラに声を掛けた。
「おいこら止まれ。そろそろ盗賊共のアジト──」
俺の声で振り返ったミソラが血相を変えてこちらに向かって走ってくる。と、その時、背後に気配を感じた。
「リクさん! 危なぁぁいっ!!」
「ん? あぁ、別に心配ねえよ、っと」
「あだっ!」
俺は突っ込んできたミソラの頭を片手で受け止めた。ちょうどその瞬間、背後で何かが弾かれる音がした。
振り向くと地面にただの矢が三本落ちていた。これまた随分となめられたものだ。
「な、なんだ今のはっ!?」
「わ、わからねえ! だがありゃ魔法だろ!」
「だが、詠唱は無かった! それに杖だって使っていなかったぞ! ま、まさか、まだ仲間がいるのかっ!?」
敵は三人。恐らく盗賊。まあ、違っていても人に向かって弓を引いたんだ。盗賊じゃなかろうと倒すけどな。
あと、この矢と今の言葉を聞く限り、三人の中に魔法使いはいないな。それより問題は俺達のことをボスが既に知っているのかどうかだ。
もし知られているとしたら厄介だな。奇襲作戦が使えない。無駄に時間がかかってしまうな。と、俺は冷静に状況を把握した。
「へ? あれ? 今のなんですかっ!? っていうか私、格好悪すぎじゃないですか!?」
ミソラは何が起きたのかもわからない様子で、何故か落ち込んでいた。
「あぁ、後で教えてやる。ちょっくらそこの三人を倒してからな」
盗賊達は即座にその場を離れようとした。悪くない判断だ。勝てない相手とは戦うな、だ。だか残念だったな。俺は杖を取り出し、振りかざす。
「《プラント・ウィップ》」
「なっ!」
「うわああっ!?」
「なんじゃこいつはぁ!?」
「うおおおっ! これがリクさんの魔法……」
盗賊達はいきなり足元から生えてきた蔓に足を取られ、宙吊りの状態となった。
「なにぃ!? くそっ、てめえ! 放しやがれ!」
「悪党の言うこと聞く馬鹿がどこにいるよ。《スタンド・ボルト》」
「「「ぐああああっ!?」」」
「あっ、割と容赦ないんですね……」
俺は宙吊り状態の盗賊達に容赦なく電撃魔法を食らわせた。黒く焦げた三人はそのまま完全に沈黙した。
「……殺しちゃったんですか?」
どこか、沈んだ声で聞いてくるミソラ。そりゃ目の前で人が死ねばこうなるに決まっている。でもそれは勘違いだ。
「いや、殺してない。気絶させてるだけだ」
それを聞いてミソラはほっとしたように笑った。
「良かったです。流石に容赦なく人を殺せる人と一緒にいるのは少し抵抗あるので」
「……それもそうだな」
もっともなミソラの言葉に俺も頷く。俺は一応盗賊三人を蔓で縛りつけて木の幹にくくりつけた。その様子を見ていたミソラはふむ、と何かを考え込む。
「それにしても、これが魔法なんですね……。何だか、名前がシンプル過ぎな気がします……。それに威力もショボかったですし。そこがちょっと残念ですね」
「失礼な奴だなお前は。あと名付けたのは俺じゃないし、さっきのは下級魔法だ! 俺がショボいわけじゃねえからな!」
「まあまあまあまあ。落ち着いてください。いいと思いますよ。シンプル イズ ベストとも言いますし。土属性かと思ったら色んな属性の魔法も使えるみたいですし。それより、さっきの矢を止めたアレは何だったんです? 教えてくださいよ」
何だか適当にあしらわれたような感じがしたが、さっき説明してやると言った手前、教えてやらないといけなかった。
「あれはさっきお前に掛けてた防衛魔法の《ウォール・ド・バリア》だ。危険を察知すると自動的に発動するように仕込みをしているがな」
「ほうほう。無理矢理和訳するなら『壁の結界』といったところですか。またそんなシンプルな──っと、それにしても魔法って自動で発動させられるんですね」
「………自慢するみたいで嫌なんだが誤解されたまま馬鹿にされるのもムカつくんで一応言うが、自動発動魔法は結構高等技術なんだからな」
「まあ、リクさんがすごい魔法使いというのはわかります。雑魚とはいえ、一瞬で三人も倒しちゃいましたし、詠唱破棄も出来るようですし」
「なんだ? 詠唱破棄は知ってるのか。変な知識の偏り方だな。しかもあいつらが雑魚だって見抜けるとは。初心者なんじゃなかったのか?」
詠唱破棄。正確には詠唱短縮と言うのが正しいのだが、魔法使いではないミソラにとってはどちらでも構わないのだろう。
本来魔法を発動させるには【原典】の選択と呪文詠唱、魔法詠唱の二つの詠唱を必要とする。
先程の《スタンド・ボルト》を例として例えるなら、
「【原典 雷の章 下級編】稲妻よ迸れ《スタンド・ボルト》」
となり、稲妻よ迸れ、の部分を呪文詠唱。《スタンド・ボルト》の部分を魔法詠唱と呼ぶ。そして上級魔法になるにつれて呪文詠唱は長くなる法則がある。
俗に言う詠唱破棄は呪文の部分のことを省略することを指す。完全詠唱破棄だと魔法詠唱の部分も必要としない。
まさか、世界の名前すら知らなかった癖に、普通、魔法使いくらいしか知らないような知識を持っているとは予想だにしていなかった。
俺の疑問を受け、ミソラは何故か偉そうに薄い胸を張る。
「それはもちろん。私はファンタジー系小説をこよなく愛す典型的な文学美少女ですから! その程度のことは余裕でわかります」
何だか気になる箇所はいくつかあったが、俺が一番気になったのは、ある一言だった。
「お前、小説好きなのか?」
「はい! 大好きです。大好物です」
「お前はわかってる!!」
俺は初めてミソラに対して素直に好印象を抱いた。俺はガバッとミソラの手を握る。ミソラがふぇっ?! っと短い悲鳴を上げるが、俺は気に止めることはなかった。
「俺の周りの脳筋共は小説の良さを何もわかってないんだ。いやぁ~まさかお前が小説好きだったとはな。意外な共通点だったな」
「は、はい……。なんだかリクさんのキャラがすごいブレだしてる気がしますけど、私と同志だっていうのは、素直に、嬉しいです……」
何だかミソラが軽く引いている気もするが、気にしない。まさかこんなところで同志と出会うとは。
……あっ、こんなことしてる場合じゃなかった。ミソラのせいですっかり忘れていたが早く帰って『べリアルマインド』を買わねえと!
