2話
──なんだか、とても不思議な夢を見たような気がする。私が如何にもファンタジーといった感じの世界に召喚されるという、なんとも馬鹿げた夢だ。 今時小学生でもこんな夢は見ないんじゃないかと軽く自虐する。
でも、すごく楽しかった。ほんの一時だったけど、昔からの夢が叶ったような気持ちになれたから。
でも我が儘を言えばもう少しだけ夢を見ていたかった。もう少しだけ、あの幸せな夢を──
☆☆☆
「ん、んふふ。も、もう少しだけぇ~。ムニャ……」
「お前な……。それ俺の寝袋なんだっての。はやく起きて返せ」
朝、俺は既にテントの片付けを終わらせて朝食の準備をしていた。準備といっても携帯食料だからただ単に荷物の中から出しただけだが。
そしていい加減寝袋も片付けようと昨日出会った頭のおかしい自称異世界人の少女、ミソラを起こそうとしていた。が、どうも夜更かしをしたようで、全く起きる気配がない。
それどころか「もう少し」とか言ってくる始末だ。このまま放置していきたい気持ちを圧し殺し、俺は魔法を詠唱した。
「《ウォーター・リング》威力最小」
魔力を小さな水の輪に変換し、ミソラの顔目掛けて放つ。
「ぷふぁっ!?」
ミソラは変な悲鳴を上げ飛び起きた。
「やっと起きたか。ほれさっさと寝袋返せ」
しかし、まだ少し寝惚けているのか、俺の顔をボ~っと見つめるだけで反応がない。俺はミソラの目の前で手をパンッと鳴らす。
「はっ! あれ? ここはどこ? 私はミソラ。十六歳になりました」
「知らねえよ……」
「あっ、リクさん……? ってことはここは、エルセイダーですか?」
「昨日説明してやったろうが。まさか一回寝たら忘れたとでも?」
もし本当にそうならもう一回顔に水ぶっかけてやるつもりでいたが、どうやらちゃんと覚えているようだ。
「そっか。良かった~。夢じゃなかったんだ」
「俺は夢であって欲しかったよ……」
俺の小言は聞こえなかったのか、ミソラはすぐに寝袋を綺麗にたたみ、簡単にだが服装を整えた。
しかし、昨日は気にならなかったが、ミソラの着ている服はあまり見かけないようなデザインをしていた。
俺があまりにもミソラの服を見ていたせいか、ミソラが少し顔を赤らめながら、どうしたのかと尋ねてきた。
「いや。その服、珍しい形をしているなと思っただけだ」
「これですか? まあそうかもです。なんせこれが私が唯一、私の世界から持ってきた物ですから。これはうちの高校の制服です。可愛いですよね」
一日寝た程度では頭は治らなかったようだ。早く大きな町に行って医者に診てもらうべきだな。
俺はミソラの妄言は軽く無視し食事を始めた。仕方ないのでミソラにも朝食を渡す。
ただの携帯食料なのに「昨日も思いましたけどこれ美味しいですね」なんて言っている。どれだけわびしい食生活を送ってきたのか心配になる。
って、どうせ今日限りの関係なんだ。気にかけてやることはない。……しかし、なんかこの言い方はちょっとアレだな。
「どうふぁひまひは?(どうかしました?)」
「な、何でもない。あと食いながら喋るんじゃない」
地味に勘の鋭いミソラに狼狽えつつも、朝食を食べ終えた。
「さて。それじゃ俺は行くから」
「はい。では行きましょう」
「……いや待て。お前はあっちだ」
「え?」
俺は昨日来た道の方を指差す。つまり俺の目的地の逆の方向だ。
「え? じゃねえよ。何で着いてくるつもりでいるんだ? お前はさっさと町に帰れ。ここからなら女の足でも一日歩けば着くだろ? って言っても知らないんだろうな」
この世界の名前も知らなかったんだ。町がどこにあるのかもわかっていないんだろう。
まあ、ここまでほとんど一本道だったし迷うことはないだろう。
俺は昼食用にさっきの携帯食料と水を少しわけてやり、魔法で魔物に襲われないようにもしてやった。よし。これでいいだろ。
「じゃあな」
「ちょっ、リクさんっ……!?」
俺は荷物を背負い歩き出した。やれやれ。ようやく静かになる。後はさっさと盗賊狩って帰ろう。俺はそのままセビラの森へと入っていった。
☆☆☆
「………………」
「(こそこそ)」
森に入ってから誰かに後をつけられているような感じがする。というか事実つけられている。しかも犯人までわかっている。
本人はアレで尾行しているつもりなのだろうか。俺が後ろを振り向くと、慌てたようにガサガサッと音をたてて草むらに身を潜める。
