24話
幕間
──時は少々遡り、リクがアルカから出発してから数時間後。
俺はギルドに来ていたクエストのうち、適当に三つ選び、その一つである「ジャイアントオーガの討伐任務」の任務地であるグラニーチェ山を訪れていた。
俺はここまでずっと身体強化魔法を使って走ってきたので、流石に疲れ一息吐いていた。
普通なら二日ほど歩くのだが、抑制されていた魔力が元に戻ったので惜しげなく使ってみたのである。
俺が肩に担いでいるのは今まで使っていた、俺の魔力を抑制する『生命の杖』ではなく、この杖よりもずっと前から使っていた、我が家の家宝でもある『星屑の杖』である。
どちらかというと星屑の杖の方が長く使っていたこともあって、やはりこちらの方が手に馴染む。
しかし、やはり久し振りの感覚にどこか不安にもなる。
今回は俺一人だけということもあって下手を打つこともないとは思うが、ジャイアントオーガとやりあう前に休憩がてらどこかで試し撃ちでもやっておこうかと思っていると、急に何処からか、凄まじい殺気を感じた。
殺気に感付き、俺は弾かれるように後方を見る。その瞬間、巨大な氷柱が三本、こちらに向かって飛んできていた。
俺は咄嗟に杖を構えて魔法を詠唱する。
「《タワー・ストーン》!!」
氷柱の数と同じ数の石柱を地中から現出させ、何とか氷柱の攻撃を防ぐ。が、続けざまに上空から細かい氷の針が降り注いできた。
「ちっ!」
俺は杖から風を発生させて、その場から離脱する。その数秒後に、さっきまで俺が立っていた場所に無数の氷の針が突き刺さる。
何とか緊急回避が間に合い、ほっと一息吐く間もなく、石柱の隙間から高速でこちらに向かって突進してくる影があった。
俺はその影に向かって牽制のための水弾を飛ばすが、そのことごとくを打ち落とされた。
「げっ!?」
その影の正体に気付き──いや薄々感付いてはいたが──俺は苦々しい表情を浮かべながら杖を構えなおし武器強化魔法を発動する。
「やっと見付けたわよっ!! リク・アースランドォォォオオオ!!」
「シャル! やっぱお前かよっ!? この戦闘狂がっ!!」
シャルの突き出した巨大な槍を杖で何とか防ぐ。が、勢いが強すぎるせいか、俺の体は大きく後方へ吹き飛ばされた。
しかし、俺は同時に風魔法を使い姿勢を整えながら着地する。だが勢いを完全には殺せなかったので、わずかに地面を削り、地面には横にながい溝が出来た。
今の攻撃で痺れている腕を軽く振りながら、突進してきた者の姿を確認する。
そこにいたのは巨大な機械槍を持ったピンクの髪をツインテールに結った少女だ。俺はこいつのことよく知っている。
シャルロッテ・ランスロット。かなり有名な貴族の子女であり、飛び抜けて優秀な魔法師の一人であり、俺と同じギルドに所属している仲間でもある。
しかしこいつは何かと俺に喧嘩や決闘を吹っ掛けてくる。歳が同じなこともあり、ライバル意識でも持っているのだろう。
だが、正直なところ俺は迷惑していた。ところ構わず戦いを仕掛けてくるのは本当に勘弁してもらいたい。
そして、シャルのこの服装が何より俺が彼女を敬遠している理由でもあった。
シャルは自身の髪と同じピンクを基調としたフリフリの少女趣味全開の服を恥ずかしげもなく見事に着こなしている。
背が平均より低いせいで、その服が無駄に似合っているのが余計に痛々しい。
彼女曰く、その服は『礼服』であり、『戦闘服』なのだそうだが、見ているこっちが恥ずかしくなる。
「またその服か……。少しは大人になれよシャル」
「私は今でも十分大人の女よ!!」
「そんな小さい子供が着るような服を恥ずかしげもな──」
「【原典 氷の章 中級編】《ブリザード・スピア》」
「──く、ってぇ!? くそっ! 《バブル・ポンプ》!」
俺の言葉を最後まで聞くことなくシャルは容赦なく氷を纏わせた槍を突きだして来たので、俺も水圧砲を放射し対抗する。
一瞬は均衡したが、わずかに俺の魔法がシャルを押し返し始める。
「【原典 風の章 中級編】《エア・カッター》!!」
すると、シャルは即座に風魔法を発動し、シャルが放った風は刃となり左右から俺に襲い掛かる。俺も負けじと魔法を紡ぐ。
「《リフレク・ウォール》!」
魔法を跳ね返す障壁を生み出し、風の刃を退ける。だが、その一瞬の隙を狙い打つようにシャルが続けて魔法を発動した。
「【原典 土の章 中級編】《アース・ウェイブ》!」
シャルの放った魔法は地面を波立たせ、瓦礫や砂を撒き散らす。
俺は地を蹴り、木の上に連続で飛び移って退避する。
「逃がすかっ! 【原典 炎の章 上級編】」
「ちょっ! 待て! ここで火属性の魔法を使うのは──」
「《バーニング・バースト》ォォオ!!!」
「聞く耳持たずか馬鹿野郎っ!!」
シャルは相当頭に血を上らせているようだ。俺の声も届かず、シャルは槍の先端から極太のレーザーのような火炎を放った。