盗賊討伐より大切な目的を思い出し、俺は先を急ぐことにした。
「ちょっと待ってくださいよ~。リクさ~ん」
置いてきぼりにされたミソラは、急いで後を追い掛けた。 握られた手を愛しそうに胸に抱きながら。
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「おい。あいつらから連絡は来たか?」
「いえ……ありません」
ちっ、と大きく舌打ちを打つ盗賊の頭、ゼブ。死んだか。役にたたねえ屑共だな。と、仲間の死をまるで悼む様子はなく、それどころか罵倒するような男だった。
つい先程、部下達からこの森に魔術師が来ているという情報が入った。魔術師の他に一人女が一緒にいて、何やら言い争いをしており、女が大声で泣いているところを発見した、とのことだった。
女の方は見慣れぬ服を着てはいるが、武装も何もなく、ただの付き添いだろうとのこと。
問題は魔術師の方だ。何処の誰かまでは判別ついてはいないので、どれ程の実力なのかはわからないが、少なくとも三人を葬ることくらいは出来るということだ。
全く、嫌なタイミングでやってくるものだ。今はちょうど用心棒として雇っている魔物使いがこの場を離れていたのだった。こういう非常時にいないなど用心棒とは到底思えない。実力は確かなのだが、あまりに勝手すぎる。
ゼブはイライラしながらそこらにある椅子や机を蹴り壊す。
「か、頭ァァ!!」
そこに慌てた様子で飛び込んでくる部下の姿があった。
「なんだァ!?鬱陶しい! あいつは見付かったのか?」
「いい、いやそうではなく! あの魔術師の野郎、こっちに向かって走って来てやがりますっ!!」
「……んだとおぉ!?」
まさか、この場所がバレているというのか? いや。そんな筈はない。あの部下三人には死んでもここのことを教えるなと脅している。
不穏な空気を感じ取ったゼブは、アジトにしている洞窟の中、三十人近くいる部下達に命令を下した。
「てめえら洞窟内で待ち伏せてろ! 入ってきたところを一斉にブチ殺せ!!あと──」
ゼブの恫喝が響き、盗賊達は臨戦体勢に入った。
☆☆☆
情報に寄ると、ここだな。この洞窟が盗賊達のアジトだと思われるところだ。
目を凝らすと、地面にいくつか足跡らしきものも確認出来る。随分と間抜けな盗賊達だ。本当にここら辺で恐れられている盗賊達なのだろうか、と疑わずにはいられない。
いつの間にか、俺の隣にまで追い付いていたミソラは洞窟を見ながら言った。
「洞窟ですか。これまたベタなとこにアジトを作りますね。これだと見つけてくださいと言っているようなものです」
「まるで何度も同じ体験をしたような言いぐさだな」
「ええ。二次元で学びました」
「二次元ってなんだよ」
「わかりやすく言うと、小説の中の世界です」
「なるほど。なら確実だ」
意見の一致をみた俺達は洞窟から少し離れ、作戦会議を始めた。
「どうやって盗賊を倒すんですか?」
「ふむ。まあ、俺達のことはバレているだろうな」
「何故そう思うんですか?」
「別に。理由なんかない。こういうときは常に最悪な状況を想定して動く方が得策だ」
なるほど、と納得したように頷くミソラ。となると、盗賊達の執るべき作戦は二つ。一つは逃亡。もう一つは。
「……たぶん待ち伏せしてるだろうな」
「とうとう私の初イベントですね!」
「何がイベントだ何が。遊びじゃねえんだ。気を引き締めろ。でなきゃ死ぬぞ」
俺は本気で怒り、ミソラは己の失言を認めた。
「うっ、確かにそうです……。ごめんなさい。軽率でした」
「わかればいい。お前はここにいろ。なに、すぐ終わるから」
「どうするんです?」
「こうするんだよ」
俺はあえて完全詠唱を行う。完全詠唱の場合、下級魔法でも威力は上がる。
その代わりに魔力を練るのに少し時間がかかるのだが、相手が待ち伏せているだけなら問題ない。
俺の体の周りを、淡い光を纏う魔力が魔方陣に収縮されていく。そして俺は詠唱を紡ぐ。
「【原典 音の章 下級編】轟音よ鳴り響け!《ハウリング・バウンド》」
洞窟に向かって放たれた音の塊である《ハウリング・バウンド》は、洞窟内部で炸裂した。