このまま放置して盗賊にでも捕まってしまうとこっちの迷惑になるので、俺は溜め息を吐きながらその尾行者が隠れる草むらに近付く。
「何してんだお前は……?」
「ま、まさかミソラ流尾行術がこうも容易く見破られるなんて……ッ!?」
「何だその流派は?潰れてしまえそんな流派」
本気で驚いているようにもふざけているようにも思える態度で草むらから出てきたのは、やはりミソラだった。
「で、再度質問だ。なにしてる?」
「ではこちらからも質問します。何故私を置いていくんですかっ?」
質問に質問で返すなよ。俺は呆れつつもその質問に答えてやる。
「役立たずの足手まといの馬鹿だからだ」
「酷いっ!?」
まあ、言い過ぎた感はある。でもこれで諦めるだろ。
「さ、わかったら回れ右して町に向かえ」
「でも断るっ!」
「……何でか理由を聞いても?」
怒りを必死に抑えながら質問する。
「何故なら、異世界モノで最初に会った人とはこれからも長い付き合いになるというお約束、いや、法則があるからですっ!」
ミソラはビシッと指を突きつけながら言い放つ。
いやいや。何その法則? もはや呪いじゃねえか。回復魔法で解呪できるのか?
呆気に取られる俺を放置し、ミソラは話を続ける。
「それに女の子一人を放置するなんて男としても駄目過ぎます。それにこの世界の知識もないのにどうやって生きていけ、っていうんですか」
「馬鹿なのは自業自得だろ」
「馬鹿じゃないです。知らないだけです」
それを馬鹿と言うんじゃないのか? 異世界の妄想ばかりしてるから知識が不足してるんじゃないのか? 色々思ったが口には出さなかった。どうせ何言っても無駄だろう。なら──。
「ならせめて、役に立てる何かを提示してみろ。それで使えそうなら一緒に連れていってやる」
「な、なんて上から目線なんでしょうこの人……」
ミソラは半目でこちらを睨み付ける。どうとでも言え。こっちだって遊びで来てるわけじゃないんだからな。
「いいでしょう! なら、私がどれだけ役に立つか教えてあげます」
「そうか。そりゃ楽しみだ」
もちろん嘘だ。適当にあしらって諦めてもらおう。そんな俺の企みを知らないミソラは色々と自分の有能性を自慢気に発表し始めた。
「まず魔王を倒せます」
「説得力皆無じゃねえか! 次」
「いずれ最強の能力に目覚めます」
「どこにそんな根拠がっ!? 次」
「貴方の危機を救います」
「出会った瞬間に救われまくった癖に偉そうだな。次」
「貴方のパートナーになります」
「間に合ってる。次」
「私とラ、ラブコメ的な展開が起こる可能性があります……。あ、あくまで可能性ですがッ!」
「そんな曖昧な可能性いらんわ。次」
「振られたっ!? 私主人公なのに!?」
「いつお前が主人公になったんだよ。あと別に振ってない。それ以前の話だ。で、もう終わりか?」
「ま、まだですっ! まだ終わらんですよ! ええと、ですね。私といると楽しい」
「疲れるの間違いだ。次」
「私といると物語が始まる」
「俺の人生という物語は産まれたときから始まっとるわ。次」
「私といるとご利益があります」
「むしろ逆の効果を発揮しそうじゃねえかよ。次」
「弟子にしてくださいっ!」
「弟子をとる予定はない。次」
「なら師匠になります」
「意味がわからん。次」
「異世界の知識を与えましょう」
「妄言なんぞを聞いてる暇はない。次」
「私、美少女!」
「自分で言うな!」
このあともまだまだ色々言ったが、どれも役に立ちそうなものではなかった。というよりほとんど仮定の話だったり未来の話だった。せめて今現在役に立てる何かを言えよ。
「うぅ……。もう何も思い付きません……」
「そう。ならもう諦めな。町に行けば他にもいい奴いっぱいいるだろう。それに俺に着いてくると危険だぞ? な?」
「危険……?」
そうだ。今から盗賊狩りするんだ。と言う前に、ミソラは顔を真っ赤にして震えだした。
「ま、まさかっ!? 私のか、かかかか体を狙って!?」
在らぬ誤解を受けたようだった。ミソラは自分の体を隠すように木の陰に隠れた。
「えええ、エッチ、変態! そういうのは好感度パラメーターをマックスにしてからにしてください!! えっちぃのはいけません!!」
なんだかものすごく心外な勘違いをされているのだが、これは使えると思った俺はあえてその話に乗っかることにした。