やばい! この攻撃を回避すると俺の後ろにある山に火が燃え移る。それだけは何とか避けねばならない。
俺は焦る気持ちを抑えながら早口で詠唱を始めた。
「【原典 二色の章 超級編】呑み込み逆巻き荒れ狂え。渦巻き轟き降り注げ。全てを巻き込み消し散らせ! 《アクアジェット・ストリーム》!」
俺は水と風の超級混合魔法でシャルの上級爆炎魔法を消し飛ばす。
その時、膨大な魔力が弾け飛び、ようやくシャルは我に返る。
「超級魔法!? そうか。魔力が元に戻ったんだったわね。これでようやく本気のあんたとやりあえる、ってことね」
「何物騒なこと言ってんだよこの馬鹿っ!」
「なっ!? だ、誰が馬鹿よっ! て言うか聞いたわよ! あんたこそ馬鹿やって死にかけたらしいじゃない! 私はその灸を据えてやるためにわざわざ来てあげたのよ! 感謝こそすれ、そんな私を捕まえて馬鹿ですって!?」
まさかの逆ギレに俺は頭を抱える。こいつ、自分のやったことの重大さをまるでわかっていない。
「あのなぁ……。ここは町でもギルドでもないんだからやたら無闇に破壊していいもんじゃないんだ。それに加えてここは霊山だ。それがもし山火事にあって全焼でもしてみろ。俺らは明日から犯罪者だ」
「は? あぁ、ここはグラニーチェ山だったわね。忘れてたわ」
「忘れてんじゃねえよ! この脳筋馬鹿!」
「はぁ?! 馬鹿って言う方が馬鹿なのよ!」
「子供かお前はっ!」
俺とシャルはくだらない口喧嘩を繰り返す。
そんな中、不意に影が差した。俺達はふと、空を見上げた。
そこには巨大な鬼がいた。
次の瞬間、鬼が大地に降り立ち、咆哮を上げる。
先程の魔力を感じて現れたようである。鬼は強い魔力に反応し、その魔力を喰らう魔物だ。
「ジャイアントオーガね。何? これがあんたの討伐対象?」
「あぁ。どうやら霊山の使者を喰らって潜り込んだらしい。」
霊山は特殊な魔力を持っており、魔物は決して山に近付けない。そんな霊山の木や鉱石を使って町や砦などで使われている。
だが、今回の鬼は霊山で長く修行を積んだ者のみが会得できる魔力を持った魔術師が山を下りていた所を襲われ、その魔術師を喰らって魔力を得て霊山に侵入することが可能となったらしい。
そしてその魔術師はこの山で一番の実力を持った魔術師であったらしく、グラニーチェ山の者の誰にも鬼を退治することが出来ないということでギルドに依頼が来たのだが、これがまた厄介なこと、この上ない。
俺がこの依頼を受ける前にも既に三人もの上級魔法師がこいつに喰われ、力は当初より更に強くなっている。
それに加えて霊山には極力被害を出さないようにという無茶ぶりのせいで、俺の得意な炎の魔法や雷の魔法を使えないときた。
別に他の属性だけでも十分戦えるが、念を入れておこうと思った俺は隣に立つシャルを見る。
「悪いんだがシャル。こいつ片すの手伝ってくれねえか?」
「嫌よ」
「……あ、そ」
まさかの即答に肩を落とす。まあ、こいつが手伝う義理はないわな。
「……でも、そうね。今度私に一日付き合うって言うなら手伝ってやらないこともないわよ?」
「断る」
「な、なんでよっ!?」
お返しとばかりに俺も即答で返す。
「どうせまた決闘しろだの何だの言ってくるんだろ? 面倒なんだよ──って、うおおっ!?」
無駄口を叩き過ぎた。ジャイアントオーガが腕を降り下ろし、俺の頭上を掠める。
転がるように回避し、鬼の背後を取る。
「《ロック・シュート》。《プラント・ウィップ》。《アイシクル・ニードル》」
俺は連続して魔法を発動させた。
まず岩の弾丸を膝裏にぶつけ、鬼は膝を折る。
それと平衡して鬼の首目掛けて蔓を伸ばして仰向けに引っ張り倒す。そして地面には氷柱を敷き詰めた。
「ガアアアアアアアッッッ!!!」
「うるっ、さいっ!!」
「ちっ! 流石にこれだけじゃ倒せないか」
だが、鬼はわずかに傷を負っただけですくに起き上がり、怒りの声を張り上げる。
そして連続で拳を降り下ろしてくる。俺とシャルはその攻撃を躱し続けながら後退する。
「なんだか随分としぶとそうな鬼ねぇ~」
「だから手伝ってくれって言ってるんだけどな。今度何か奢るから」
「そう? なら金塊堂のプレミアムパフェ全種類ね」
「……てめえ。こういうときに人の足元見るの止めろよ。あそこの店、確かパフェ一つで千ユグル以上するんだろ?」
「あら? でもこの鬼倒せばそれくらい稼げるんじゃなかったかしら?」
「くっ、そ……。じゃあせめてあとの二つの依頼も手伝え! それなら金も十分出来るから!」
「なんか命令口調なのが気に入らないけどしょうがないわね!」
何とか承諾を得て、俺達は同時に振り返る。
「じゃ行くぞシャル!」
「だから命令するんじゃないっての!」
そして同時にジャイアントオーガに向かって魔法を放った。




