26話
「どうしてこうなった……?」
私は机に肘をつき手のひらで顔を覆っていた。
今私がいるのはアルカディア国立学園にある教室だ。教室は階段教室となっており、私は今一番後ろの端の席に座っている。
所謂主人公がよく座っている席である。だが、今はそんなことは心底どうでもよかった。
どうしてこうなった。もう一度小声でそう呟きながら指の間から教室を見渡す。
キャイキャイ騒ぐクラスメイト達。そこに私の見知った顔はない。だが、それも当然だ。何せ私は異世界人だ。見知った顔の方が少ない。
しかし、今問題なのは教室に見知った顔が無いことではなかった。
私のクラスメイトとなった者達はどこか幼さを残した可愛らしい顔に困惑の色を宿しながら私の方をチラチラと見ていた。私は顔を隠しているので変に思われたのだろうか。いや。それは違う。もっと明確に変なところがあるのだ。
……変に言い回すのはやめよう。そう。今私の周りにいるクラスメイト達は私よりも一回り幼い少年少女達なのである。
つまり、分かりやすく言うと──
──高校生の私が小学校に入学することになった、ということだ。
……どうしてこうなった。私はとても重要なので三回同じ台詞を小さく呟きながら、数時間前のことを思い出し始めた。
★★★
「いやぁ~。素晴らしい天気ですね~。入学式に相応しい日です」
「そうですね」
私は白を基調とした可愛らしいデザインの制服に身を包みながら、私と同じ制服を着るリラと共に学園へと向かって歩いていた。
「あぁ、楽しみですね。異世界の学校ってどんなことするんですかね? 魔法の勉強は勿論、実技とか、大会とか、面白いイベントとか。待ち遠しいですっ」
「朝からハイテンション過ぎですよ。そんなんじゃ持ちませんよ」
「大丈夫ですっ! こんな楽しいことを前にへばったりなんかしませんよ」
私はスキップする勢いで道を進み、リラはそんな私を見て苦笑いしながら着いてくる。
「あっ、そういえばリクさん。今日はどこへ行ったんですかね。せっかく私の晴れ舞台だと言うのに。それにリクさんは制服フェチなはず。絶対見に来ると思ったのに」
「妹、その話初耳なんですけど……」
何故かリラにじと目で睨まれた。
「ま、まあ、それはさておき。リクさんはどうしたんですか?」
「妹としてさておける話ではなかったんですが、まあ、いいです。兄さんは確かムースさんにギルドへ来るよう言われて、朝からギルドに向かいましたよ」
「あとから来ますかね?」
「さあ。仕事関係だと来れないかもしれないですね」
リラは残念そうな顔をする。でも仕事なら仕方ないですよね。制服ならいつでも見せてあげられますし。
私はそんなことを考えながら道の角を曲がる。そこからまっすぐ行けば学園だ。
そして、その通りは様々な飾り付けがされており、とてもきらびやかになっていた。
「うわぁ~すごい! 一種のお祭りみたいになってるじゃないですか」
「毎年こうなんですよ。学園は完全寮制ですから、我が子を盛大に見送るという主旨で始まったらしいです」
私はリラの説明を聞きながらキョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。まるでおのぼりさんみたいだと思いながらも好奇心には勝てず、歩くペースが落ちる。
そして普通よりかなり時間をかけてようやく校門にたどり着いた。
「とうとう来ましたねっ!」
「そうですね。私は既に見慣れてますが」
ハイテンションな私とは対照的にどこかローテンションなリラ。リクさんがいないのがそんなに不満なのかな。と思っていたがどうやら違うらしい。
リラは私を見つめながら何故か心配そうな顔をしている。
「どうしたんです? 早く行きましょう」
「そうですね。今さらですよね。ミソラ自身気にしてないことを私がとやかく言うこともないでしょうし」
リラの意味のよくわからない発言を私は聞き流した。
「それで、会場はどこですかね?」
「ミソラさんはあっちです」
「そうなんですか。ありがとうございます。では行きましょう」
「えっ?」
「へっ?」
リラはキョトンとした顔を浮かべ、私もそのリラが何故そんな顔をするのかわからず同じような顔をする。
「リラは着いてこないんですか?」
「まあ、私は生徒ですから」
「え、どういうことですか? 話がよく見えないんですけど」
何かとても不穏な空気に私は唾を飲む。
「いえ、だから。ミソラは入学式会場に行かないといけないですよね。で、私は始業式に出ないといけないんです」
「……………………え?」
「ま、まさかとは思いますが、ミソラ。今の状況わかってないんですか?」
リラの言葉は私の耳には届かなかった。
え? 何? 入学式と始業式は一緒にやってるの? いやいや。問題はそこじゃない。
問題なのは、私は入学式に出るというところだ。入学式とはつまり──
「一応言いますがこの学園は十年制です。入学するならその一年生になることになります。それが例え子供だろうと大人だろうとです。まあ、大人の人は普通入学なんかしませんし、学外にも私塾を開いている人もいますからそちらで学ぶのがほとんどです。それに何なら編入試験だってありますから、入学する人はほぼ全員八歳の子供ですけどね」
今年はその例外がいますけど。という言葉を最後に付け加えながらリラは私を見た。
そして、私はようやく自分の勘違いに気付いた。
私はてっきり学園は初等部、中等部、高等部と分かれているものだと思っていた。
だから私は高等部の入学式に出る。という認識をしていたのだ。
だが実際はそうではなく、初等部などという分け方をしていないのだ。勿論、低学年、高学年という区別はあれど、学校内で中学と高校が分かれているというわけではない。
私はこの世界の本はあらかた読んだ。けれど学校の仕組みを知らなかった。
それは私がわざと学校の前情報を入れないようにしたからだ。
つまりは自業自得なわけだが、八つ当たりも甚だしいが、私はリラに食って掛かる。
「そ、そうならもっと早く言ってくださいよ!! えっ? じゃあ私とリラは同じクラスにならないどころか、学年すら違うってことですか?!」
「そうなりますね。飛び級すればもしかしたらラスト一年くらいには間に合う可能性もほんのわずかにありますが」
「ええ~!? そんなぁ~!? 何で入学を止めてくれなかったんですかっ!? 編入する方法もあったんですよね?!」
「でもミソラは確かに「入学したい」って言ってましたよね?」
………………確かに、私はそう言っていた。編入したいとは一言も言っていなかった。ただただ入学したいとしか言っていなかった。
つまり、完全に自業自得。救いようもなく、他の誰も悪くない。
私はその場に崩れ落ちた。周りからの視線が突き刺さった。
その後私はリラと別れ、一人で入学式会場へと向かった。その途中で何人かの親御さんに道を聞かれたりスケジュールの時間帯などを聞かれたが、私も新入生なんです。と言ったら、それはまあ、驚いた顔をされた。
それはまだよかった。せいぜいが二、三人程度だったから。
でも流石に会場内で小さい子達の中で私一人の身長がずば抜けて高く、当然だが死ぬほど目立っていた。
ひそひそ話があちこちから聞こえ、隣の椅子に座っている子には。
「お姉ちゃん、場所間違えてない?」
と、素直な表情で心配されてしまった。無性に泣きたくなった。
次にリクさんに会ったらブッ飛ばそう。そう心に誓いながら、私は精神を違う世界に飛ばしながら入学式を乗り切ったのであった。