「お願いします。体を差し出すこと以外なら何でもしますから連れていってくださいよ~」
「……そっち方面のことを無しにしたら、お前に何が残るんだよ? 体以外何も持ってないだろ。それとも服を置いていくのか? 確かに珍しい服だし、少しは金になるかもな」
俺はこのまま変態を演じれば離れていくだろうと思ったのだが、何故かまだ諦めてはいないようで、他に役立つ方法を考えているようだった。
「そ、そうですね……。あっ、私、料理も得意なんですっ」
「そうか。で、材料は?」
「……はい?」
「それに調理器具はどうする? 他にも火や水は? まさか俺が用意しろとでも? 俺は別にそこまでしてやるつもりもないし、携帯食料があるからわざわざ料理する必要もない。あと、仮にお前の言うことを全て信じるとして、異世界人であるお前がこの世界の料理を知っているのか?そもそも金も持ってないだろ」
「あ、あうぅ……」
俺の一方的な口撃に全く反撃出来ずに、そのまま膝から崩れ落ちるミソラ。やっとか。
「わ、私って、もしかして役立たず、ですか……?」
「いや、さっきから言ってるだろ。はっきり言って迷惑だ」
その言葉がとどめだったのか、ミソラは地面に倒れ伏した。
「うっ……ぐすっ……」
…………あれ? もしかして泣いてる? やばい、流石に言い過ぎたか? ちょっと不安になってきたので、確認を取るついでに一つ気になっていたことを聞いた。
「何でそんなに俺にこだわる?」
俺はただ偶然出会っただけの人間だ。確かに命を救いはしたが、それだけだ。そこまで恩を感じることもなければ、一緒に着いていきたいとか思うわけないだろ。
それともアレか。ここから町までの道中が不安なのか?でもそれもさっき掛けた魔法なら町に着くまで無傷でいられるのだから心配する必要ないんだが、それがわからなかったということか。
知り合いがいないからか? 金がないからか? 色々理由を思い浮かべてみたが、どれもあり得そうで判然としない。やはり本人の口から聞いた方が早そうだ。
ミソラは涙で濡らした顔を上げて泣き声のまま叫ぶように言った。
「だって! 一緒にいたいんです! 貴方は私にとって命の恩人で、はじめての友達で、運命の人なんですっ! この出会いは、偶然なんかじゃないんです! うぅ……うわああぁあぁぁぁああん!!」
大号泣だった。ミソラは地面に伏して大声で泣いている。まさか自分が女の子をここまで大泣きさせる日がくるとは思ってもみなかった。
それに、さっきの「運命の人」という言葉に不覚にもドキッとしてしまった。
俺は悩みに悩み、頭を掻きながら、諦めたように溜め息を吐いた。
「わかった、わかったよ。もう好きにしろよ。着いてきたいなら勝手に着いてこい」
「いいんですか? ありがとうございま~す」
ミソラはあっさりと泣き止んで、ケロッとした表情と軽やかな足取りでそのまま俺の前を歩き始めた。
「って、復活はやっ!? さては嘘泣きだったなテメエ! やっぱ着いてくんじゃねえ!」
「おや? 男が二言を言うんですか? 格好悪いですよ?」
「なにこいつ、超質悪い!!」
「ふふふ。男は女の涙に弱い。それは異世界でも同じなようですね。流石はミソラ流泣き落とし術です」
「またそれかよ! どれだけ多種多様なんだよそれは!」
「秘密です。また機会があればお見せしますよ」
「見せんでいい!」
「あっ、あとそれから、えっちぃことは禁止ですからねっ」
「んなことするかああああああっ!!」
すっかりいつもの調子に戻ったミソラは、また異世界だのえっちぃだのとほざいている。
俺はまた頭が痛くなってくるようだった。余計なことをするんじゃなかった。少し前の俺を思いっきり殴ってやりたい。
しかし、時間は過去には戻らない。仕方ないので諦めて、俺はミソラの背中をゆっくり追い掛けた。
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背中を向けているミソラの顔をリクは見ることは出来なかったが、この時のミソラの顔は、嬉し涙を浮かべながら笑っていた。
本人すら意識していなかっただろうが、異世界に来てから一番美しく可愛らしい、満面の笑顔だった。
そんな二人を遠くから監視する人物がいたことに、リクも、当然ミソラも気付くことは出来なかった。